■プロフィール

野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

■最近の記事
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2ブログランキング
■ブロとも申請フォーム
■最近のコメント
■小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
■FC2カウンター

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
バッテリーが切れた!(大涙)
「光丘文庫」の建物を眺め・・・
次に向かったのは、すぐ近くにある「光丘神社」・・・

585_convert_20150323124404.jpg

神社の入口・・・参道の方へ回ってみる。
イチョウの大木が素晴らしいが・・・
う~ん・・・ここに紅葉の大木も欲しいなぁ~・・・などと勝手に植栽を考えたりする。(笑)
神社の「社名標」には「郷社 光丘神社」とある。
戦後、マッカーサー率いるGHQ様のおかげで、神社の“社格”の文字が削られたり、コンクリートで埋められたりしているのをよく見るが、ここの神社は「郷社」の文字がそのまま残っている。
う~ん・・・嬉しい・・・(大笑)

584_convert_20150323144452.jpg 583_convert_20150323144714.jpg

拝殿の前に立派な門構えのある神社である。
が・・・説明板らしきものが見当たらない・・・
ネットで調べてみたら・・・
この「光丘神社」・・・
拙者は「みつおかじんじゃ」と読むと思っていたのだが、なんと・・・「ひかりがおかじんじゃ」と読むそうな。
なんだか、どこかの住宅団地みたいな読み仮名だが・・・(汗)
で・・・ご祭神は本間光丘さん・・・
この本間光丘さんの本名は「本間四郎三郎」と言う。
珍しい名前である・・・・
四郎なんだか三郎なんだか、ハッキリしてくれと言いたくなるお名前である。(笑)
「光丘」は諱(いみな)だそうだ・・・
へぇ~・・・である。
すぐ近くの「日枝神社」を寄進した、お方がご祭神・・・
でも、何で日枝神社に祀る事にしなかったんだろう?
他の神様と一緒にしちゃいけないとか・・・そういう決まりがあるのだろうか?
本間光丘という人は、すごい人だよな・・・神様になっちゃうんだから・・・
『本間様には及びもせぬが、せめてなりたや御殿様』という歌を、以前、“シミズくん”から聞いた記憶がある。
御殿様よりすごい人だったそうだから、神社に祀られてもおかしくはないか・・・
でも、どうせなら、この神社に光丘さんの顕彰碑があってもいいと思うけど・・・(笑)

すぐ近くの丘に登ってみる。
遊歩道があり、どうも「日和山公園」から続く「文学の散歩道」になっているらしい。

587_convert_20150323154358.jpg

588_convert_20150323160405.jpg

この丘の中に、立派な土台の上に乗った石碑が・・・
「松林銘」という名の石碑だそうで、説明板によれば、本間光丘さんが自力で砂防林を造ってくれたことに対して、地元の人たちが、その偉業を巨石に刻んだものだそうである。
で・・・この石・・・碑文を神戸で刻んで船で運んできたそうだ。(唖然)
そこのところが、ちと、わからん・・・(笑)
どうして神戸で碑文を刻んだのだろう?
地元にも石工はいるだろうし・・・石もあると思うんだけど・・・(汗)
わざわざ神戸からねぇ~(汗)

この遊歩道沿いには文学碑も建ち並んでいる。
その中の一つに吉田松陰のものがあった・・・・

597_convert_20150323161358.jpg

文学碑の説明文によると・・・
吉田松陰は東北遊歴の旅に出た時、嘉永5年2月21日に、ここ荘内に入って来たという。

遊歩道をブラブラ歩き、丘を下ったところに何やらモニュメントが・・・

606_convert_20150323162502.jpg

ちょっと薄汚れているし・・・よく見ると、あちらこちらがボロボロだが・・・(汗)
これは“慰霊塔”らしい。
碑文には、こう書かれている・・・


やすらぎの塔

戦争で死んだ人たちは
平和の限りない尊さを
身をもって
生き残ったわれわれに教えた。

いまわれわれは反省する
果たしてわれわれは
死者のこの遺志に対して
どれほど報いるところがあったか

そして、もう一度その霊前に誓おう
子らのため、明日の世界のため
ひたすら平和を大切にすることを

昭和40年11月3日
酒田市長 小山 孫次郎

(銘板より)



