■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
建物見学会!
今日は建築士会主催の「まちなみ体感ツアー」という”建物見学会”に参加させてもらう。
拙者は建築士ではないが・・・(笑)
水戸藩士の“シミズくん”が建築士で、しかも、今回のツアー訪問場所は、我々が住んでいる県北地区・・・
まぁ、地元をわざわざ見学するというのもおかしなものだが・・・(苦笑)
彼が、「説明役」を仰せつかったようなので・・・
どれどれ・・・どんな説明をするのかな?・・・
お誘いを頂き、以前、「西山荘」を見学したときのように、建築士に”成りすまし”・・・(大笑)
参加させてもらった。

まず、最初に向かったのは、当たり前のことだが、「集合場所」・・・・(大笑)
この「集合場所」が、なんと、はるか南にある某市・・・(唖然)
ここで観光バスに乗り込み、再びわが町に戻るのである・・・(唖然)
なんという無駄なことを・・・(大笑)
我が市のどこかで途中から乗せてくれればいいものを・・・(大笑)
う~ん・・・企画した人って何を考えているんだろう・・・(大笑)
「集合場所」が“とんでもない場所”なので、“シミズ君”のお父さんが、車で送ってくれた。
いやはや、なんとも恐縮・・・

バスに乗り込み、再び我が家の近くの町に戻る・・・(大笑)

先ず最初に向かったのが、「大みかゴルフクラブ」・・・

031_convert_20150923095855.jpg

“シミズくん”によれば、ここで昔、青年会議所の例会を開いたことがあると言う・・・
拙者は、その時に役員だったはずなのだが、まったく記憶にない・・・(大汗)
滅多なことじゃ欠席をしないから、多分、その例会には参加したのではないかと思うのだが・・・
全く記憶がない・・・(大笑)
ということは・・・たまたまこの時は、欠席したのだろうか?
どうも記憶力が悪い・・・(大涙)

026_convert_20150923103112.jpg 027_convert_20150923103216.jpg

このクラブハウスは、昭和11年に建てられたもので、設計は、東京大学の安田講堂を設計した岸田さんという人だそうだ。
で・・・建物は「高床式寝殿造り」・・・

023_convert_20150923104037.jpg

この部分を見ると・・・
素人の目からは、「寝殿」というより「神殿」というように見えますが・・・・(大汗)
まるで神社のような・・・(笑)
で・・・戦後は、進駐軍の宿舎に使われたこともあるそうである。

拙者は“シミズ君”と別れて一人で早々と敷地外に出て周囲を散策・・・
眼の前の道は、その昔の「陸前浜街道」だそうだ。

041_convert_20150923131150.jpg

道路(旧・陸前浜街道)の二股に分かれる分岐点のところに「泉川道標」という石碑が建っていた。
へぇ~・・・こういうのがあったの?
日立市指定有形文化財との標柱が建っているが・・・・説明板はない・・・(汗)
こういうところが、我が市の“おそまつ”な所だと思う・・・(大笑)
教育委員会は何で説明板を設置しないのだろう?
建立日はよく見えなかったので、わからなかったが・・・・
建立者は奥州岩瀬郡須賀川の泉屋忠兵衛という人物である。
あれ?・・・・地元の人じゃないんだ・・・・
「岩瀬郡須賀川」というのは、今の福島県須賀川市である。
え?・・・何で福島の人が、こんな場所に道標を建てたんだろう?(汗)

043_convert_20150923131518.jpg 036_convert_20150923134247.jpg

その後、日立市内へ・・・・
「日立武道館」へ行く。
ここは、昔、「共楽舘」という建物で、平成23年に改修された登録有形文化財だとのこと。

055_convert_20150924095346.jpg

この建物は、東京の歌舞伎座や帝劇を参考にして、大正6年に日立鉱山が建てた建物。
日立鉱山の従業員や地域住民のために歌舞伎や映画、講演会などの催物を開いたというから、「芝居小屋」みたいなものかな?(笑)
日立鉱山の福利厚生施設?(笑)
その後、昭和42年に市に寄付され、芝居等の開催は行なわれなくなり、武道館として使用された。
実は、拙者は中学生の時に、ここで開催された剣道の市内大会に出場したことがある。(大笑)
生まれて初めて公式試合に出場したのが、この場所・・・
完璧に“あがって”しまい・・・気がついたら負けていた・・・(大笑)
いやぁ~懐かしいなぁ~(大喜)

