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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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千歳御門
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市指定文化財(建造物)
千歳御門(ちとせごもん)(埋門)(うずみもん)

富山藩10代藩主前田利保(としやす)が隠居所として造営した千歳御殿(現、桜木町に所在)の正門で、嘉永2年(1849)に建築されました。
当時は、下図に示すとおり城址大通りの東側に位置していました。
総欅(けやき)造りの三間薬医門(さんげんやくいもん)で、屋根は切妻造本瓦葺(きりづまづくりほんかわらぶき)、桁行(けたゆき)6メートル、梁間(はりま)1.9メートルになります。
同一建築様式の城門は「東大の赤門」として知られる旧加賀屋敷御守殿門(ごしゅでんもん)(国重要文化財・東京都文京区)など数少ないことから、県内はもとより全国的に見ても貴重な江戸時代の城門です。
この門は、明治時代初期に赤祖父家に移されました。
その後、富山市が所有者から寄附をうけ、平成18年から20年にかけて城址公園内に移築しました。
富山城で唯一現存する千歳御殿の創建当初の建造物です。
江戸時代後期の御殿正門の様式や意匠及び技法を知るうえで価値が高く、平成20年10月29日に指定されました。
富山城や千歳御殿に関する展示は、郷土博物館で行っています。

平成24年12月
富山市教育委員会

(説明板より)

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【富山県富山市・富山城址公園】
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史跡 | 16:48:35 | Comments(0)
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