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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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富山城へ行く
富山県護国神社にはタクシーで来たが・・・・
帰りもタクシーというのでは芸がない。(笑)
やっぱり旅は歩かねば面白くない。
というわけで、徒歩で富山城に向かうこととする。

時刻はお昼を過ぎている・・・どうりで腹が空いてるわけだ・・・
たまたま喫茶店が目に入ったので、そこで昼食を食べることにした。

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食後にタバコを一服したいなぁ~(苦笑)
すぐ近くに灰皿があったが・・・
このお店の他のお客さんは女性が多い・・・
どう見てもタバコを吸うようには見えない・・・(汗)
「ちょっと、灰皿をお借りして・・・外でタバコを吸ってきていいですかね?」とお店のお婆ちゃんに尋ねた・・・
「いえ、ここで吸って構いませんよ」
「いや、食事をしている人もいますから、外で吸いますので・・・」
「どうぞ遠慮なく、ここで吸ってください。構いませんから・・・」
「いや、タバコの煙の嫌いな人もいるでしょうから外で吸いますので・・・」(苦笑)
他のお客が、こちらを見てニヤリと笑ったところを見ると、やっぱり・・・・(笑)
いくらお店の人に「どうぞ」と言われても、あとから客にグダグダ言われたら不愉快である。
何度も同じ経験をしているので、少しは“学習”した・・・(大笑)

で・・・外でタバコを一服・・・
もう1本吸いたいところだが、食い逃げと間違えられたら困るので急いで店に戻る。(大笑)

やはり旅は徒歩がいい・・・
車で移動すると面白くない。
今日中に帰宅しなくてはならないので、余り時間がないからタクシーで移動するほうがいいのだが・・・
いや、やっぱり徒歩だな・・・(笑)
富山城に向かう方向だけを確認して、あとは適当に歩く・・・
路地を抜けたり、商店街を通ったり・・・
フラフラ、フラフラ・・・行き当たりバッタリの散策である。

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無事に富山城に辿り着いた・・・時刻は午後1時・・・

富山には、ずいぶん昔に一度だけ来たことがある。
友人の結婚式に招かれて来たのだが、そのついでに石川県のほうまで旅をした記憶がある。
当然、富山市内も見て歩いたはずである・・・
当然、拙者が富山城を訪れないわけがないのだが・・・記憶にない!!(啞然)
全く・・・全然・・・記憶がない!(大汗)
拙者が「お城」を目的地から外すというわけはないはずなのだが・・・
痴呆症か?・・・これ・・・・

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野面積(のずらづ)
「野面積み」とは、自然石を石垣とした積み方です。
富山城では、河川の玉石の丸い面を残していることが特徴です。
石と石の隙間は、小石や割石などで埋められており、排水や積石の安定をはかっています。
鉄門(くろがねもん)の内枡形(うちますがた)では、方形に加工した石材を水平に積む「布積(ぬのづ)み」の部分もみられ、巨石の雄大さを演出しています。
石垣の内部は、外側から積石、栗石(ぐりいし)、土塁(どるい)の三重構造となっています。
鉄門石垣の通路面以外は、明治初め頃大きく積み直されたことが発掘調査からわかりました。

富山市教育委員会

(説明板より)


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245_convert_20151216205916.jpg(本丸跡)

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銅像を見っけ!(大喜)
「前田正甫公像」である・・・・


富山藩第二代藩主 前田正甫(まさとし)
~売薬を花咲かせたお殿様~

前田正甫 1649生~1706没
【藩主在任:1674~1706】

富山藩第二代藩主。
初代藩主である父利次の後をうけ、文武の振興を図り、新田開発や産業育成など、藩政の充実に力を注ぎました。
正甫本人は古銭収集家という文化人としての性格も知られています。
正甫は富山売薬の基礎を築いた人物としても有名です。
それは「反魂丹(はんこんたん)伝説」という形で語り継がれています。
元禄3(1690)年、正甫が参勤交代で江戸城に登城氏た折、とある大名が激しい腹痛を訴えました。
そこで懐中に常備していた「反魂丹」をすすめたところ、たちどころに治りました。
その様子を見た諸大名は「反魂丹」の効能に驚き、自分の領内での販売を求めるようになったため、正甫の命で諸国に行商させたのが富山売薬の始まりであるという伝説です。
この伝説により、正甫は「富山売薬を広めたお殿様」として、いまでも市民の間から親しまれているのです。
この正甫像は、昭和29(1954)年に建てられました。
原型は佐々木大樹、鋳造は高岡鋳芸社によるもので、台石を合わせて高さ約10mに及びます。

富山市

(説明板より)


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本丸跡の公園の一角に、小さな庭園があった・・・
う~ん・・・全然記憶にない・・・・(汗)
もう何十年も前の事だからなぁ~(苦笑)

282_convert_20151216221550.jpg(千歳御門)

