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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『日本史から見た日本人 古代編』


文庫判のためのまえがき

はじめに
 知識だけでは歴史を語れない
 アイデンティティは、祖先への愛と誇りから生ずる
 外国から日本を見ながら、日本を勉強する

新版にあたって

1章 神話に見る「日本らしさ」の原点
古代から現代まで、わが国に脈々と受け継がれたもの

(1)日本文化―その独自性の淵源(えんげん)
      なぜ日本文化はシナ文化の亜流と見られたのか
      英国より独自性の高い日本文化
(2)実証万能主義・戦後史学の陥穽(おとしあな)
      なぜ、久米(くめ)論文は問題化したか
      戦前の日本は「後進的」だったか
      はたして、戦前に「学問の自由」はなかったか
      イデオロギーの束縛がなかった戦前の史学
      歴史とは「民族共通の記憶」である
(3)「日本の海」と「ゲルマンの神」の同質性
      天と地の中間の国・日本
      「国産(くにう)み神話」に象徴される日本国歌の体質
      「タテの宇宙観」が意味するもの
      欧米人が天皇を理解できない理由
      再考すべき「中国」の呼称
      果たして「シナ」は蔑称か
      国名へのこだわりは劣等感の裏返し
(4)「神道」は、果たして「低級宗教」か
      敗戦で暴落した「日本のカミ」
      「日本のカミ」とは何か
      なぜ、天皇は「カミ」と呼ばれたか
      「カミ」が作ったタテ社会
(5)日本的アイデンティティの出発点
      考古学偏重の「非科学性」
      記紀(きき)の驚くべき公平さ
      “抹殺”された日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
      記紀抜きで日本人の「現実」は理解できない
      「非科学的」な紀元は日本だけか
      「聖」と「俗」を感じるセンスとは
      パリ祭は平和的記念日か
(6)「伝統への敬意」こそ民主主義の精神
      「生きた文化遺産」を持つ日本
      たえず神話と繋がっている日本人の生活
      古代日本人の死と魂の観念
      「全能の神」あってこその個人主義
      死者の権利と時間的民主主義
      なぜ、民主主義はイギリスから誕生したか
      「ご先祖様」から「ご近所様」への堕落
      なぜ、ユダヤ人に天才が多いか
      日本の独自性は、神話の独自性に由来する

2章 上代―「日本らしさ」現出の時代
“異質の文化”を排除しない伝統は、この時代に確立した

(1)「和歌」の前に平等な日本人
      カーストを超越して成立した『万葉集(まんようしゅう)』
      「和歌の徳」を讃える心
      恋の歌によってカミとなった衣通姫(そとおりひめ)
(2)聖徳太子に見る「日本らしさ」
      平和への理念を打ち出した「十七条憲法」
      連綿と続く聖徳太子の理念
      先祖崇拝と宗教は矛盾しない
      世界的レベルだった太子の仏教理解
      法隆寺の奇跡
      他者の長所を率直に認める日本の特性
      太子に見る「対等外交」の精髄(せいずい)
(3)用明(ようめい)天皇が果たした歴史的役割
      日本人にとっての仏教とは
      外交問題だった仏教導入
      仏教は後宮から入った
      仏教入信後も変わらなかった天皇の存在
      危機を乗り越えるごとに強くなる「正統」の力
      新宗教と後宮―イギリスの場合
      聖徳太子は「人間サラブレッド」
(4)「カミ」と「ホトケ」の共存共栄
      一種の幸福論だった古代仏教
      律令に拘束されない天皇の行動
      揺るぎないカミの地位
      天武天皇に見る「日本らしさ」の展開
      カミとホトケが共存するための神学―本地垂迹(ほんちすいじゃく)説
      カミに守護されるようになったホトケ
      光明(こうみょう)皇后はセイント・コーミョー
      民間出身の皇后の影響力
      「三国一」の東大寺
      東大寺は人民「搾取」のシンボルか
      悪人なき日本の後宮
      日本文化は「模倣文化」か
      世界最古の国歌『君が代』
      雅楽に見る日本の伝統保持力
      才女文化の先駆者・光明皇后
      女帝の教育用に作られた片仮名
      なぜ道鏡(どうきょう)は死刑にならなかったのか
(5)日本的律令制度の展開
      異質の混合から新発想が生まれる
      「日本式経営」の粗は班田法
      なぜ、東大寺創建に不満が起きなかったか
(6)記紀(きき)・万葉と漢文学の関係
      民族的誇りから生まれた『古事記』
      客観志向の『日本書紀』
      『万葉集』の「身近さ」について
      漢文学の輸入でも揺るがない和歌の地位
      「外国文学の肥料化現象」とは

3章 平安期―女性文化の確立
日本における「成熟社会」の典型は、ここにある

(1)和歌に見る文化的洗練の達成
      女性初のキング・メーカー橘三千代(たちばなのみちよ)
      藤原氏の節度とは
      なぜ、日本の後宮は「ハレム化」しなかったか
      駘蕩(たいとう)たる男女共演の文化
      『伊勢物語」に見る、感情の洗練度
      「歌合(うたあわせ)」の判定に悶死した壬生忠見(みぶのただみ)
      紫式部の文学論の先進性
      『新古今集』に見る“詩の絶対境”
      『百人一首』の昇華された官能性
(2)遣唐使(けんとうし)廃止―内的成熟の涵養(かんよう)
      絶対安全になった天皇の地位
      「出藍(しゅつらん)の誉れ」―日本の漢文学
      世界最古の百科辞書『秘府略(ひふりゃく)』
      “国家的プライバシー”を守った遣唐使廃止
      漢詩に導入された「日本的感性」
      言語二重奏の確立
(3)平安仏教―オカルテズムの定着
      女性の時代・オカルテズム・密教
      「仏教オカルテズム」としての天台・真言
      鎌倉新仏教―5世紀早い、日本の宗教改革
      「猫の神学」・「猿の神学」

4章 鎌倉期―男性原理の成立
この時代、日本社会は「柔から剛」へと激変した

(1)武家文化の本質とは何か
      実生活から遊離していった律令(りつりょう)
      死刑廃止が京の騒乱を招いた
      武士のメンタリティの本質とは
          (1)オトシマエをつける
          (2)シマを守る
          (3)カッコよさに命をかける
          (4)女は厄介もの
(2)主権在民を確立した北条泰時(やすとき)
      世界に類なき頼朝の「革命政府」
      主権在民を示した承久(じょうきゅう)の変
      ホンネの武家法―貞永式目(じょうえいしきもく)の近代的意義
      武家法で向上した女子の地位
      貞永式目に見る日本人の宗教感覚
(3)男性社会における「女の道」
      武家社会に現われた“貞操観念”
      「女の道」で権威を得た北条政子
      「日本の母」のイメージは鎌倉から
(4)禅宗が広めた自助・自立の精神
      和歌の「徳」で出世した武士たち
      武士の生活信条が日本語に与えた影響
      武士に自信を与えた禅宗の教え
      蒙古襲来で見せた青年武将・時宗(ときむね)の胆力
      密教的発想に縛られた朝廷の弱さ
(5)知識がはじめて価値を持ったとき
      説教好きな鎌倉文学
      中流者の意識が家元(いえもと)を生んだ
      平安時代こそ、日本のキャメロット
      「憧れ」のシンボルとしての皇室

解説 (谷沢永一)
 「先例なき時代」に求められるもの
 無用の長物と化した「学問」の存在
 時代が「歴史の名著」を生みだす
 頼山陽(らいさんよう)の再来・渡部昇一の今日性(こんにちせい)


今年の読書:29冊目

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読書 | 21:06:39 | Comments(0)
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