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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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コレヒドール島に行く
我々の泊まっているホテルは、朝食付きなのだが・・・
バイキング形式の朝食は面白くないといえば面白くない・・・(苦笑)
“ヨシ君”が「ホテルじゃなくて、どこか外で朝食を食べてみたい」と言うので、朝食を“外食”することにする。
向かったのは、ホテルのすぐ近くにある「ジョリビー」・・・・
フィリピンではポピュラーなファストフード店である。

拙者の“流暢な”片言英語で注文・・・(大笑)
レジの女の子に何か言われたが・・・・
当然、何を言われたのかは、わからない・・・(大笑)
ヒヤリングは相変わらずダメ・・・・
わからないくせに、適当に返事をしちゃった。(苦笑)
で・・・これ・・・
う~ん・・・・拙者はこれを頼んだんだっけ?(大笑)

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ホテルに“ステラさん”が迎えに来てくれて港まで送ってもらう。
今日はこれからコレヒドール島へ行く・・・・
コレヒドール島は定番の戦跡である。

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事前にチケットの予約を“ステラさん”に頼んでおいたので・・・・
チェックインの手続きも彼女にしてもらう。

午前11時半過ぎに出港!

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遠くに並行して軍艦らしき艦船が航行しているのを発見!
ありゃ何だ?

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カメラをズームして撮影してみるが、これがなかなか難しい・・・
船が揺れるので、ぶれてしまうのである・・・(涙)
ようやく1枚だけ良いのが撮れた!(大喜)

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どう見ても、軍艦に見えるよなぁ~
フィリピンにも海軍というのはあるが、相当、装備が貧弱だと聞いていたが・・・
あれはフィリピン海軍のものだろうか?

後で調べてみたら・・・
この船は、やっぱりフィリピン海軍の軍艦だった。
艦名は「グレゴリオ・デル・ピラール」で、もともとは米国の沿岸警備隊が使っていた船・・・
驚いたことに建造されたのは、1965年・・・つまり拙者が5歳のときである!(唖然)
50年も前に造られた船なのである!(唖然)
米国の沿岸警備隊を退役して、その後、フィリピンに売られたらしい・・・・
かなりの中古の船である。(大汗)
フィリピンは7000以上の島で成り立っている国で、周囲は海に囲まれている国であるにもかかわらず、海軍力は、かなり貧弱である。
そのことを以前から知っていたが・・・
50年も前の中古の船を使っているとは驚いた・・・
いずれにせよ・・・貴重な(笑)船を見ちゃったぞ!(喜)

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“ヨシ君”は船室内にいたが、拙者は、ずっと後部デッキに陣取っていた・・・
ここから外の景色を見たいと、以前から思っていたので、今回、“場所取り”に成功した。(笑)
昭和19年、我が戦車第2師団の機動砲兵第2連隊から一部の兵力をレイテ島に派遣することになった。
「派遣隊」は、マニラ港を出港した後、コレヒドール島をぐるっと回りこんで外洋に出た途端、米海軍の潜水艦の攻撃を受けて沈んでしまったという。
この話は、この間、淡路島の“イズミヤさん”に会いに行った時に聞いた話である。
「派遣隊」は海没したが全員戦死したわけではなかったようで、生存者を中心に再度編成しなおして、レイテ島に向かった。
第二次の派遣隊は無事にレイテ島に到着したが、その後の戦闘で玉砕している。
戦友会には、その生還者はいないので、多分、一人も生還していないと思う。
近年、我が戦友会に入会されたご遺族は、この派遣隊に属していた方のご遺族で・・・
第一次の派遣時に海没し、命からがら生き残ったのに、第二次の派遣にも加わってレイテ島で戦死している。
なんと可哀想なことか・・・

第一次派遣隊は、どのあたりに沈没したのだろうか?
海の上では何の目印もないからわからないが・・・
この海の下のどこかに大砲や弾薬を積んだまま輸送船は沈んでいるのである。
そして何人かは犠牲になられているだろう・・・
洋上から、「たぶん、あっちのほうだろう」と、個人的に慰霊をする。

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午後1時・・・・ようやくコレヒドール島が見えてきた・・・
海岸に横穴洞窟が・・・・
もしかして、あれは・・・・特攻艇の秘匿壕ではなかろうか?
ベニヤ板製のモーターボートに爆薬を積んで敵艦に体当たりをした特攻艇隊が、ここコレヒドール島に配備されていたと記憶している。
あ~・・・・あそこに行って見たいんだけど・・・

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コレヒドール島の港に到着!

