■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
石敢當
068_convert_20151023142217.jpg

石敢當

臼杵町では「せっかんとう」、沖縄では「いしかんとう」と呼ばれるこの石塔は、古代中国の武将にあやかった魔除けの石塔です。
この石塔は4百有余年前の戦国時代に明国の商船が入港して南蛮貿易の市場が開かれ、取引上の喧嘩、口論を鎮める為に石敢當を建てたと言われています。
大きく上品で整っている文字は中国人の書であると言われ、筆跡に大陸的な風格があります。

臼杵市

(説明板より)


臼杵の商店街の街角に珍しいお宝発見!

石敢當(せっかんとう)
4百余年の昔から畳屋町の人々は、町角の石敢當を、魔除け、商いの神、福の神尊び崇めて大事に守り継いでまいりました。
臼杵市の文化財にも指定されている大変貴重な塔で、歴史の上からも、観光の上からも大事に守り継ぎたいと思います。

石敢當とは
石敢當は中国伝来の悪魔除けの法で九州南部から沖縄・台湾にかけての路傍にあり、九州では鹿児島市内に数個あります。
沖縄では石敢當(いしかんとう)と呼ばれ、家庭でも門柱、玄関などに三文字を書いて張る魔除けの風習が今も残っています。
大辞典に、向かうところ敵なしの義、石敢當は古の勇者の名、その名を石に刻して守護神とす、とあります。
畳屋町の塔はその姿の美と形の大きいこと、特に筆跡が唐人の名筆家の作であることから書道界においては典雅な書体であると有名です。

なぜ臼杵に
大友宗麟が臼杵に居城を構えた頃、臼杵は早吸瀬戸の難所を往来する船の潮待ち、風待ちで港は賑わい、また、町には大阪堺にも店をもつ西日本随一の豪商で分限者の仲屋宗悦のお店や、唐人のお店が並び農水産物を始め色々な品物の一大集散地として栄えていました。
また南蛮船、大明国の商船も入港して市場を開き遠く豊・筑の人々等も集めて交易をし象をはじめ虎、孔雀や陶器、書画など珍しい品々が荷揚げされました。
取引の上で喧嘩・口論が度々あり皆が迷惑をしていたのを「中国にこれを治める法がある」とで石敢當の三文字を石に刻して建てたところ以後喧嘩が治まったと言われています。

(説明板より)


【大分県臼杵市臼杵畳屋町】
スポンサーサイト


史跡 | 10:16:57 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。