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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ダバオ博物館へ行く
065_convert_20150526104332.jpg (ダバオ・ミュージアム)

「ダバオ博物館」は、なにやら閑静な住宅街のような場所にあった。
小さな博物館である。(笑)
時刻は午後4時を過ぎている・・・急いで見学せねば・・・(汗)
入館料は・・・“ミヤケさん”が支払ってくれたので・・・知らない・・・(苦笑)
申し訳なし・・・

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博物館内部は、綺麗だが・・・シンプルな展示である。(苦笑)
あっけないほどシンプルなのだが、説明文は全て英文なので読むのに時間がかかる・・・(汗)
しかも、知らない単語は全て“飛ばして”読むので・・・(大笑)
意味不明・・・(大笑)
いやはや、英語が出来ないというのは本当に困る・・・

昔は、「原住民」なんてものには全く興味がなかった・・・
民俗学とか、そういうものにも全く興味はなかったのだが・・・
いつからか、「原住民」・・・いわゆる「先住民族」に興味を持つようになってきた。
何がきっかけだったのか、自分自身でもまったく覚えが無い・・・
不思議なことなのだが・・・(汗)

046_convert_20150526111602.jpg

例えば・・・この写真・・・
原住民の「集合写真」である。
英文の解説文によれば、「20世紀に撮影された」とある・・・
20世紀とは・・・それほど昔の話ではなさそうな気がするが・・・

この写真は「lumadin」のグループらしいのだが、この「lumadin」の意味がわからない・・・(汗)
英語ではなさそうである・・・
「ルマディン」と発音するのか?
その発音すらわからないが、地域名なのか部族名なのか?
フィリピンの場合、英語の中にスペイン語由来の言葉やフィリピン語(ピリピリ語?)、もしくはビサヤ語らしき、英語ではない単語が混ざって表記されるので、さっぱりわからん・・・
予備知識がないと対応不可能である。(笑)
この写真に写っている原住民の後ろに「イスラム教徒」が一人写っている。
解説文では「notice(注意・注目)」としか書いていない・・・
「イスラム教徒が写っていることに注目してください」ということらしいが・・・
なんでイスラム教徒が写っているのかの説明は無い・・・(汗)

049_convert_20150526120017.jpg

こちらの写真は・・・
「Datu Manib」という人と、彼の従者と、彼の奥さん達の集合写真・・・
「Datu」(ダツ?)とは、マレーシアやフィリピンで使われる「酋長・族長」という意味だと思う。
ということは・・・「Manib(マニブ?)」という酋長の写真か?
この写真の中に2人の「Jesuits」が写っている。
「Jesuit(ジェジュエット?)」とは、イエズス会の修道士のことだが、別の意味もある。
「ずる賢い人・策謀家・陰険な人」・・・・(大笑)
そして、もう一つの意味は・・・「男色者・変態的性行為者」であるが・・・(大汗)
まぁ、ここで言っているのは、「イエズス会の修道士」という意味でしょうねぇ~(大笑)
それにしても、「イエズス会の修道士」という単語に、陰険とか変態とかという意味があるとは、どういうことなのだろう?
修道士から派生した意味なのだろうか?(大笑)
彼らは、もともと、そういう連中だから・・・ということなのか?(大汗)
そうなると、イエズス会にも、ちょっと興味を持っちゃうんだよねぇ~(大笑)

「Manib」酋長は、19世紀にアポ山に「Bagobos」の「principal(第一の・重要な・主要な)baganis」の一人として住んでいた・・・と解説文に書いてある。
「Bagobos(バゴボス?)」は地名かな?
「bagonis(バゴニス?)」は何だろう?(汗)
「アポ山」というのは、ダバオにある火山で、フィリピンで一番高い山だそうである。
ということは・・・この一族は「山岳民族」なのか?

