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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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八木瑞堂先生之碑
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揚心流創祖
八木瑞堂先生之碑

【主碑・碑文】

揚心流日本朗詠会信条
誠実  和敬  謙譲

瑞堂八木顕先生は明治40年徳島市八百屋町の老舗印判店八木家の嫡男として出生。
徳島県立工業学校卒業後家業に専念する傍ら古杉天真先生に師事して棒術を修め古杉天真流二世を拝授される。
更に眉山錬武館に於て柔道を修得。
亦詩吟剣舞道に精進し、その奥義を極められた。
昭和3年徳島健児社を創立。
詩吟剣舞を以て青少年の心身の練磨と情操の深化に努められ、乞われて徳島県嘱託となり県民修練所講師として県下を東奔西走県民の士気の昂揚に尽された。
太平洋戦争後の混乱期にはいち早く社会秩序の浄化と若人の健全育成と必要を痛感され健児社を揚心流日本朗詠会と改称。
学校など教育機関を通じて詩吟剣舞の再興を図り誠実和敬謙譲の三信条の下明るい人造り、社会造りを推進し情操教育と人格の陶冶に献身的に努力された。
昭和33年徳島県詩吟剣詩舞道連盟を創立。
初代理事長に就任。
徳島県邦楽協会副会長、中四国剣舞道連盟徳島県本部長、全日本剣舞道連盟顧問、日本吟詠総連盟運営委員等の要職を兼任。
県内は勿論全国的に斯道発展の為活躍された。
先生は昭和47年病没されるまで実に65年の生涯を通じて常に自己に厳しく、人を愛し和を尊び社会奉仕の一念に徹し、その崇高な精神は偉大にして不滅であり我等揚心流日本朗詠会々員一同先生の遺徳を偲び茲に顕彰碑を建立するものである。

昭和57年5月30日

【副碑・碑文】

用地由来記

当地は徳島市眉山町茂助が原二番地、地目山林である。
所有者は徳島市北矢三町二丁目五番地の五、
高畠正己氏であり、このたび揚心流創祖八木瑞堂先生之碑建立にあたり所有者より、揚心流日本朗詠会に永代無償使用として提供された。
ここにこの碑を建て感謝の意を表す。

昭和57年5月30日
揚心流日本朗詠会々員一同


【徳島県徳島市・眉山山頂】
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史跡 | 11:31:40 | Comments(0)
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