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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『幾山河』


はじめに

第1章 幼少期から陸大卒業まで
【明治44年~昭和15年】

我が故郷~幼年学校卒業
     我が故郷
     瀬島家
     親鸞の「他力本願」
     両親、兄弟
     少年時代
     特別大演習と軍人志望
     陸軍幼年学校
陸士入学~陸士卒業~歩兵第35連隊勤務
     陸軍士官学校予科入学
     夏休みと母
     隊付勤務(士官候補生)
     陸軍士官学校本科
     富山歩兵第35連隊と任官
     初年兵教育
     連隊旗手
     富山連隊史の編纂
     連隊と郷土との関わり
     将校団の歴史と概要
結婚~満洲出動~陸大受験
     私の青春
     母の重態と私の結婚
     原隊の出征
     2・26事件
     陸軍大学校受験
陸大入校~卒業~師団・軍参謀
     陸軍大学校
     初めての参謀勤務(師団参謀と軍参謀)
参謀論
     軍の教育系統について
     参謀とは何か

第2章 大本営時代
【昭和15年~20年】 

大本営陸軍部作戦課
     大本営陸軍部作戦課へ着任
     大本営の編制組織、作戦部(課)の任務、陣容
     昭和14年末の内外情勢と部(課)内の空気
     国防方針、国防所要兵力、用兵綱領、年度作戦計画、同細項について
     対ソ国防
     作戦課業務(上奏)
国防方針の決定
     世界情勢の推移に伴う時局処理要綱
     南方作戦の研究
     北部仏印進駐
     日独伊三国同盟の締結
     昭和15年末の情勢と国運の選択
     独ソ開戦と関特演
     南部仏印進駐と対日資産凍結
開戦決定と作戦遂行
     16年8月ごろの情勢と「帝国国策遂行要領」の決定
     9月以降の情勢と陸海軍の作戦準備
     陸海軍の全般作戦計画
     戦争(作戦)見通しの問題
     米国政府の覚書、東条内閣出現、国策再検討
     御前会議による「帝国国策遂行要領」の決定と作戦準備の推進
     ハル・ノート、御前会議と開戦の決定
     開戦前夜
     12月8日と南方要域攻略作戦の遂行
     南方要域攻略(第一段作戦)後の作戦の検討とその実態
     ガダルカナル作戦
戦争終結へ
     昭和18年の作戦と絶対国防圏戦略
     昭和19年前半の情勢
     昭和19年後半の情勢
     昭和19年秋より20年初夏
大東亜戦争全般の一考察
     開戦までの経緯
     大東亜戦争の性格
     戦争計画なき戦争
     戦争回避の道
     各種の教訓
作戦業務の回顧と反省
     用兵作戦上の諸問題
     陸海軍協同作戦問題

心に残る人々

第3章 シベリア抑留
【昭和20年~31年】

満洲赴任
     関東軍参謀発令
     発令時の諸情勢
     ソ連軍の満洲侵攻
     終戦
     ジャリコーウォの会談
     関東軍の最後と入ソ
     終戦時の関東軍に関する考察
虜囚の始まり
     アムール(黒龍江)河畔の収容所
     第20分所(第16収容所)   
     監獄
     第14分所
東京裁判
     ウスリー河畔の小屋
     東京裁判出廷
     ハバロフスク帰着と第5分所
不当裁判と受刑
     第45特別収容所
     第13分所
     シベリア民主運動
     “地獄谷病院”
     裁判
     第16分所
第21分所
     団長任務に就く
     団の構成と将来構想
     作業ノルマの判定
     「ラーゲリ文化」
     団長解任
     スターリンの死
     大堀事件とハバロフスク事件
祖国の土
     家族との再会
     最終梯団の帰国
抑留11年の回顧
     シベリア11年と私の人生
     ソ連の暴虐と抑留日本人
     共産主義とソビエト社会
     人間性の問題

