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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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鵜飼山遠妙寺
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鵜飼山遠妙寺(うかいざんおんみょうじ)と仁王門(におうもん)
(市指定文化財建造物)

遠妙寺は、日蓮宗身延五ヶ寺の一つで、本尊は十界曼荼羅(じっかいまんだら)である。
本堂、庫裏(くり)、客殿、総門、仁王門、鐘楼、七面堂、漁翁堂(ぎょおうどう)、願生(がんしょう)稲荷堂などの風格のある建物を有する寺である。
弘安年中、日蓮の弟子日朗(にちろう)が一宇(いちう)を設け鵜飼堂(うかいどう)と称し、後、慶長年間(1600頃)日遠(にちおん)が鵜飼山遠妙寺に改めた。
寺記に平時忠(たいらのときただ)漂泊の郷が石和(いさわ)とされ、時忠は鵜使いを生業としたが、禁漁を犯し、簀巻(すま)きの刑に処せられて沈殺(ちんさつ)された。
その怨念を持って石和川の鬼となった亡霊を、文永11年(1274)日蓮が石和川岩落(いわおち)にて済度(さいど)し、給(たも)うたと伝える。
世阿弥(ぜあみ)の謡曲(ようきょく)「鵜飼」とのかかわり深い寺である。
なお鵜飼漁翁は、鵜飼勘作(かんさく)として知られている。
寺宝に日蓮真筆本尊、鵜飼の経石(きょうせき)7個などがある。
仁王門は、三間一戸側面二間楼門重層入母屋造瓦葺で江戸末期のものである。
再建は寛政元年(1789)とあり未完成の部分が多く見られたが、平成16年の解体修理で完成した。
安置仏は密迹金剛神(みっしゃくこんごうじん)、執金剛神(しゅうこんごうじん)の2体で6尺2寸(2m余)の躯高(くこう)を持っている。
石和町唯一の仁王門として貴重な建造物である。

(説明板より)

【山梨県笛吹市石和町市部1016】
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史跡 | 11:24:19 | Comments(0)
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