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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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「舞子」で道草
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午後3時、「高速舞子」に到着・・・
このバス停・・・橋の上にある・・・(汗)
バスターミナルで降りるんじゃなくて、橋の上に降りるのか?(苦笑)
階段を伝って下に降りると、ちょうど、喫煙所があったので、そこで一服・・・(笑)
橋を下から眺めるのって・・・女性のスカートを下から覗くようで、なんだか変な気分である。
(そういうことを考えるのは拙者だけか?)(大笑)

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時間に余裕はある・・・
今晩中に徳島に到着すればいいのだから、何もそう急ぐこともあるまい。(笑)
ここで、ちょっと“道草”をすることにする。

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公園の案内板を見てみると、どうも近くに「孫文記念館」という建物があるようである。
「孫文」って・・・あの孫文か?
「孫文は立派な人だ」という好評価と「あの男はとんでもない男だ」という悪評がある・・・
どちらが正しいか拙者にはわからない。
人間には二面性があるし・・・評価する側の立場によって、その評価も違うだろうから・・・
明治維新の志士も、徳川幕府側から見たら、ただのテロリストである。(苦笑)
坂本龍馬も、現在はチヤホヤされているが、彼はテロリストである。(笑)

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向うに見えるのが、淡路島か?(喜)

101_convert_20160110121827.jpg(孫文記念館)


孫文記念館(重要文化財)
(旧称:孫中山祈念館)~移情閣~

孫文記念館は中国の革命家であり思想家の孫文(1866年~1925年、号は中山または逸仙、英文名 Sun Yat-sen)を記念する日本で唯一の博物館である。
この建物は神戸で活躍した中国人実業家、呉錦堂(1855年1926年)の別荘[松海荘]を前身としている。
還暦を迎えた同氏は当時の建築の粋を尽して増築した八角三層の楼閣に、故郷への想いを込めて[移情閣]と命名した。
松海荘の本館には1913年(大正2年)3月、準国賓として来日中の孫文が、神戸在住の中国人および財界有志による歓迎昼食会に招かれ立ち寄った。
本館はその後、神明国道(現国道2号)の拡幅により撤去されたが、移情閣と付属棟はそのまま残された。
戦後は神戸華僑総会によって管理され、1982年(昭和57年)に日中国交正常化十周年を記念して兵庫県に寄贈された。
孫文ゆかりのこの建物は1984年(昭和59年)11月12日に孫中山記念館として再び公開された。
この記念館では、神戸との関わりを中心とした孫文の生涯、呉錦堂の事業、移情閣の復原などについての展示がおこなわれている。
移情閣は1993年(平成5年)12月10日、兵庫県の「重要有形文化財」に、2001年(平成13年)11月14日には国の「重要文化財」に指定された。
建物は木造軸組に、外装材として無筋中空のコンクリートブロックを緊結して積み上げた構造となっている。
コンクリートブロックを用いた建物としては最初期のものであり、その構造や技術を伝える遺構として重要である。

重要文化財 移情閣(指定番号 建第2402号)
木骨コンクリートブロック造り 八角三階建 正面玄関ポーチ付側面階段室付 スレート葺及び銅板葺 建築面積105.7㎡

(説明板より)


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時刻は午後4時15分・・・・
まだ、もう少し時間に余裕がある。(苦笑)
よし、すぐ近くにある「旧・武藤山治邸」を見学することにする。
ところで・・・武藤山治って・・・誰?(苦笑)

154_convert_20160110150025.jpg(旧・武藤山治邸)

最終入場時間ギリギリだったせいか、見学者は誰もいなかった。
「孫文記念館」もそうだったが、見学客は殆どいない・・・(汗)
外には、観光バスで中国人の団体が乗り付けているのにねぇ~
誰も見学しないのか?・・・孫文の記念館・・・・(汗)

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さて・・・武藤山治って・・・誰なんだろう?
食堂に飾られている肖像画の下に説明文があった・・・


武藤山治(むとうさんじ)
慶応3年(1867年)~昭和9年(1934年)

美濃国安八郡(現在の岐阜県海津市)に生まれる。
三井銀行を経て鐘淵紡績へ入社、社長を勤め、外資導入など新しい経営手法を取り入れ、鐘紡をわが国有数の大企業に育てあげた。
温情主義、家族主義的経営で知られる。
大正13年から昭和7年まで衆議院議員を3期勤め、政界引退後は福沢諭吉の残した時事新報を立て直すべく社長を勤めました。

(展示説明文より)


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時刻は午後4時40分・・・
見学時間は30分弱・・・
あっさりと見終わった。(笑)
で・・・そろそろ徳島に向かおうかなぁ~(大笑)

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帰り道もまた橋の下をくぐる・・・・
ん?・・・この景色・・・
以前、下関に行った時に関門橋の下をくぐった時に見た景色に似てるなぁ~(笑)
まぁ、橋の下から見た景色なんて、みんな同じか?(苦笑)

「高速舞子バス乗り場」に隣接する「ティオ舞子」という商業施設の中の喫茶でコーヒーとケーキを食べて一休み。(笑)

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午後5時40分発の徳島駅行きの高速バスに乗る。
沈みゆく夕陽を見ながら再び橋を渡り淡路島へ・・・・

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淡路島を一気に横断(縦断?)して、午後7時に徳島駅に到着!
今晩のホテルは駅から離れたところ・・・・
徒歩で20分程度だろうか?
駅前のホテルに宿泊するのが便利なのだが、今回は繁華街に近い場所にあるホテルを予約した。

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駅前からテクテクと夜道を歩き橋を渡る。
並行して向うに橋が・・・
明るくライトが点いている橋なので、おお、これは綺麗だと写真を撮ったが・・・・
いざ写真を見ると全然綺麗じゃない・・・(大笑)
やっぱり何でも実際に見るのががいいようである。

ホテルにチェックインし、夕食・・・
外で食事処を探すのは面倒なので、ホテル内のレストランで夕食を食べる。
で・・・夜の街へ“出動”!!(大笑)
なにせ、明日は“シミズ委員長”がやってくるのである。
で・・・大会に参加し、懇親会に参加し・・・
次は、二次会となるだろうから・・・・下見をしておかねばならぬ。(大笑)
前日に来ているんだから、どこか適当な店を下見していなかったら、拙者は“役立たず”となろう?(大笑)
で・・・夜のネオン街を一人でウロウロ・・・・(大笑)
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旅行 | 18:07:54 | Comments(0)
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