■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
旧紀州徳川家屋敷跡
032_convert_20151117131632.jpg

近代文化の拠点―旧紀州徳川家屋敷跡

江戸時代に徳川御三家の一つであった旧紀州和歌山藩主徳川家は、明治初期に麹町、赤坂の拝領屋敷を皇室と明治政府に返納した後、明治6年(1873)から大正末期まで、現在、港区立麻布小学校などがある港区麻布台1丁目に屋敷を構えた。
この間、同家第15代当主徳川頼倫は、わが国最初の私立図書館である「南葵(なんき)文庫」を邸内に設け、育英奨学団体「南葵育英会」を設立、学生寮「第一進修学舎」を建設した。
さらに第16代当主徳川頼貞は、本格的な音楽ホールとしてはわが国最初となる「南葵楽堂」や、音楽関係資料を集積した「南葵音楽文庫」を開設した。
しかし、大正12年(1923)の関東大震災などにより大打撃を受け、わが国の文化・教育の振興に多大な貢献を果たしたこれらの施設の多くは、その歴史的役目を終えた。
明治44年(1911)に創設された財団法人南葵育英会は、本年百周年の節目の年を迎えるにあたり、忘れ去られようとしているこれらの事績を後世に伝えるため、記念事業の一環として、旧紀州徳川家屋敷跡に銘板を設置することとした。
なお、南葵文庫の蔵書は、現在、伯爵徳川慶喜が揮毫した扁額とともに、東京大学総合図書館に収蔵されている。
また、南葵楽堂に据えられていたパイプオルガンは、東京音楽学校から上野公園に移築された「旧東京音楽学校奏楽堂」に設置され、保存と活用が図られている。

平成23年8月
   財団法人 南葵育英会
   港区教育委員会

(説明板より)


【東京都港区麻布台1-5-15・区立麻布小学校】
スポンサーサイト


史跡 | 12:20:13 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。