心に残る人々
抑留11年の年譜

第4章 伊藤忠商事時代
【昭和31年~56年】

浪人時代
     「自衛隊だけはやめてください」
     伊藤忠商事内定
伊藤忠商事入社
     嘱託時代
     アメリカ出張
     営業ラインの勤務
     機械第3部長就任
業務部長に就任
     「素人の君が適任」
     業務部の機能とそのあり方
     総合緊急対策
経営全体の諸問題について
     昭和37年当時の情勢判断
     中長期的経営構造の改革
     本社における海外店統括機構の整備
いすゞ・GM提携問題
     クライスラー社へのアプローチ
     フォード社へのアプローチ
     GMへのアプローチ
     GMトップとの会談
     いすゞ・GM提携内容に関する主要問題
     その後の経過
     提携交渉の思い出
対中国正常貿易の再開
     対中国貿易の紆余曲折
     米中関係の急展開
東京本社ビルの建設
     東西二本社制の決定
     大多数の反対を超えて
管理部門の改革
越後社長から戸崎社長へ
     嵐の2年余り
     越後社長の退任
安宅産業の合併
     安宅産業救済依頼とその対応
     その後の経過
     総括的所見
臨調委員内定
     取締役会長と商工会議所役員に就任
     取締役会長辞任と臨調委員内定
総括的所見
     伊藤忠商事に対する感謝
     常に心がけてきたこと
     失敗についての反省

心に残る人々

第5章 国家・社会への献身
【昭和56年~】

臨時行政調査会
     臨調のスタート
     臨調全体の運び方
     基本的諸問題について
     臨調2年間の経過概要
     三公社改革の全容
     国鉄改革
     電電公社の改革
     第一次行革審
     第二次行革審
     行革9年の総括
臨時教育審議会
     教育改革
     構成をめぐる諸問題
     基本的な理念の問題
     大学の問題
     教育財政について
     教育基本法
     皇室、国旗、国歌
     教育に関する私の見解
平和問題研究会
     平和研の設置とその背景
     経過
     所見
観光政策審議会
     観政審会長就任
     今後の課題
日韓関係
     私の考え方
     韓国の友人、知人関係
     朴大統領の暗殺事件から全斗煥将軍の大統領就任まで
     鈴木内閣時代の協力
     中曾根内閣時代の協力(その1)
     中曾根内閣時代の協力(その2)
     竹下・海部内閣時代の協力
外交強化懇談会
     背景
     審議と答申
商工会議所(東京商工会議所、日本商工会議所)
     商工会議所役員に就任
     永野氏とその「遺書」
     五島会頭
千鳥ヶ淵戦没者墓苑
     墓苑の由来
     財団法人千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会
亜細亜学園(亜細亜大学)
     学園の歴史
     学園理事長就任
同台経済懇話会
     親睦、研鑽、協力
     心のふるさと
稲盛財団(京都賞)
     稲盛財団会長に就任
     心に残る受賞者
     ノーベル賞授賞式に参列
東京国際映画祭
日本美術協会
     高松宮殿下記念世界文化賞
     訪米
サンタ・マリア号協会
     コロンブスの宿願
     決行
西本願寺
ハーバード大学への出講
シベリアにおける戦没者の慰霊公苑建設
特攻隊戦没者の慰霊事業
旅順戦跡の訪問
勲章拝受、金婚祝い
昭和天皇をしのぶ
     天皇の重さ
     平和愛好の御信念
     御仁慈
     アッツ島山崎部隊の玉砕
     人間天皇

第6章 思い出の人々

越後正一、土光敏夫、永野重雄、五島昇、田実渉、李秉喆、古海忠之、越智啓介、竹田恒徳、原四郎、杉田一次の各氏、心通う人

おわりに

兵籍
戦後の履歴
主要参考文献


本書は、元大本営陸軍部参謀だった瀬島龍三氏の回想録である。
戦時中は軍の中枢で各種作戦に関わっている。

氏に関しての有名な話は「シベリア抑留の密約説」ではないかと思う。
戦後、ソ連と密約を交わし、捕虜の日本兵を労役に使用することを申し出たというもの。
おかげで、多くの日本兵捕虜が過酷な労働の下で命を落としたとされ、関係者から非難の声や恨み言が出ている。
さて、それは本当にあったことだろうか?
この回想録が世に出た時は、多くの人が興味をもって購入したのではないかと思うが・・・
残念ながら、本人は、この疑惑には答えていない。
「証拠を出してみろ」というだけのことしか言っていない。