049_convert_20150924100527.jpg

ずいぶん綺麗になっているが・・・・拙者が戦った場所は、あの辺りである。(笑)
40年以上も前の思い出が甦る・・・
相手は拙者より背の低い奴だった・・・
すばしっこい奴で、あっという間に“胴(どう)”を取られた・・・(涙)
なんであの時、ボ~ッと突っ立ってしまったんだろう?(苦笑)
“面(めん)”を打ち込めばよかったのに・・・
今でも大後悔である・・・(大笑)

ここでもサッサと外に出て、周囲を散策してみる。(笑)

061_convert_20150924104654.jpg

道路のカーブにあわせて建てられた家のようである。
こういう建物・・・好きだなぁ~(笑)

069_convert_20150924104953.jpg

こういう古い家も好きである。
素人目にも、軒の部分なんて凄いと思う。(笑)

071_convert_20150924105729.jpg

「共楽舘」の前の道・・・
昔は、メインストリートで、賑わっていたのではないかと思うが・・・
今は閑散としている・・・(汗)

066_convert_20150924110331.jpg 063_convert_20150924110229.jpg

「日立武道館(旧・共楽舘)」のすぐ斜め前に「日鉱斯道館」という武道館がある。
武道館の眼の前にも武道館?(苦笑)
こちらは、企業の持ち物だそうだが、剣道の試合はここでよく行なわれているとか・・・
う~ん・・・・どうなんでしょ?
武道館は、こちらをメインにして、共楽舘は建設当時のように“芝居小屋”として復元したほうが面白かったかも。
で・・・・この町並みを再開発して・・・
「川越」みたいな美観地区にして観光客を集めて・・・
などと妄想・・・(大笑)

結構古くて歴史のありそうな建物なのだが、今回のツアーでは、この建物は見学しないらしい。
企業の持ち物だから、うまく話がつかなかったのかも・・・(笑)

次に向かったのは、同じ市内にある「日鉱記念館」・・・

072_convert_20150924134535.jpg

ここは日立鉱山の跡地に建てられた、JX日鉱日石金属グループという企業所有の記念館・・・
以前から、存在は知っていたが、ちょっと“敷居”が高く見えるので、未だかつてここを訪れたことはない。
随分昔・・・「事前に庶務課に予約をしないと入れない」という話(噂)を聞いたせいかもしれない。(苦笑)
というわけで・・・初めての訪問!(喜)

074_convert_20150924140448.jpg

この奇妙な形(笑)の建物は、記念館の本館だが、今回は見学時間が少ないので、ここの展示資料の見学は行なわないという。(残念!)
記念館の担当者の案内で敷地内の見学を行なう。

078_convert_20150924141950.jpg 090_convert_20150924142126.jpg

この建物は「旧・久原本部」・・・
日立鉱山を開発する本部として久原房之助が建てた建物で、茨城県の指定文化財になっている。
この建物を見学するために、ここに来たのかな?
その割には内部の見学ができず、塀の隙間から建物の一部を覗き見るのみ。(笑)

076_convert_20150924141215.jpg

これは明治末に作られた「電気機関車」・・・・
え?・・・明治末期?
蒸気機関車ならわかるが、電気機関車というのもあったのか?
これには驚きである。
しかも、この電気機関車は昭和35年まで精錬所構内の輸送などに使われていたという。(唖然)

