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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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大樹寺多宝塔
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国指定重要文化財 大樹寺
建造物 大樹寺多宝塔(付棟札) 一棟

多宝塔とは仏塔の一形式で、平面が下重方形、上重円筒形、上下の連続部が饅頭形の二重塔のことである。
大樹寺の多宝塔は室町時代のもので、この寺に残る中世建築の唯一のものである。
松平七代清康(きよやす)により天文4年(1535)に建立された。
下層は方三間、総円柱、斗組二手先尾垂木(ますぐみふたてさきおだるき)付として、また上層は白漆喰(しっくい)塗りの亀腹(かめばら)上に円柱の塔身(とうしん)を立て、四手先(よてさき)で軒をささえる。
屋根は檜皮葺(ひわだぶき)、鉄製相輪(そうりん)を上げ、軒隅には風鐸(ふうたく)がつるされている。
塔内部には禅宗様の須弥壇(しゅみだん)を置き、その上には春日厨子(かすがずし)を据え、本尊の多宝如来像を安置する。
この多宝塔は上下層の釣り合いもよく、蟇股(かえるまた)や木鼻(きばな)の絵様および彫刻、その他の細部様式も古風でていねいに作られ、この時期としては和様色の強い建築物である。

明治37年2月18日指定
岡崎市教育委員会

(説明板より)


【愛知県岡崎市鴨田町広元5-1・大樹寺】
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史跡 | 14:25:11 | Comments(0)
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