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行き違いにボートが出て行った・・・
ん?・・・・何のツアーだろう?

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我々が乗ってきたボート・・・・

上陸して・・・
まずは腹ごしらえである。
時刻は午後1時半・・・ちょっと遅い昼食・・・
バイキング形式である。
この昼食は、ツアー費に含まれている。

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コレヒドール島の観光は、専用のバスで行う。
このバスが到着するまで、少し時間があるので、周辺を散策して時間を潰す。

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ここは、「サウス・ドック」と呼ばれる場所・・・日本語に訳すと「南波止場」となるか?
我々のボートが到着した港でもある。
確か、米軍が反攻時に上陸した場所ではなかったかと思う。

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砂浜にコンクリート製の「繋留ブイ」(?)が今でも残っている。
これは米軍のものだろう。

バスに乗って移動・・・・
島内観光は、このバスに乗って行われる。
英語のガイドのバス、タガログ語のガイドのバスがある。
日本人の団体客がある時は、日本語のガイドのバスが用意されるが、いまだかつて、拙者は日本語のガイドのバスには乗ったことがない。
今回は、他に日本人ツアーの人たちがいたので、日本語ガイドのバスが用意されたようである。
ラッキーである。

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拙者が初めて、ここに来たのは今から11年前のことである。
この時は日本語ガイドのバスがなく、仕方がないので英語のガイドのバスに乗ったが、女性ガイドが、散々日本軍を馬鹿にした話ばかりをしたので不愉快だった。
バスの中は、“外人”ばかりで、日本人は拙者一人・・・
しまいには親日の観光客と反日(嫌日)の観光客に分かれてしまい・・・(苦笑)
親日派の方々から「あの説明はひどすぎるよね」と慰めの言葉を頂いたことは今でも忘れられない。
あのときの事を思い出すと涙が出てくるくらい嬉しかった。

そのとき、コレヒドール島に来ている日本人は拙者だけかと思っていたら、なんと、タガログ語のガイドのバスに日本人のグループがいた。
フィリピン人の“一夜妻”と一緒に大声で騒いでいた・・・・(唖然)
これじゃ日本人が馬鹿にされるのも無理はない・・・
遊ぶなとは言わないが、場所をわきまえたほうがいい・・・
見ていて腹が立った・・・

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マッカーサーの銅像の建っている、この場所は・・・・
日本軍がこのコレヒドール島を攻略した時に、マッカーサーがここからオーストラリアへ逃げ出した場所である。
ここから魚雷艇(PTボート)に乗って島を離れたと記憶している。
この時に発したのが「アイ・シャル・リターン」という有名な言葉だったそうで・・・・・
「私は戻ってくる!」と言って、実際に戻って来てしまったのである・・・・(苦笑)

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島内の戦跡を巡る・・・・

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日本の平和祈念公園(慰霊公園?)・・・・
日本語ガイドのバスなので、ここにはタップリ時間をかけて止まってくれた。
11年前には、英語の女性ガイドが「ここには止まらなくてもいいですよね?みなさん!」と嫌がらせをされた・・・
拙者が、ここに止まって欲しいと手を挙げたら他の客からはブーイングを受けた・・・
“親日派”の乗客たちから「我々も降りて見学をする!」と言ってくれたが、ガイドは「じゃぁ、5分間だけ」と再び嫌がらせ・・・
たった5分間だけかよ!(怒)
今でもあの女性ガイドのことは許せない・・・(怒)
一緒に降りてくれた方々が、わざとゆっくり散策し、拙者に「ゆっくり見て来い」と手で合図を送ってくれた・・・
時間稼ぎをしてくれたのには、感謝、感謝・・・思わず涙が出てきた・・・
あの親切は今もって忘れられない・・・