106_convert_20150925100334.jpg

「第1竪坑鉱石巻揚機」・・・・
これは昭和4年に新設されたアメリカ製の機械・・・

巻揚機室を見学後、鉱山資料館に向かう。

111_convert_20150925101029.jpg

この建物は、旧・コンプレッサー室・・・
昭和19年に新築されたものである。
昭和19年と言えば、大戦末期・・・物資不足の中で、金属の入手ができず、起重機走行用のレールも木材で作ったという。
地下資源の増産、増産で大変な時期で、設備投資をしなければ対応できないのに、その資材が手に入らないとは・・・
“卵が先か鶏が先か”のような話かな?(笑)

113_convert_20150925101722.jpg 115_convert_20150925101804.jpg

う~ん・・・・この木造建屋・・・いいなぁ~・・・懐かしいなぁ~(喜)
その昔、拙者の会社も、工場はこういう木造建屋だったのである。
子供の頃、よく工場の中で遊んだものだ。
あの頃の“匂い”がしてくる・・・・あ~・・・年取っちゃったなぁ~・・・俺・・・

116_convert_20150925134334.jpg

これは大正7年に製造された450馬力の空気圧縮機・・・
削岩機などの空気を動力とする機械の動力源が、この空気圧縮機である。
削岩機というのは空気の力で動いていたのか・・・・知らなかった・・・(汗)

“解説員”の説明など、ろくに聞きもせず・・・(大笑)
拙者は、こっそりと集団から抜け出し、「鉱石資料室」を勝手に見学・・・(大笑)

120_convert_20150925154544.jpg

あららら・・・すごいコレクションである。(笑)
時間がないので、じっくりと見られないのが残念であるが・・・
5年ほど前のこと・・・
フィリピンのミンダナオ島のスリガオに行った時、現地の「資料館」を訪問した。
展示品のほとんどが、この地で採掘された鉱石である。(笑)
オーナー兼館長と、いろいろとオシャベリしたが・・・
この鉱石だけは、知識がないので、お話にならない・・・(苦笑)
金と銅はわかるが・・・その他の鉱石は英語表記ということもあって、何の石やらサッパリである。
こうなると、知識の有る無しの問題で、英語が話せる話せない以前の問題である。(大笑)
あ~・・・これを先に見ておけばなぁ~(笑)
もう少し館長とも話が弾んだかも・・・(大笑)

次に向かったのは、同じ日立市でも「十王(じゅうおう)地区」・・・
ここは昔は多賀郡十王町と呼んでいたが、平成16年に我が市と合併した。

さて、ここで2班に分かれて見学・・・・
拙者が属する班が向かったのは「江幡商店」・・・・
ご店主にお店の歴史等のお話を伺い、ここの蔵を改造した車庫のような建物を見学・・・(笑)

130_convert_20150925202801.jpg 129_convert_20150925203321.jpg

この地区の案内役は“シミズ君”・・・(大笑)
しかも、事前に何の打ち合わせも無く、いきなり案内をしてくれと“丸投げ”・・・(唖然)
おい、おい・・・・である。(大汗)

次に向かったのは「日渡酒造」・・・
しかし、この会の担当者は何のアポも取っていなかったらしく、外から酒蔵を“見学”するのみで終わった。(汗)

134_convert_20150925204450.jpg

次は・・・・「佐野味噌店」のはずだが・・・
予定表には、そう書いてあるのだが・・・・なぜか・・・サラリと通過!(唖然)
あれれ?・・・寄らないの?(苦笑)

137_convert_20150925204930.jpg

最後に向かったのは「森島酒造」・・・・
明治2年創業の老舗である。
ここで、もう一つの班と交替し、彼らは町の中を見学、我々は酒蔵を見学ということになった。
で・・・“シミズ君”は、もう一つの班を案内して、再び町に戻ることとなる。(大笑)
つまり・・・彼は、ここの見学ができなくなったのである!(大笑)
これは同業者による“イジメ”?(大笑)
いやはや、ご苦労様である。

