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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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松林銘
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松林銘

宝暦8年(1758)、本間光丘が下の山王社境内を中心とし、南は最上川岸より北は高砂の境に至る地域に西浜砂防林の造成を自力を以って着手した。
延長約1千間(約1.8キロ)東西約二百五十間(約450メートル)で、海風に強いといわれる能登の黒松を取り寄せて植え付けた。
ぐみの木、合歓の木の苗を植え、定着をまって黒松の苗木を植え、枯れた木は直ちに補植するなど、艱難辛苦の苦労も遂に実り、ここに一大松林が形成され、住民の悲願であった風砂の害を漸く克服するに至った。
光丘の没後、15年を経た文化13年(1816)、酒田町民の有志は光丘の偉業を巨石に刻み、その公益を永世に伝えんとした。
撰文者の公厳は本間家の菩提寺浄福寺の住職である。
碑文は神戸で刻み、海路運ばれたものである。

(説明板より)

【山形県酒田市日吉町】
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史跡 | 17:53:36 | Comments(0)
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