「エリート参謀」というのは、軍の中でも選りすぐりの優秀な軍人である。
その優秀さは、試験の点数がいいとか、文章の書き方がうまいとか・・・・そういうもので、必ずしも“人格者”というわけではないと私は思っている。
で・・・加えて、自己保身に走りやすい人種ではないかと思う。
これは仕方がないことかもしれない・・・
軍の中の競争社会を勝ち抜いてきた優秀な人間なのだから、百姓上がりの兵隊たちと一緒に死にたくはあるまい。
どんな手を使っても、どんな詭弁を弄しても生き残ろうとする。
実際そうして、戦場から一足先に脱出し、戦後を生き続けてきた「エリート」はたくさんいる。
著者は明らかな“エリート”であるから、当然、同類と見ていいのではないかと思う。
かなりの偏見だとは私自身思っているが、やっぱり、どうしてもそう思ってしまう。
他にも私のような者はいるのだろう。
だから、「密約説」も出てくるのだと思うが、本人は本書を出版した12年後に95歳で他界している。
当たり障りのない話を残し、肝心の話には口を閉ざして・・・・

戦後は、伊藤忠商事に入社し、そこを皮切りに財界や政府、民間団体の要職についたりしている。
さすが、エリートは上手な世渡り方をする。
警察関係では、瀬島氏はソ連のスパイであるとして監視対象になっていたようで、これは有名な話・・・
いくつもの要職に就くことで、官憲の目を欺こうとか、官憲に対して何らかの圧力をかけようとしたのか、それはわからない。
まさか自身の回想録で「ソ連のスパイでした」とは間違っても書くわけがない。

伊藤忠という商社・・・
私にとっては個人的に、あまりイメージの良くない商社なのである。
ずいぶん昔に、中国で伊藤忠の現地支店長と会ったことがある。
この人物、とにかく態度が横柄で、口のきき方も悪く、人を見下したような態度をとる人物で、非常に不愉快な思いをしたことがある。
同じ日本人かと思うほど、その“人格”には疑問を持つほどだったが・・・
このくらいの癖のある人物でないと、中国人相手には商売はできないのかも・・・と思ったが、それでも私の“限界”を超える人物だった・・・
この人物のおかげで、一気に伊藤忠に対する私のイメージは悪くなった。
また伊藤忠は、中国にかなり食い込んでいる商社である。
何か裏があるんじゃあるまいかと思ってしまうほどで・・・場合によっては、中国に媚びてるんじゃあるまいかと思ってしまうこともある。
共産主義国家に媚びてるのか?
日本を売る気なのか?
と考えると…・
瀬島氏は、その伊藤忠の会長に就任しているから・・・
あのシベリア抑留のソ連との密約も、あながち嘘ともいえまい・・・となるか?
またまた印象が悪くなる。
これまた私の偏見だろうが・・・・

戦没者の慰霊関係でも、いくつもの要職についていたが・・・
遺族や戦友関係者から、あまり良い評価を得ていないというような話を聞いたことがある。
”売名行為”か“形だけの・・・”という意味だったような気がするが、この点に関しては、高く評価する、いわゆる“瀬島ファン”と、そうじゃない人たちと意見が分かれるので、なんとも言えない。
本書では、戦没者の慰霊については簡単に触れられているだけなので、そつなくかわしているように感じる。

多くの人が、戦時中、参謀時代の瀬島氏について多くの疑問や知りたいことがあったのではなかろうかと思う。
が・・・500ページを超す分厚い本書には、その答えは何も書かれていないと言ってよい。
エリート参謀は、そつなくかわし・・・当たり障りない話しかしない・・・
しかも、どこかの誰か、つまり第三者が書いた文章が点在しているのである。
これは、ゴーストライターが書いたものなのか?
それとも誰か他に編者がいるのか?
どうも、そのあたりがよくわからない・・・
編者名とか共同執筆者名が書いてあるわけでもない。
これは、“逃げ”を作っているのではなかろうか?
どこかの誰かに“突っ込み”を入れられても、「読めばわかりますが、全文、私が書いたというわけではないので・・・」と言い訳をするためなのだろうかと、思ってしまうのだが・・・・
こういうところが「エリート参謀」の上手なところかも・・・

本書が出版された当初は、かなり話題になって売れたという記憶がある・・・
本書は古書店で購入したのだが、かなり格安の値段だった。
古書というのは正直である。
価値のある本は、いつまで経っても、値段が下がらず、ものによっては定価以上の値が付く。
格安の値段ということは・・・・
内容的に特に価値のある話が書いてあるわけではないということかな?
そういうことではなかろうか・・・・
期待を持って読むとガッカリする本である・・・・と思う。


今年の読書:30冊目

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読書 | 12:06:19 | Comments(0)
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