142_convert_20150925211613.jpg

「森島酒造」は、太平洋戦争の戦災で蔵を焼失したが、その後、再建・・・
4代目社長と日本画の巨匠・横山大観とは親しい仲だったそうで、大観は酒好きで、よくここのお酒を飲んでいたという。
で・・・大観が、この酒に「大観」と命名したとか。
横山大観が揮毫した「大観」のラベルで有名な蔵元である。
この会社がある場所は、なんと、海岸から直線で30メートル程度・・・・
そういう立地ですから・・・東日本大震災では被害を受けたそうだが、今では無事に復興を果たして操業を再開している。

141_convert_20150925212615.jpg 140_convert_20150925212504.jpg

酒蔵見学後は、「利き酒」・・・・
拙者は酒よりジュースが飲みたい!(笑)
喉が渇いた!(大笑)・・・・ということで、またまた別行動をとり、自販機を探しに出かけ、ジュースで喉を潤す。(大笑)

時刻はとっくにお昼を過ぎ、午後1時・・・・(唖然)
茨城県国民宿舎「鵜の岬」で昼食をとるという。

147_convert_20150925213822.jpg

ここは、全国に113ヶ所ある国民宿舎の中で、25年間、利用率1位の施設で有名・・・
なんで、ここが利用率全国1位なのか・・・・拙者にはサッパリわからないのですが・・・(苦笑)
遠くから、わざわざ宿泊だけのためにやってくる人もいるという。
人気があるため、なかなか宿泊の予約が取れないのだとか・・・・驚きである!
しかも、東京駅から直行の高速バスも出ているのである!(唖然)
東京から真っ直ぐやってきて宿泊し、翌日、真っ直ぐ東京に帰るのだそうだ・・・
それじゃダメじゃん!(怒)・・・・地元にお金が落ちないジャン!(怒)
どうして周辺の観光開発に力を入れないのかねぇ~
いずれにせよ、どこに魅力があるのかは知らないけど・・・とにかく有名な施設なのである。
で・・・ここで昼食なのだが・・・
まだ全然用意ができていないらしく、散々待たされる。(苦笑)
こんなに手際が悪いのに、どうして全国1位なのだろう?(大笑)
予約をした方に問題があるのか、予約を受けた施設の方に問題があったのか、どちらのせいなのかは知らないけど・・・(大笑)

145_convert_20150925215314.jpg
(「鵜の岬」の真下の海岸)

144_convert_20150925215201.jpg

食後、時間があったので、売店で親父への土産を買う・・・
土産と言っても、今晩のおかずになるようなものを探すのだが・・・(大笑)
あ~あ~・・・・完璧に主夫(主婦?)になっている・・・・(涙)

ここは日本で唯一の海鵜(うみう)の捕獲地である。
ここで捕獲された鵜は、全国各地の鵜飼に“供給”されている。
岐阜の長良川の鵜飼は有名だが、そこの鵜も、ここで捕獲された“茨城弁”を話す鵜である。(大笑)
鵜飼をやっている川は全国に12ヶ所あるそうだが、和歌山の1ヶ所を除く11ヶ所の鵜はすべて、ここの鵜である。
で・・・この敷地内には捕獲のための“囮”になる鵜を飼育していて、見学ができたはずなのだが・・・
それを見に行くという企画はないようで・・・(苦笑)
御土産を買ったら、バスに乗り込み次の場所へ・・・となる。
あ~なんともったいないことか・・・(苦笑)

148_convert_20150925215417.jpg

仕方がないので、鵜の“模型”を撮影・・・(笑)
ただし・・・ホンモノの鵜は、このような青い色ではありません・・・(苦笑)
カラスと間違われると困るから青くしたのかも・・・(大笑)

次に向かったのは、お隣の高萩市・・・・
「穂積家住宅」・・・・

149_convert_20150927202748.jpg

ここの門が、また変わった形の門で・・・(笑)
もともとは平屋の長屋門なのだが、昭和初期に2階の部分を乗せちゃったらしい・・・(唖然)
なんだか、どこかのお城みたいになっちゃった・・・(笑)