7年ほど前に、生還者1名、遺族1名を連れて、コレヒドール島を再訪問したが・・・
この時も日本語のバスはなく、英語のバスに乗った。
そのときのガイドは男性ガイドだったが、我々に気がついて・・・
「そこの3人の方は日本の方ですか?」と尋ねられたので「イエス!」と答えたら「ちょっと不愉快な冗談を言いますけど許してくださいね」とマイクを使って言ったので車内は大笑い・・・(苦笑)
だいたい、どんなものかは知っていたので、「気にしないからどうぞ!我々はどうせ英語が分かりませんから・・・」と英語で言ったら再び大笑い・・・
見学時間に、このガイドに「一緒に来たあのおじいさんは生還者なんですよ」と話したら、驚いて、敬意をもって丁寧に挨拶をされたのを覚えている。
ガイドとしては、多少、日本軍を揶揄して面白おかしく説明をしなければならないのだろうが、あの女性ガイドとは大違い。
キチンと敬意をもって生還者に接してくれたのが嬉しかったことを覚えている。

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片隅に、戦没者の慰霊のためだと思うが、ネームプレートが埋め込まれている場所があった。
以前来たときには、こういうものはなかったと思うのだが・・・覚えがない・・・
よく見てみたら、それぞれ、戦死した日付がまちまちである。
昭和19年10月の人もいれば、昭和20年7月の人もいる・・・
こりゃ、どういうことだ?
部隊名もなにも刻まれていないので、わからないのだが・・・
なんだろう・・・これ・・・・

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公園から見た景色・・・・
う~ん・・・我が機動砲兵第2連隊「レイテ派遣隊」を乗せた輸送船は、どのあたりに沈んでいるのか・・・・

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次に向かったのは、「マリンタ・トンネル」・・・・
日本軍がフィリピンを攻略したときに、マッカーサーが最後に司令部を置いた場所で、多くの米軍将兵がこのトンネルに立て籠もった・・・
一転して大戦末期には、今度は日本軍が米軍の攻撃を受け、このトンネルに多くの日本軍将兵が立て籠もったが、最後にはこのトンネル内で自爆したという。
コレヒドール島の中でも有名な戦跡である。

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トンネルは、左右にいくつもの坑道が延びているが、立ち入ることは出来ない。
メインのトンネルをガイドに従ってまっすぐ歩くだけ・・・(苦笑)
内部は真っ暗となり、横に伸びる坑道を利用したジオラマにライトが点いて解説が流れるという形の見学・・・
いわゆる「ジオラマ劇場」・・・という感じ・・・・

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トンネル内は出入口を塞がれるため、暑いことこの上ない!(大汗)
拙者は、扇子を用意していたから、まだ何とかなったが・・・
しかも、真っ暗・・・・
これが困るのである。
手に持ったカメラのシャッターボタンが、どこにあるのかわからない・・・(苦笑)
撮影の設定もできない・・・・
なにせ真っ暗で何も見えないのだから・・・(大笑)
というわけで・・・・この内部で写真を撮るのはなかなか難しい・・・
どうしても手ブレするし・・・ピンボケになる・・・(涙)
撮影モードの設定ダイヤルやシャッターボタンにライトが点くようなカメラを開発してくれないかなぁ~(苦笑)

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本道から横に伸びるいくつもの坑道は崩落している。
当時のままの状態なのだろうか?・・・・
日本兵の遺体が埋まったままではないかという気がしないでもないが・・・
どうなんだろ?

