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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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「オルモック」「リモン峠」、マニラに戻る
今日はレイテ島最後の日・・・
何ヶ所か回って、マニラに戻る予定。
出発は午前8時とのこと・・・助かった・・・(笑)
このところ「早朝」の連続で睡眠不足気味・・・
他の参加者からも、かなりハードスケジュールだとの声も上がっていた。

ギリギリまで寝ていようかな・・・(笑)・・・という気持ちもあったが・・・
“習慣”とは怖ろしいもので・・・(大笑)
早起きしてしまった!(大笑)

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午前6時半、急いで朝食を食べ、早速、ホテル周辺の散策に出かけることにする。
拙者は、これをしないと、どうもストレスが溜まってしまうのである。(笑)
バスに乗って横付けし、バスから降りて説明を聞いて写真を撮って、すぐにバスに戻る・・・
そういうことばかりだとストレスが溜まる・・・
ホテルの周辺だけでもいいから、どこかをブラブラと歩き回りたいのである。(笑)
これは、一種の病気か?(大笑)

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(我々が宿泊したホテル)

同じようなことを考える人は、どこにでもいるもので・・・
バッタリと添乗員の“アサダさん”に会う・・・
「やっぱり、考えることは同じですね!じゃ、また一緒に散策しますか」・・・ということになる。
以前、オーストラリアに行った時も、早朝に、一緒にホテル周辺を歩き回ったことがある。
一人では、ちょっと不安になる場所でも、二人なら何故か行けてしまう。
「あの時の地下道は、一人では歩けなかったですよねぇ~」などと思い出話をしながら散策する。(笑)

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朝早くから海に入っている奴がいる・・・
何をしているのかと見ていたら、投網で魚を獲っていた・・・(笑)

226_convert_20150903133925.jpg(オルモック湾の海岸)

朝から地元の人々がたむろしている・・・
この海岸はルソン島から多くの兵員や物資が陸揚げされた場所である。
米軍の攻撃が激しくなった頃には、この湾内に多くの日本の艦船が沈没したという・・・

227_convert_20150903134546.jpg (オルモック港)


229_convert_20150903134835.jpg 230_convert_20150903134926.jpg

231_convert_20150903135018.jpg (旧市役所)

海岸の直ぐ眼の前にあった市役所は、台風の高波の被害を受けたそうで、今では廃墟状態・・・
窓などはボロボロに壊れている・・・
歴史的にも古い貴重な建物のような気がするが・・・
いいデザインだと思うんですけどねぇ~・・・取り壊されないで復元されることを期待する。
新市役所は、別の場所に建て直したらしい。

236_convert_20150903135702.jpg 239_convert_20150903135909.jpg

市役所の近くにある教会・・・
結構古い教会だと思う。
当然、ここも台風の被害を受けたものと思われる。
鐘楼の塔は修復され綺麗になっている。
教会本体は、石造りのため、被害は少なかったのだろうか、そのまま使用されているようである。

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教会の内部を、ちょっと覗いてみた・・・(笑)
こんな感じ・・・

238_convert_20150903141255.jpg

不思議なのは、教会のすぐ近くに建っていた、この家である。
戦時中から、ここにあったのではないかと思うような古い建物である。
もしかしたら、日本軍が使用したことがあるかもしれないと思わせる建物であるが・・・
よく台風で破壊されなかったものだ・・・
不思議である・・・(大笑)
吹き飛ばされるか、崩れてもおかしくはないと思うのだが・・・(苦笑)

30分ほどホテル周辺を散策して早めにホテルに戻る。
予定通り、午前8時にホテルをチェックアウトして出発!