昭和40年に建てられたものだから、こういう文章になるのだろうが・・・
関係者には大変失礼な言い方になるかもしれないが、拙者は、こういう文章は好きではない・・・(苦笑)
「ひたすら平和・・・」ねぇ~・・・・
よく戦った、よく頑張ったとは誰も誉めてやらないのか・・・・

メインの碑文は『戦火の中に散った数多くの人の霊に捧げる』とある。

すぐ近くに“お社”が・・・

616_convert_20150323175316.jpg

この神社は、「招魂社」だった・・・・(汗)
あらら・・・ポツ~ン・・・とね・・・

613_convert_20150323180225.jpg

直ぐ目の前に、ちょっと古い洒落た建物が・・・
「旧白崎医院」という病院の建物で、市の文化財に指定されているそうだ。
大正時代に建てられた建物で、「酒田の大火」でも被害を受けず生き残り、この地に移築されたそうである。
で・・・内部の見学も出来るようなので、早速お邪魔してみる。
館長さんがご親切にも案内してくださった。

617_convert_20150323204439.jpg

これは・・・手術室・・・

619_convert_20150323204947.jpg

こちらの部屋には、「酒田の大火」の時の貴重な写真資料が展示されていた。
で・・・なんと、ここでアクシデント!(大汗)
デジカメのバッテリーが切れた!!(驚)
ゲゲッ・・・・
しかし、拙者のセカンドバッグには、予備のバッテリーが入っているのである!(喜)
やっぱり、万が一に備えないとねっ!
・・・と、バッテリーを交換したのだが・・・ギャァ!
空っぽである!
あ~あ~あ~!!(大汗)
以前の旅行の時にバッテリーが切れたので交換したことを思い出した!(大汗)
その時のまま、充電していなかったのである!
これじゃ、予備でも何でもないジャン!(大泣)
しかも、予備のバッテリーを持ってきているので、充電器は家に置いてきてしまっている・・・
万事休す・・・である。(大涙)

時刻は11時半を過ぎた・・・・

ここから徒歩でテクテクと駅のほうへ向かう。
かなり距離があるが・・・やはり町の中を歩かねば旅は面白くない。

商店街で昼食をとろうと思ったが、優柔不断な拙者のこと・・・
どこで何を食べようか・・・なかなか決められない・・・(大笑)
ということで、次の角を曲がったところで最初に見かけたお店に入ろう・・・と決めて道を歩く・・・
で・・・バッタリと目に入ったのが「お好み屋さん」
お好み焼き?
まぁ、いいか・・・自分で決めた“ルール”だから・・・(苦笑)

お好み焼き・・・ねぇ~・・・・(汗)
最後に食べたのは、いつだったろう?
大学生の時に食べたのは覚えているのだが、それ以降に食べたという記憶がない・・・・
ということは・・・・30年以上も前?(大笑)
いやぁ~久しぶりなこと・・・(大笑)
で・・・このお好み焼き・・・美味しかったぁ~
が・・・写真が撮れない!(大涙)
あ~・・・バッテリー・・・・
お店の人と相変わらずの雑談少々・・・(笑)
そのせいか・・・「また、是非、来てください!」と言われたが・・・
拙者は旅人・・・酒田にまた来るかどうか・・・・(大汗)

食後の運動に、さらに徒歩でテクテク・・・
今度は、「酒田市立資料館」へ行ってみる。
それほど大きくもない資料館だが、内容は悪くない・・・
が・・・写真が撮れない!(大涙)
情けないことに・・・バッテリーが切れている・・・

あ~ドジッたなぁ~
ガックリである。
カメラは電池がないと動かないのである!(大笑)
バッテリーが切れたデジカメは、ただの鉄の小箱なのである・・・
あ~不便だ!(涙)

こりゃ、もう一度、酒田に来なさい・・・ということなのか?(大笑)

ササッと資料館を見学して、駅に向かい特急に乗って新潟へ・・・・
あともう1泊できれば、新潟も歩き回りたかったが・・・
いや、そういう計画を立てなくて良かった・・・バッテリーが切れてるから写真撮れないし・・・(大笑)
新潟で新幹線に乗り換え上野駅へ、さらに特急に乗り換え・・・夜、帰宅!

ちょっと不思議な気分・・・
昼間は日本海側にいて、夜は太平洋側にいるのである。(笑)
スポンサーサイト


旅行 | 16:38:36 | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。