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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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時間潰しの散策・・・・
今晩は、甥っ子が出場するコンサートがある。
当初は昨晩のファミリーコンサートを聴いて1泊したら帰るつもりだったが・・・
まさか、そういうわけにもいくまい・・・
場所は、赤坂の「サントリーホール」ということなので、今晩は赤坂に宿泊する。
音楽を聴くために東京に2泊もすることになろうとは・・・(苦笑)
まぁ、“伯父ちゃん”が聴きに来てくれるというのが演奏の励みになってくれればいいが・・・(大笑)

さて・・・夜まで時間を潰さねばならぬ・・・(笑)
とりあえず、ホテルをチェックアウトして、近くの新宿区立新宿中央公園を散策してみることにする。(笑)

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(昨晩コンサートを開いた区民ホール)

公園内で太田道灌の銅像を見つけた!(喜)

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017_convert_20151116200844.jpg(新宿中央公園)

この公園に隣接する形で「熊野神社」というのがあるらしいので寄ってみた。

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十二社と熊野神社の歴史

十二社の熊野神社は、室町時代の応永年間(1394~1428)に中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州の熊野三山より十二所権現をうつし祠ったものと伝えられます。
(一説に、この地域の開発にあたった渡辺與兵衛が、天文・永禄年間(1532~69)の熊野の乱に際し、紀州よりこの地に流れ着き、熊野権現を祠ったともいいます)。
鈴木家は、紀州藤代で熊野三山の祠官をつとめる家柄でしたが、源義経に従ったため、奥州平泉より東国各地を敗走し、九郎の代に中野(現在の中野坂上から西新宿一帯)に住むようになりました。
九郎は、この地域の開拓にあたるとともに、自身の産土神である熊野三山より若一王子宮を祠りました。
その後鈴木家は、家運が上昇し、中野長者と呼ばれる資産家になったため、応永10年(1403)熊野三山の十二所権現すべてを祠ったといいます。
江戸時代には、熊野十二所権現社と呼ばれ、幕府による社殿の整備や修復も何回か行なわれました。
また、享保年間(1716~35)には八代将軍吉宗が鷹狩を機会に参拝するようになり、滝や池を擁した周辺の風致は江戸西郊の景勝地として賑わい、文人墨客も多数訪れました。
明治維新後は、現在の櫛御気野大神・伊邪奈美大大神を祭神とし、熊野神社と改称し現在にいたっています。
氏子町の範囲は、西新宿ならびに新宿駅周辺及び歌舞伎町を含む地域で、新宿の総鎮守となっています。

(リーフレットより)


ちょうど、外国人の観光客のグループがいて、熱心に境内を見学していた。(笑)
話している言葉からすると・・・ドイツ人かな?
若い人たちだが、やっぱりこういう神社の建物って彼らには珍しいんだろうなぁ~
日本人よりも熱心である。(笑)

さて・・・次はどこへ行こうかと当てもなく歩いていたら、東京都庁のほうへ出てしまった。

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東京都庁の周辺って、こんな感じなんだぁ~
今までに何十回も新宿には宿泊しているのである。
ワシントンホテルや京王プラザに宿泊していたのだから・・・
都庁あたりをブラブラしたことがあったはずなのだが・・・記憶がない・・・(苦笑)
初めて見る景色である。
それとも記憶喪失?(大笑)

さて、時刻はまもなくお昼・・・
なかなか時間というものは潰せないものである。
仕方がないので、池袋へ移動することにする。(大笑)

030_convert_20151116210044.jpg (昼食)

しかし・・・池袋の人混みの中を歩いてもねぇ~
どこへ行きたいという当てもないし・・・
で・・・思い出した!
以前、行ったことのあるマッサージ店へ行こう!(大笑)
そこでマッサージをしてもらい時間を潰すことにした。(大笑)

その後、今度は赤坂一丁目駅まで移動・・・
ホテルに真っ直ぐ向かわず、周辺をブラブラ散策する。(笑)

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たまたま偶然、麻布小学校の前を歩いたら、史跡の説明板が・・・
ここは、その昔、紀州徳川家の屋敷があった場所らしい。
面影は当然の事ながら全く・・・ない・・・(苦笑)

この学校近くの歩道に、なぜか警視庁の機動隊員がズラリと並んでいた。
はぁ?・・・何事だ?
交差点のところには、更に多数の機動隊員がズラリと並んでいる。(大汗)
いやぁ~壮観である!
私服の公安部の刑事もカメラを構えたり無線機を持って立っている。
公安も出動?
と・・・向うから右翼の街宣車の一団がガンガン音楽を流しながら走ってくる。
ん?この交差点で何かするのかな?(笑)
まるで運動会か、何かのお祭のような感じ・・・
この交差点で一斉検挙?
でも・・・何の罪で検挙するんだろう?・・・騒音規制法違反行為ということかな?
歩道にいるのは何百名という警官たちと拙者だけ・・・(大笑)
すごい景色なので、写真を撮ろうかとも思ったが、不審者扱いされて捕まったらコンサートに行けなくなる。(大笑)
まさか、「伯父ちゃんは警察に捕まってしまいましたのでコンサートに行けません」と連絡するわけにもいくまい。(大笑)
よくヤクザと間違われる拙者なので・・・(大笑)
職質されたらどうしようとビクビクしながら路地に入り込む。(大汗)
路地に入れば大丈夫と思ったら大間違い・・・
路地には路地で、あちこちに機動隊員が数名ずつ待機していた。(唖然)
路地からヒョコッと出てきてバッタリ!
こっちも驚いたが、向うも驚いていた・・・(大笑)
多分、検挙を逃れて路地に逃げ込む右翼を捕まえるために待機しているのだろう・・・
御苦労様なことである。
やつらは街宣車から飛び降りて逃げるのか?(大汗)
事の顛末まで見てみたい衝動に駆られたが・・・我慢、我慢・・・(大笑)
それよりこちらは挙動不審者・・・(大笑)
職質されたら堪らん・・・

この近くに「横川省三記念公園」というのが、あるはずなので、それを探して路地をウロウロ・・・
ようやく見つけた!

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横川省三は、明治期の人で、確か朝日新聞の記者だったと思う。
日露戦争の時に特殊任務に就き潜入工作、つまりはスパイとなって満洲に潜入するが捕まって処刑された。
その人の記念公園。
公園内に記念碑が建立されていた。

時刻は4時半・・・
コンサートは6時からである。
ちょうどいいかも・・・ということでホテルに向かいチェックインする。
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日記 | 09:42:34 | Comments(0)
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