で・・・
「彼は1894年にイエズス会の修道士によって、彼の従者とともに洗礼を受けた」・・・そうである。
1894年は・・・日本では明治27年、日清戦争があった年である。
酋長は、キリスト教徒になったのか?
でも、写真に写っている「彼の妻達」というのは、どうなるのだろう?
一夫多妻制だったのだろうが・・・洗礼を受けてキリスト教徒になっても一夫多妻制を継続したのだろうか?
イスラム教ならわからないこともないが・・・
まぁ、そんなことを心配しても仕方が無いことですが・・・(大笑)

で・・・
「彼は彼の部族の為にSantillan(サンティラン?)の町を築いた」そうである・・・
「Santillan」は町の名前か、それとも別の意味があるのか?
わからん・・・・(汗)

057_convert_20150526141025.jpg 058_convert_20150526141149.jpg

2階は、民族衣装や装身具などの展示があった。
写真では、結構明るく写ったが、実際には薄暗く・・・
最大の問題は、採光不足で、解説文の文面が読めない!!(大涙)
あ~あ~・・・残念である。

059_convert_20150526141304.jpg

彼らの衣装は、こうやって織って作ったのです・・・という展示。
この「織物」というのは、昔からあるのだろうが、一番最初にこれを考えた人は誰なんだろう?(笑)
経糸(たていと)と緯糸(よこいと)で編んで布にするというのは誰が考えたんだろう?
ノーベル賞ものだと思うんだけど・・・
それに、この機織機・・・
細かいところは、各国で違いはあるのだろうが、基本的構造は同じなのではなかろうか?
日本にも、こういう機織の機械があったと思う。
これまた、初めて考えた人は誰なのだろう?(笑)
全世界共通・・・に近いと思うのだが・・・
どうやって、その技術が伝播したのか・・・
興味が尽きないのですが・・・・暗くて解説文が読めない・・・(大笑)

060_convert_20150526141347.jpg

これは「labi(ラビ?)のダンス」と呼ばれる踊りの様子を展示したもの・・・
なにやら「治療」を行なう「儀式」のダンスらしい。
拙者は昔から英文和訳が苦手で・・・(和文英訳も同様だが・・・笑)、解説文に書いてあることがよくわからないが・・(大笑)
このダンスは、音楽に合わせて男女の「ダンサー」が踊るそうだが、どうもトランス状態に陥るらしいので降霊術に近いもののようである。
で・・・このダンスは、結婚式のような豪華に飾り付けられた場所で行なわれるそうで・・・・
病気より強い霊を呼び起こして、病気を治すとか・・・それを「labi」と呼んでいるとか・・・
このダンサーによって、空気の霊、水の霊、火の霊、木や森の霊が呼び出されるそうだ・・・
で・・・よくわからんのだが、トランス状態に陥った時にしばしば「戦いの霊」が現われて、ダンサーが震える(痙攣する?)のだそうである。
ん?・・・どうも英文法が苦手な拙者が訳すと、訳がわからん話になるぞ・・・(涙)
このダンスの、より「ポリティカル」な形は1900年初頭に、ダバオ湾周辺の「Kalagan(カラガン?)」や「Bagobos(バゴボス?)」で普及し定着したようである。
これに対し、フィリピンを統治していたアメリカ植民地政府(?)は、このダンスを禁止させようとしたらしい。
どうも社会的不安に繋がる行為と思ったらしいが、この考えは正しかったようで・・・
1906年6月6日にダバオ地区を統治管理していたエドワード・ボルトンという人が暗殺され、それが植民地政策に対する抵抗の最高潮だったようで・・・
え?・・・・そうなると・・・病気を治療する踊りから、随分、趣旨が逸脱していますが・・・(唖然)
あれ?・・・拙者の読み方が間違っているのか?(大汗)
ボルトンを襲撃した“勇気ある人々”は、「Mangulayon(マングラヨン?)」のカリスマ的なリーダーシップの中にエネルギーを感じ取ったそうで・・・・(?)
その彼は守護霊が教えてくれた「新しい形のダンス」によって力を与えられたようである・・・
あ~・・・何のことだか、サッパリわからん・・・(大涙)
だめだ・・・こりゃ・・・(大笑)

それにしても、このダンスに使われる、鍋みたいな楽器・・・
どこかで見たことがあるような・・・
インドネシアで見たんだっけ?
似てるな・・・(笑)

残念だったのは・・・
ダバオの発展に寄与した日本人移民についての展示が見当たらなかったこと。
もしかしたら、どこかに小さく展示されていたかもしれないが・・・(見落としたか?)
日本人移民は、ダバオの発展に寄与したはずなんだけどねぇ~
この町の成り立ちの基礎の部分なんだけど・・・
もう一つが、大戦中のダバオに関するものが見当たらなかったこと。
日本軍は、この地に、いくつもの航空基地を設けていたのだが・・・
何かしらは、あるだろうと期待していたのだが、完璧に裏切られた・・・(大笑)
この博物館は、どちらかというと「民俗博物館」の色が強い博物館だった。