152_convert_20150927205215.jpg 156_convert_20150927205746.jpg

「主屋(おもや)」は寛政元年(1789年)に建てられた豪農の家とされていたが、近年の修復の際に安永2年(1773年)建立の墨書が見つかったという。
ここでまた2班に別れ、他の班が「主屋」内部を見学している間、我が班は外の敷地を見学する。

153_convert_20150927210353.jpg

「軒付け」の意匠が洒落ている・・・

157_convert_20150927210630.jpg

「小屋梁」もまたスゴイ・・・・(笑)

166_convert_20150927210858.jpg

「主屋」に併設されている「衣装蔵」・・・
大正4年に建てられた土蔵だそうで、1階は衣装棚、2階には床の間付きの10畳の座敷になっている。

169_convert_20150927211249.jpg

江戸時代に造られた庭園・・・・

170_convert_20150927211507.jpg

「前蔵(まえぐら)」・・・嘉永2年(1849年)に建てられた土蔵である。
あら・・・すごい・・・(苦笑)

162_convert_20150927212243.jpg

「主屋」内部・・・・
ここには今までに2回ほど来た覚えがあるのだが・・・
こんなに立派だったっけ?
内部にも入ったと思うのだが、記憶がない!(大汗)
最近、本当に記憶力が悪くなっているというか・・・思い出せないのである。(涙)
農家の間取りというか造りというか・・・は、みんな似ている気がするのだが・・・
拙者の母の実家は築250年ほどの農家だが、この家に似た間取りである。
ん?・・・・同じ市内だから、まさか同じ大工が建てたというわけじゃあるまいな?(笑)

173_convert_20150927212932.jpg

179_convert_20150927214044.jpg

また、この「欄間」が凝っている・・・

182_convert_20150927214207.jpg

トイレ周辺の窓枠とかの意匠もいい・・・(笑)

さて、次に向かったのは、ここからすぐの所にある「たつご味噌醸造(株)」・・・・

199_convert_20150927215202.jpg 192_convert_20150927215331.jpg

ここの味噌蔵の名前は聞いたことがあるが、来た事はない・・・・
「観光味噌蔵」「直売所」?・・・・へぇ~そうだったの・・・
安政元年(1854年)創業の老舗味噌蔵・・・・

194_convert_20150927215958.jpg 196_convert_20150927220236.jpg

193_convert_20150927222335.jpg

お味噌の効用を解説したパネルが・・・・
ん?・・・・・「放射性物質の除去」????
そんな効用もあるのか?(驚)

見学後、直売所で「お味噌汁」のサービスを頂く。

次に向かったのは・・・・更にお隣の北茨城市である。
いやぁ~走るわ、走るわ・・・これで3市目である。(大笑)

まずは、「JR大津港駅」前にある「びすとれ」を訪問・・・
「びすとれ」って何のことかわからなかったのだが、「北茨城市の観光案内所」だそうである。

205_convert_20150927225508.jpg 200_convert_20150927225348.jpg

あらぁ~・・・拙者の好きな赤レンガの建物ではないですか!(喜)
実は、拙者はこの「大津港駅」には来た事がないのである。(笑)
へぇ~駅前に、こんな建物があったの?

この建物は大正初期に海産物の倉庫として建てられたらしい。
ここから鉄道で東京の築地などに送られていたようで、そのために駅前に集積場と倉庫が建てられたらしい。
しかし、赤レンガで建てるとはねぇ~
“ハイカラ”な人がいたんだろうなぁ~
東日本大震災後、今まで長年使われず放置されていた、この赤レンガ倉庫を観光案内所に改修してオープンさせたらしい。

202_convert_20150928102823.jpg

ここで観光案内所の方から説明を受けるが・・・
この時に、「このレンガの積み方は何と言うか知っていますか?」という質問が出た。
「建築士の方々だからご存知かとは思いますが・・・」と言われたが・・・
誰も答えない・・・(大汗)
え?・・・これは・・・“イギリス積み”ではなかろうか?
素人の拙者が答えたのでは失礼かと思って黙っていたが・・・(大笑)