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国登録文化財
富山市郷土博物館(富山城)
昭和29年、富山城址一帯で富山産業大博覧会が開催されました。
これは、昭和20年8月2日未明の空襲によって、壊滅的な被害を受けた富山市街の復興事業完了を機に開催されたものです。
その際、記念の恒久建築物として建設されたのが富山市郷土博物館(富山城)です。
旧本丸鉄門(くろがねもん)跡の石垣上に建てられた、鉄筋コンクリート造りの建物で、望楼(ぼうろう)を乗せた三重四階の天守、二重二階の小天守など、城郭の意匠でまとめられています。
その外観は、彦根城や犬山城などの現存天守を参考に設計されており、戦後の天守閣建設のさきがけとなりました。
博覧会の会期中は、「美の殿堂」として各種の展覧会が開催され、最上階の展望台からは富山市街のみならず立山連峰が一望できたため、多くの人で賑わいました。
会期終了後は郷土博物館として活用され、郷土の事を紹介する中心的な博物館であるとともに、中心市街地のランドマークとして広く市民に親しまれています。
平成15年からは約2年をかけて耐震改修工事行なうとともに、内装を一新し、富山城の歴史を紹介する常設展示が整備されました。
建設から半世紀を経た平成16年、本建物は富山市のシンボルとして、また戦災復興期を代表する建築物として国の登録文化財として登録されました。

平成27年3月

富山県教育委員会
富山市教育委員会

(説明板より)


鉄筋コンクリートの郷土博物館が、国の登録文化財???(大汗)
「戦災復興の代表的建築物」という考え方もあるのか・・・
そういうことでも指定が受けられるとは驚いた。

早速、郷土資料館を見学する。

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富山城唯一の現存建築物
千歳御門の瓦葺き技法
千歳御門の屋根瓦は、3枚重ねの本瓦葺(ほんかわらぶ)きとなっています。
これは、上の1枚が割れても下の1枚が水を受けることで、雨漏りを防ぐ構造となっています。
現在の家屋では2枚重ねで屋根材が水を受ける構造となっており、本瓦葺きは文化財建築以外ではほとんどみられなくなっています。
瓦は屋根板に取り付けられた桟(さん)に銅線で留めてあります。
さらに丸瓦(まるがわら)は葺き土の上にのせられています。
昔の瓦は仕上がり等にバラツキがあり、並びを整えるため土を用いたのです。
また、この土には、雨の吹き込みを防ぐという、もう1つの目的もありました。

(説明パネルより)


302_convert_20151217130443.jpg(館内)

いつもの如く、最上階まで行き、町を見回す・・・が・・・・金網が・・・(汗)
これ、邪魔なんだよなぁ~(苦笑)

303_convert_20151217130916.jpg 305_convert_20151217131007.jpg

時刻は午後3時・・・・郷土博物館(模擬天守閣)を見学後、周囲を散策することにする。

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319_convert_20151217131710.jpg

おお?・・・洒落た公衆トイレか・・・と思ったら・・・
どうも地下にある駐車場の出入り口らしい。
いやぁ~こういうデザインっていいよなぁ~(笑)

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ふと、道路の向こう側を見たら・・・・
昨晩、拙者が宿泊したホテルが・・・・(汗)
どうせここを歩くことになるのなら、カバンをフロントに預かってもらえばよかった・・・(汗)
重いショルダーバックを肩にテクテク歩くこともなかっただろう・・・
いつも要領が悪いんだよなぁ~(涙)

お城跡の側を流れる松川沿いの緑地帯に行ってみる。

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櫓を模した建物・・・
たぶん「佐藤記念美術館」の建物ではなかろうか?
でも、時間がないので、ここは見学しない・・・(苦笑)

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千歳(ちとせ)桜の碑石
江戸時代 富山10代藩主前田利保(としやす)が藩主の座を第六子利友(としとも)にゆずったあと嘉永2年(1849年)5月28日新しく東出丸(現在の桜木町一帯)に千歳御殿を築城した。
利保は千歳御殿に移り、桜を多く植えて風致を添えたので千歳桜といった。
後年、桜が老化したので昭和9年風雅会が35周年を記念してこの碑を建て新しく松川の堤に桜の植樹をおこなったので、県下でも有数の桜の名所になっている。

松川のまつのちとせをその名にて
  つつみのさくらとはにかをらむ
     田村直喜

昭和60年 富山市

(説明板より)


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さすがに喉が渇いたので、松川沿いにある「松川茶屋」でコーヒーを頂く・・・
ここは松川に架かる7つの橋を巡る観光遊覧船の乗り場・・・
乗ってみたい気もするが・・・・帰りの電車に乗り遅れたら大変なことになるのでやめておく。(笑)

時刻は午後3時半・・・・
ちょうど良い時間である。
テクテクと散策しながら富山駅に向かう。

339_convert_20151217160102.jpg(JR富山駅)

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富山駅前は、駅前の整備事業の工事中だった。
これが完成すると、また雰囲気が変わるんだろうなぁ~
で・・・
いつか、再び、この地を訪れた時、拙者は「記憶にない!」を連発するようになるのだろう。(大笑)
一応、念のため、ここに写真を載せておこう!(笑)

午後4時13分発、新幹線「かがやき530号」で上野駅へ・・・
帰りは新幹線で一気に帰ることが出来る。
なんと便利なことだろうか。
約2時間後に上野駅に到着・・・
午後7時の特急「ひたち25号」で午後9時前に自宅に到着!
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旅行 | 14:48:25 | Comments(0)
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