興味の無い人が行ったら、10分もかからず出てきてしまうだろうねぇ~
拙者は30分程度で切り上げる。
もう少し丁寧に見て歩きたかったが、あまり“ミヤケさん”ご夫妻を付き合わせては申し訳ないし・・・(笑)
ほどほどで切り上げる。

で・・・・帰りに、受付の女性に何か本を売っていないかと尋ねたら、何冊か売る本があるらしい・・・
で・・・・何でもいいから、とにかく買うことにした。(笑)
『DABAO Reconstructing History from Text and Memory』という本・・・500ペソ(1400円ぐらい)なり!
500ペソとは、ちょっと高価な本だが、「ヒストリー」って書いてあったので、それだけの理由で購入。(大笑)
すると、受付嬢が、「こんな本もありますけど・・」と恐る恐る出してきた・・・(大笑)
『TRESURES OF THE DAVAO MUSEUM』・・・350ペソ(1000円くらい)なり!
おお!これは、この博物館の展示品がオールカラーで載っている本ではないか!
簡単な解説文も付いてるし・・・・いわゆる『図録』である・・・・
これはいい!・・・・さっそくこれも購入!(大笑)
「2冊とも買うんですか?」と受付嬢は、半分呆れ顔で笑った・・・
え?なんで?・・・本を2冊も買うのって、そんなに不思議なことなのか?(笑)

そういえば、フィリピン人で読書をしている人を見たことがない・・・(大笑)
どうして本を読まないのかね?
携帯電話ばかり弄り回して・・・
だから国民レベルが低いんじゃないか?(苦笑)
日本の場合は・・・これから国民レベルが下がるはず・・・(すでに下がり始めているが・・・)
暇さえあれば携帯電話のメールを見ているか、ゲームをしてるか・・・で、読書をしない・・・
このままでは、間違いなく国民レベルは下がっていくだろう。(大汗)
・・・・と、拙者は思う・・・・

博物館を出て・・・まだ、夕食には早いということで・・・
ドリアンを食べに行く事になった。(大笑)
ちょっと、遅い「おやつ」である。(笑)

067_convert_20150526205000.jpg (ドリアン)

このドリアンを食べたお店・・・「フルーツ・マーケット」にあるお店・・・
ドリアンを扱うお店がずらりと並んでいるのだが・・・
不思議なことに、以前、ツアーの時に立ち寄って食べたお店と同じお店だった。(大笑)
これだけのお店が並んでいるのに・・・・なんでここになったんだろう?
偶然なのか、必然なのか?(笑)

“ミヤケさん”から、「血圧は高くないですか?」と尋ねられた。
なんでも、血圧が高い人はドリアンは食べないほうがいいそうである。
ドリアンは「果物の王様」といわれているが・・・栄養豊富、高カロリーで知られている。
その昔、王様が精力増強の為、好んで食べたのだとか・・・(大笑)
だから、高血圧の人が食べると危ないのかな?(大笑)

“ミヤケさん”は血圧が高いのだそうで・・・(汗)
このドリアン・・・拙者一人で全部食べてくれと言う・・・(驚)
半分ほど食べてギブアップ!(大笑)
昼食抜きの空腹には、この柔らかいチーズみたいなドロドロとした実はこたえる・・・・(笑)
思ったより早くも満腹である。(大笑)

夕食は、市内のレストラン・・・
店内に入って・・・・あれ?・・・ここには来たことがあるぞ・・・(笑)
前回、ツアーで訪れた時に、ここで夕食を食べたっけ・・・
いやぁ~なんとも懐かしい・・・
ここはバイキング料理のお店・・・
適当に食べたいものを選んで食べるのだが、前回も来ているので、要領は飲み込んでいる。(笑)
ここで、“ミヤケさん”の御長男家族と合流して「夕食会」となる。
また、これも楽しい・・・・

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いやぁ~何だかんだとお世話になってしまった・・・
感謝、感謝・・・である。
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旅行 | 19:23:17 | Comments(0)
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