次に向かったのは、平潟港の眼の前にある「砥上屋(とかみや)」という小さな旅館・・・

206_convert_20150928132514.jpg 224_convert_20150928132912.jpg

この建物・・・なにやら「旅籠」という雰囲気があるのだが・・・(笑)
2階部分までは江戸末期に建てられたものだそうで、その上の3階部分は明治43年に増築されたものだという。
この港には、何度か来たことがあり、この古い建物も見ているが・・・そんなに歴史がある建物だったとは知らなかった。
しかも、無名時代の日本画の巨匠・横山大観も、この旅館によく訪れていたという・・・・(驚)

214_convert_20150928142125.jpg 208_convert_20150928142403.jpg

内部を見学させていただき、ご主人からもいろいろお話を伺った・・・
一見、かなり古いオンボロ旅館なのだが・・・
不思議なのである・・・・
失礼な話しになるのだが・・・
あの東日本大震災の時、あの地震で倒壊しなかったのである!(大笑)
普通は、ここまで古いと、どこかしらが崩れるとか、傾くとかしてもおかしくないと思うのだが・・・(汗)
しかも、港の眼の前に建っていたのに津波の被害に遭っていないのである!(唖然)
同じ並びの100mも離れていないところに建っている建物は一階部分が津波でぶち抜かれているというのに・・・
震災後、間もない時に、ここに来たことがあるのだが、かなり被害を受けていた。
が・・・・無傷で生き残っているとはねぇ~
不思議である。
「幸運の宿」と呼んでもいいかもしれない・・・(笑)

209_convert_20150928142311.jpg (目の前は港・・・)

「砥上屋」さんを見学後、かなり時間が余ったようなので、またまた単独行動で(大笑)港周辺を一人で散策する。

221_convert_20150928143614.jpg

港に「アンコウ」の石像が・・・・
震災後に茨城県石材業協同組合連合会から復興のシンボルとして寄贈されたものらしい。
なんで「アンコウ」なのか・・・・・(笑)
この近くで「アンコウ」が採れ、「あんこう鍋」で有名な場所であるからなのか?(笑)
が・・・・意外なことに気がついた・・・
「アンコウ」は漢字では「鮟鱇」と書く・・・
“安”と“康”の字が入っているのである!(驚)
だから、復興のシンボルとして・・・・としたのではなかろうか?(笑)

227_convert_20150928144331.jpg 228_convert_20150928144417.jpg

「東日本大震災記録碑」というのが建っていた・・・
津波到達地点(6.7m)が刻まれているのだが・・・・
あの「砥上屋」さんは、この記録碑のある地点より低い位置に建っているのである。
にもかかわらず・・・・被害はゼロ?(唖然)
驚きである!!

実は、一つ、気になる場所がある・・・
海軍の特攻艇「震洋」の格納壕跡である。(笑)
「震洋」とは、爆薬を搭載して敵艦に体当たりをするモーターボート・・・・
その訓練基地がこの港にあって、格納用の壕が掘られて今も残っている。
「戦争遺跡」なのだが、残念ながら「説明板」は設置されていない。
知る人ぞ知るの洞窟である。

230_convert_20150928145115.jpg

おお!津波に壊されることなく残っていた!(喜)

今回のツアー・・・・見学会は、ここで終了。
ここからバスで再び“集合地点”に戻るわけである・・・(汗)
我が家の前を通過して・・・・(大笑)
そんな馬鹿な・・・ということで、水戸藩士の“シミズくん”のお父さんが、高速道路のインターまで迎えに来てくれるという。
いやはや申し訳なし・・・(汗)

今日は、とてつもなく充実した一日が過せた!
“シミズくん”とお父さんに感謝である!!
スポンサーサイト


日記 | 09:48:49 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。