最初に向かったのは「カルロタヒル」と呼ばれる場所・・・
この丘は、オルモックの金持ちの邸宅が建ち並ぶ住宅街になっている。
その一角に、日本の慰霊碑が建っている。

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(平和の塔)


【碑文】
第二次世界大戦のみぎり、フィリッピン群島とその海域において戦没されました幾多の日本の将兵とフィリッピン共和国の方々の“御霊”よ安らかにお眠り下さい。
こゝに日比平和之碑を建立し、日比両国の永遠の平和と親善を願い、両国の繁栄を祈念いたします。

1978年
岐阜県慰霊碑建立奉賛会



この丘の周辺で、第26師団所属の独立歩兵第12連隊(岐阜で編成)が戦ったので、岐阜の慰霊碑が建てられているのだろう。
10年前に、ここに来たが・・・
この丘の隣りの丘に確か警察学校のような施設があり、そこに日本軍の九二式重機関銃が何丁も野外展示されていた。
あれはどうなっているのだろうと、ガイドに尋ねたら「あ~あれは移転して、今は何もありません」とのこと。
彼女に尋ねると、なんでもかんでも、すべて「何もありません」「何も残っていません」・・・である。(苦笑)
本当かねぇ~
ちょっと信用できないんですけど・・・(大笑)

時刻はまもなく午前8時半・・・
次に向かったのは「コンクリート・ハウス」と呼ばれる戦跡・・・・

254_convert_20150903221202.jpg 244_convert_20150903221316.jpg

10年前にもここに来たが、あの時と、さほど変わっていない。
銃弾や砲弾の跡が生々しく残っている・・・
よくこの残骸が残っていたものだと感心・・・
ここは台湾系の華僑が所有している土地だそうだ。
現在は何に使われているのかは、知らないが、以前来たときは「コプラの加工工場」だと聞いたことがあるが・・・
その工場らしき建物も廃墟化していた。
それでも警備員が常駐している敷地である。

このコンクリート製の建物は、戦前は地元の国会議員の邸宅だったらしい。
ここを陣地として米軍と戦ったのは第26師団の独立歩兵第12連隊の「立石大隊」で、ここはオルモック最大の激戦地だったという。

次に向かったのは「リモン峠」・・・・
正確には「北リモン峠」というらしいが、ここの第1師団の慰霊場に行く。
オルモックのコンクリートハウスを出て約1時間後に到着・・・

265_convert_20150903222810.jpg

ここには10年前にも来たことがあるが・・・
周囲の樹木が無くなって、ずいぶんスッキリした感じ・・・・
あらら・・・変わっちゃったなぁ~

PICT4718_convert_20150903231349.jpg (10年前)

10年前にここに来た時、この丘の斜面から戦後に、かなりの遺骨が収集されたという話を聞いた・・・
丘を登ったところに慰霊碑がある。

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10年前と違って、当時あった慰霊碑は消えてなくなっており、その跡に、新たに「鎮魂碑」と個人の慰霊碑が建っていた。

PICT4709_convert_20150903231443.jpg (10年前)

ここは第1師団の激戦地・・・・
慰霊場の反対側にある丘の斜面、多分、このあたりが千葉県佐倉で編成された歩兵第57連隊が戦った場所だと思うが、そこに登って、カリガラ湾を見る。

274_convert_20150903232422.jpg 275_convert_20150903232533.jpg

この「北リモン峠」は「ブレイク・ネック・リッジ」(=首折り尾根)とも呼ばれる場所だそうで、道路がクネクネと曲がって通っている。
この道は、レイテ島の西海岸から東海岸へ向かう道である。
我が戦車第2師団から、軽戦車中隊が抽出され、ここレイテ島へ派遣されている。
実際に戦車として戦ったというより、大砲を牽引したり、弾薬を運んだり、連絡用に使われたりしたらしい。
となると・・・・この道を走った可能性が高い・・・
う~ん・・・感無量・・・・

271_convert_20150903233516.jpg

レイテ島の戦跡めぐりは、これで終了・・・
時刻は午前10時・・・・
この「北リモン峠」を出発し、「タクロバン」へ向かう・・・
約1時間後、「タクロバン」にあるホテルのレストランに到着。
ちょっと早めに到着したためか、テーブルの用意が出来るまで待たされたが、ここで昼食をとる・・・・

290_convert_20150903235526.jpg (マンゴー・ジュース!)