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約30分間の「ジオラマ劇場」を見学して外に出る。
入って来たところとは別の場所に出るのだが、バスが先回りして待っていてくれる。

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次に向かったのは「資料館」・・・・

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以前来たときと大きく変わっていた・・・・
かなり綺麗になっていた。

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このコレヒドール島は、まさしく「おたまじゃくし」のような形をしている。

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「おたまじゃくし」の尾っぽを見る・・・・(笑)

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続いて、灯台に立ち寄る。
この灯台は戦前からあったものだが、戦後、修復されたらしい。
ここには「お土産屋さん」が何店舗もあり、ここで休憩となる。
暑いので、ここで飲み物を買って飲む。
で・・・・気になるお土産・・・(笑)
拙者は毎日早朝、親父と散歩をしているのだが、そろそろ新しい帽子が欲しい・・・(大笑)
というわけで・・・「コレヒドール」と英語で書かれている帽子を買う。(笑)
これなら、知る人ぞ知るだから恥かしくない。(大笑)
「マニラ!」とかでは・・・ねぇ~・・・ちょっと・・・(苦笑)
と・・・もう一つ・・・
11年前に来た時に見たのだが、土産物屋で日本軍の軍票が売っていた。
どうせニセモノじゃないかと思って買わなかったが・・・
あれから11年・・・(笑)
どうしても、あの軍票が頭から離れないのである!(涙)
あの時に買っておくべきだったかなぁ~
同じような思いは大学生の時に買うのをためらった古本にもある・・・(苦笑)
店の名前と場所は忘れてしまったが、どの棚にあったかはハッキリと覚えている。(大笑)
30年以上も前のことだから・・・もう買われてしまっているだろう・・・(涙)
軍票のほうは・・・どうなっているか・・・・と思っていたが、あった!まだ売ってた!(大喜)
買わねばなるまい!(大笑)

夕方6時・・・・
コレヒドール島の観光は終了!・・・・・マニラ港に戻る。
港には“ステラさん”が迎えに来てくれた。

今日の夕食はホテルの近くのデパートの中のレストラン・・・・
フィリピン料理を食べることとする。

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このデパートの不思議さ・・・・
日本のデパートならレストランは最上階あたりに集まっているのだが、なぜか1階フロアーに集まっているのである。(苦笑)
で・・・・お土産にドライマンゴーを買おうという事になり食品売り場に向かったが・・・
これまた日本のデパートなら食品売り場は地下階フロアーにあるが、このデパートでは、食品売り場も1階フロアーにあるのである。
ということは、つまり、全て1階フロアーで用が済んでしまう・・・(唖然)
これじゃ、上の階には誰も行かないんじゃないか?(苦笑)
う~ん・・・・フィリピンのデパートは不思議だ・・・(笑)

食料品売り場でドライマンゴーを買いレジへ・・・・
空いているレジに並んだら、レジの女の子が我々に向かって何か言った・・・
が・・・何を言っているのか意味不明・・・
周囲を見たら他のレジに並んでいる人たちから冷たい視線が・・・(大汗)
え?なんだ?どうしたんだ?
“ステラさん”に言われて、ようやくわかった・・・
我々が並んでいたのは、身体障害者と高齢者用の「優先レジ」だったのである。
あら・・・それで空いてたの?
よく見たら、レジのところに標識が出ていた・・・(大汗)
どうりで冷たい視線で見られたわけだ・・・
しかし、フィリピンのデパートは大したものである。
ちゃんと1レーン、身体障害者と高齢者のための優先レジが設けられているのである。
多分、割引とかがあるから、レジが違うのだろう・・・・
日本は、こういうところを見習うべきではなかろうか?

“ステラさん”は60歳を超しているので、割引があるそうで・・・
我々の買物を全部彼女に託して彼女の買物としてレジを通ってもらい、彼女の身分証明書で割り引いてもらう。
大助かり!・・・感謝、感謝!(笑)
それにしても、こういうところはフィリピンはすごいと思う。
レストランでも公共の乗物でもデパートでも、どこでも身分証明書を提出すると割り引いてくれるのだそうだ。
へぇ~・・・である。
日本は見習うべし・・・である。
高齢化社会といっている割には、本気で高齢者への優遇策をやっていないんじゃないか?

食事をし、買物もして・・・ホテルに帰る。
明日は帰国・・・
朝早い時間なので、今晩は、どこにも行かず、そのまま部屋に戻り・・・・寝る!(笑)
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旅行 | 13:38:46 | Comments(0)
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