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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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宮崎特攻基地慰霊碑
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碑文

この地は「旧海軍赤江飛行場宮崎海軍航空隊跡地」である。
昭和20年8月15日の終戦にいたるまで日本防衛の南九州最大の航空基地として陸海軍共同作戦を含む数多くの戦闘作戦に特別攻撃隊及ひ雷撃隊出撃の基地となって大東亜戦の戦史に残る偉跡の地である。

私共 現在平和と繁栄の生活を享受しております。
然しこの平和と繁栄の陰には大戦中における数多くの国民の犠牲と数百万の戦死戦没戦傷病者、大多数の国民の困苦欠乏の生活があったことを忘れてはならない。
なかでも特に祖国の悠久の平和と最後の勝利を信じて“祖国のために”を合い言葉に南海の空で散った陸海軍特別攻撃隊員及び雷撃隊員たちの崇高なる精神と遺徳は永く後世に伝承したい。

赤江飛行場は昭和18年12月1日付で海軍航空隊の練習基地として開隊、昭和19年7月赤江基地は練習基地から第一線の作戦基地への編成方針が打ち出され正式に作戦基地として開隊したのは、昭和19年10月10日である。

昭和19年10月12日台湾沖航空戦に突入した。
当日赤江基地に展開していた陸海軍機の攻撃隊及び雷撃隊の出撃となった。
赤江基地を主軸として発進又は中継基地として作戦に参加した海軍機は、「一式陸上攻撃機」をはじめ344機、陸軍機は「飛龍」延200機、総機数544機である。
この作戦における戦死者数は海軍635名、陸軍80名である。

戦局はこの作戦終結とともに勝機が空しく去った。
一死これが戦局の好転をもたらすとは思わない。
徒死を待つより大空に散るを潔しとする特別攻撃隊にすべてを托し国に報ゆる信念に燃える陸海の若鷲は愛機とともに敵空母に体当り攻撃を敢行した。
それは総力をあげて比島レイテ湾に突入する帝国連合艦隊に悲運の翼なき第一航空艦隊が送る最後のはなむけであった。

昭和19年10月25日第一神風特別攻撃隊敷島隊の第一陣である。
海軍における神風特別攻撃隊として出撃した特攻隊員は布告第59号を始め布告第259号を最後に2,507名になる。
陸軍における特別攻撃隊として出撃した特攻隊員は1,392名になる。
特別攻撃隊の隊員のほとんどがこの赤江基地を飛びたち直接攻撃に参加したもの、或いは中継基地として比島・台湾・沖縄で特攻作戦に参加し、我が身命を捧げることにより愛する肉親や懐かしい故郷そして祖国を救い得るならばの一念に燃え未曾有の国難に殉じて散華した特別攻撃隊員若鷲の最後の地である。

昭和20年3月18日宮崎初空襲である。
米艦載機による銃撃は午前5時48分夜戦1機の銃撃に始まり午前8時までグラマン戦闘機延150機、午前10時まで延540機、正午より午後4時45分まで延200機、これを反撃したのが、第721航空隊の戦闘306、307両飛行隊の「零戦」90機である。

この初空襲以後の宮崎空襲による民間人の人的被害は死亡123名、負傷者176名である。

今大東亜戦において、有能な人材を失った戦争の責任は大きい。
若桜の蕾のまま散華した献身無私の先輩同期そして後輩の崇高な精神を今再び結び合い白砂青松の海岸線、無限に広がる紺碧の赤江灘と青い空は今もなお美しい姿を留めているこの地に無量の感をもって当時を偲び我々同志相集い宮崎県民及び全国の有志の浄財によって碑を建立し愛国の赤誠に殉じた友たち、宮崎大空襲における民間戦災犠牲者の鎮魂と世界恒久の平和と旅するものの空の安全の祈りをこめて民間航空空の殉職者の霊を合祀し忘れ去らんとする先人の偉業を顕彰し永く後世に伝え希うためゆかりのこの地に碑を建立し碑名を『鎮魂之碑』と銘記しここに碑を捧ぐ。



鎮魂碑合祀者名簿及び及び御芳名者名簿本堂に収納
一、陸海軍宮崎基地在籍部隊合祀名簿
一、海軍神風特別攻撃隊戦死者名簿
一、陸軍特別攻撃隊戦死者名簿
一、宮崎県出身陸海軍搭乗員戦死戦没者名簿
一、宮崎空襲時における戦災死亡者名簿
一、宮崎特攻基地慰霊碑建立基金芳名者名簿
          以上

昭和58年3月吉日
   宮崎特攻基地慰霊碑建立期成同盟会一同


【宮崎県宮崎市本郷北方樋渡・宮崎空港の西側】
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史跡 | 19:30:10 | Comments(0)
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