291_convert_20150903235614.jpg

昼食後、一休みして空港へ向かう。

空港でチェックインし、荷物検査・・・
これが、なんと煩い・・・
ライターの持ち込みは禁止とのこと。
こちらに来る時には問題がなかったのに、帰るときは持ち込み禁止とはどういうことか・・・(唖然)
フィリピンのいい加減なところが、こういうところ・・・
X線検査担当の太っちょオバチャンに、あっさりと取上げられる・・・(大涙)

搭乗口で待つが・・・マニラからこちらに来る飛行機が遅れているという・・・(汗)
どうも昨日も何か問題があったらしく、飛行機に乗れなかった人たちがいたようである。
昨日乗れなかったので、今日に延期したら、その飛行機がまた大幅に遅れているんだから、ざわめくのも無理はないか・・・
そのうち、昨日乗れなかった乗客だけにコーヒーとスナック菓子が特別に配布され、皆さん大喜び。
う~ん・・・粋な取り計らいだね・・・(笑)

どうも我々が乗る予定の飛行機は2時間ほど遅れるそうだ・・・(大汗)
う~ん・・・タバコが吸いたい!
タバコは空港の外に出ないと吸えないと言うので、ちゃっかりと荷物検査場を逆行して空港の外に出る事にする。
ついでに・・・
X線検査担当の太っちょオバチャンに、さっき取上げられたライターを借りる。
「戻ってきたら必ず返しなさいよ!」と係員・・・
「わかってるって!」(苦笑)
外で一服し・・・再び空港内へ・・・
これを繰返すこと数回・・・(大笑)
空港の職員達もガードマン達も呆れ顔で、もう拙者のことをチェックする気がなくなったらしい。
フリーパスとなったが、太っちょオバチャンは、必ず「ライターを返せ」と毎回言ってくる。(大笑)

と・・・・女性ガードマンが、いきなり自己紹介してきた・・・
「私は×××といいます。よろしく」
「はぁ?」
次に別の女性係官2人が、これまた自己紹介してきた・・・(大汗)
へぇ?・・・なに?・・・どうしちゃったの?(苦笑)
ずいぶん丁寧な扱いなんですけど・・・
3人の女性係官に取り囲まれて言われたのが・・・・
「あなたは、もしかして、あの有名な歌手の×××さんじゃないですか?」
はぁ?(苦笑)
「ですよね?歌手の×××さんですよね!」(ニコニコ顔)
どう見たって、拙者は日本人にしか見えないと思うんだけどなぁ~(苦笑)
その×××という外国名の歌手ってフィリピン人?
「歌手?」
「はい、歌手の×××さんでしょ!」(キャーキャー!)
「いやぁ~・・・俺・・・歌手じゃないけど・・・」(大汗)
「え・・・!!」(3人して絶句)
「やだぁ~間違えたぁ~!この子があなたはあの有名な歌手だって言ったから・・・え~やだぁ~!」(大笑)
と・・・2人の女性係官が、もう一人の女性係官を指さした・・・(苦笑)
検査場は大爆笑!(唖然)

いやぁ~参ったなぁ~(苦笑)
よく軍人に間違えられることはあるが・・・歌手というのは初めてである。(大笑)
しかし、その「有名な歌手」って・・・誰なんだろ?・・・(苦笑)
人違いするほど拙者と似てるのか?
ということは・・・拙者はどこの国の人間に見えたのだろうか?(大笑)

偉そうに、空港を“顔パス”で、出たり入ったりしていたのがいけなかったのかなぁ~(大笑)

ようやくマニラから飛行機がやってきて・・・まもなく搭乗開始・・・
と・・・スコール!!
いきなりの雨である・・・
どうするのかと思ったら、乗客一人一人に傘を貸してくれた・・・(笑)
傘をさして飛行機に向かう。

294_convert_20150904223600.jpg 295_convert_20150904223847.jpg

午後4時15分・・・「タクロバン」の空港を離陸!
機内食は・・・・やっぱり、クラッカー一袋だけだった・・・(苦笑)

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午後6時少し前にマニラ空港に到着・・・
そのまま市内のレストランで夕食を食べ・・・
午後8時過ぎ、一昨日に泊まったホテルに再度チェックインして、フロントに預けておいたスーツケースを持って部屋に入る。
明朝は早朝の出発なので、サッサと寝る・・・(大笑)
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旅行 | 13:12:49 | Comments(0)
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