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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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明治天皇の歌碑
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明治天皇の歌碑

明治天皇は舞子の景勝をことのほか愛され、1885年以来、7回にわたって行幸(ぎょうこう)されました。
その最初の時の様子が、歌碑に3首の御製と共に刻まれています。
有栖川宮(ありすがわのみや)熾仁親王殿下が御別邸を建てられるまでは、舞子有数の料理旅館だった亀屋旅館がよく御在所となっていましたが、1928年の国道2号の拡幅工事で移転することとなり、1936年の国道工事竣工に合わせて、この旅館の跡に明治天皇の歌碑が建立されました。
また、この歌碑は1998年の国道拡幅により、舞子公園内の位置に移築されました。

正面の御歌
播磨潟(せき) 舞子の浜に 旅寝して 見し夜恋しき 月の影哉

右面の御歌
あしたづの 舞子の浜の 松原は 千代を養ふ 處(ところ)なりけり

左面の御歌
播磨潟 舞子の浜の 浜松の かげに遊びし 春惜しぞ思ふ

裏面の記載
恭シク惟ルニ 明治天皇舞子ニ行幸アラセラルルコト御七回舞子風景御追憶ノ御製三首アリ舞子及ビ縣民ノ榮誉之ニ過タルハ莫シ殊ニ明治十八年七月山口廣島岡山三縣御巡幸ノ御砌畏クモ陸路蹕ヲ本縣ニ進ノタマヒ八月八日姫路ニ九日明石ニ御駐輦アラセラレ翌十日神戸ニ向ハセタマヒ御途次舞子河合卯兵衛宅(亀屋旅館)ニ御小休アリ漁民捕魚ノ状ヲ叡覧アラセラル蓋シ破格ノ聖恩ナリ大正年間國道擴張ノ工起ルニ及ヒ当年ノ御遺跡其名残ヲ留メサルニ至ル洵ニ恐懼ニ耐ヘサルナリ因リテ舞子御追憶ノ御製ヲ刻シ奉リタル碑ヲ此地ニ建テ以テ之ヲ永遠ニ傳フ庶クハ聖徳拜慕ニ資スルコトヲ得ン

昭和十一年十一月三日

兵庫縣知事岡田周造謹ミテ誌ス

碑設計者神戸高等工業学校長 古宇田 實

(説明板より)

【兵庫県神戸市垂水区東舞子・兵庫県立舞子公園内】
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史跡 | 20:15:32 | Comments(0)
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