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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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日枝神社周辺を散策
日和山公園の向かい側に神社が・・・
なにやら立派そうなので(笑)・・・行ってみる。

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日枝神社・・・・
説明板によれば・・・


先人 ここに街を開き鎮守日吉山王大権現を祀る。
以来四百九十年風砂を除き砂嚢を積み松林を経営して境内とす。
神佛両殿を祀り山王両宮と称せし時代を経て明治に至り日枝神社と改称県社に列せらる。
街の繁栄と社会の安寧を祈り ここに祖先の偉業を称う。

平成9年7月
日枝神社

(説明板より)


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山王鳥居

神域を表徴する鳥居には極めて多種の様式があるが山王鳥居は明神鳥居の上部に三角形の合掌或は破風の如きものが加わった当社独特の鳥居である。
昭和36年秋強風により従前の木造大鳥居を失ない今回篤志の御奉納をいたゞき20年ぶりに再建された。
御神号額は陸軍大将西郷隆盛公御筆 明治17年新調のものを再掲した。

昭和56年5月吉日
日枝神社

(説明板より)



いやぁ~面白い形の鳥居である。(笑)
この鳥居を潜って、ふと右手を見ると・・・

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地面が、イチョウの落ち葉で一面、黄色!!(感激)
この感動は、写真で見るより、現場に立たないと、わからないかも・・・
う~ん・・・こりゃすごい・・・・(喜)
向うに何やら石碑が・・・
近づいてみたら・・・
この石碑は『大川周明博士顕彰碑』!
えっ!こんなところに、何で?(驚)

大川周明という人は、思想家だったと思うが・・・
拙者の記憶にあるのは、東京裁判でA級戦犯として起訴された時、法廷の前の席に座っている東條英機の頭を叩いたシーンである。(大汗)
パジャマ姿で出廷したり、いきなりパジャマを脱ぎだしたり、訳のわからんことを口走ったり・・・とその異常な行動により、「精神異常」と判断、病院に送られ、訴追を免れて生き残った。
診断によると梅毒による精神障害とのことだが、わざと精神異常者のふりをして罪を免れたとも言われたと記憶しているが、結局、真相はわからず仕舞いだったと思う。
なにせ、裁判の前と、「精神障害」ということで無罪放免となった裁判後は、まことに“まとも”だったそうだ。
梅毒による精神異常が、裁判終了後にピタリと治ってしまう事なんてあるのだろうか?(大汗)
まぁ~おかしな人であるが・・・(大汗)
ここに、この人の顕彰碑があるとは・・・驚いた。

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隋神門(ずいしんもん)

神社の尊厳と境内の警護を願い太玉命(ふとたまのみこと)戸屋根命(こやねのみこと)の神像を安置するもの、この門をくぐり参道が曲折しておるのは俗界と聖境を区分し参拝者の精神統一を計ったものである。
天明7年本間光丘建立のものが明治27年10月22日酒田大地震にて全潰、現在の門は8年の歳月をかけて、材質を吟味し、工匠の術を集めて明治35年本間光輝が再建したものである。
楼門二層造総欅材で威厳と優美の調和が特徴と云われる。
門の中央で拍手を打つとこだまが返るが、天井の微妙なわん曲による反響であり「鳴き天井」は名工の秘術とされ、反響の大小により神意をうかがったとも云う。
「至誠通神」の掲額は東郷平八郎元帥の親筆であり御参拝の本義を示している。

日枝神社

(説明板より)



門を潜ると、カギの手に曲がり・・・切り通しのような道を歩くと・・・向うに本殿が・・・
なんとも面白い配置である。

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この本殿もまた素晴らしいものである。
特に彫刻!
う~ん・・・水戸藩士の“シミズくん”に見せたかったなぁ~(笑)

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この近くに「光丘文庫」というのがあるらしいので行ってみる。
途中、紅葉の落ち葉が綺麗な場所があったので、写真を撮ろうとしたら・・・
向うから境内の清掃を担当している方々が10名ほど歩いてきた!
ゲゲッ!!
紅葉の落ち葉の上をザックザックと歩かれ・・・踏み荒らされた!!(大泣)
それが・・・これ・・・

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と・・・この作業者達の中の一人が、携帯電話を差し出して・・・
「ほら、これ、綺麗だろう?さっき、ここを撮ったんだ。こっちのほうが綺麗だろ?」と言う。
あのね・・・あんたたちが、今、踏み荒らしたんじゃねぇかよ!!(怒)・・・と言いたかったが・・・(苦笑)
そりゃねぇよなぁ~
自分だけ、いい写真を撮ってさぁ~
拙者が撮ろうとしたら目の前で踏み荒らしておいてさぁ~
こっちの写真のほうが、お前のより綺麗だ・・・なんて・・・(唖然)
そりゃねぇよなぁ~(涙)

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秋だ!秋だ!(大喜)
この色!・・・・いやぁ~綺麗である!感動ものである!(大喜)
なんだろう・・・見ていて、気持ちがいいんだよねぇ~
なんだろう・・・さわやかな気分になるんだよねぇ~
こんなふうに色づくのは、東北ならでは・・・だろうか?
我が家の「大庭園」にも(大笑)、大きな紅葉の木があるのだが・・・綺麗に色づかないんだよねぇ~(悲)
最近は、とくによろしくない・・・真っ赤じゃなくて、どちらかというと茶色なんだよねぇ~(大笑)
これじゃ、色づいているのか枯れているのか区別がつかん・・・(大笑)

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「光丘文庫」・・・・面白い形の建物である。
こういう建物も好きだなぁ~(大喜)
建築士の“ウメちゃん”や“シミズくん”には、是非、こういう建物を設計していただきたいものである!
が・・・建て主さんが“貧乏人”では無理か・・・(大汗)
大富豪・・・いねぇな、うちの町には・・・(笑)

この「光丘文庫」の案内板には、こう書かれていた・・・


本間家3代当主光丘翁は、修学のために文庫を兼ねた寺院の建立を江戸幕府に願い出たが、ついに果たさなかった。
その意志を受け継ぎ、8代当主本間光弥は、大正14年(1925年)にこの光丘文庫を建てられ、その後、昭和33年(1958)に建物と蔵書は酒田市に寄贈された。
光丘文庫は、和書、漢書、郷土資料、個人蔵書など、貴重な図書を6万余冊所蔵し、主として学術研究調査のために利用されている。


で・・・この建物の内部も見て見たいと思ったが、ドアの所に「本日は閉館日です」の札が・・・
え?何で?・・・案内板によれば、閉館日は月曜と祝日・・・
で・・・今日は日曜日・・・なんで閉館なの?(汗)
あれ?・・・・あっ!・・・・今日は祝日か!
“毎日が日曜日”という生活を送っていると、祝日も何も関係なくなってしまうのである・・・(大汗)

休館日かぁ~・・・残念・・・
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旅行 | 13:14:47 | Comments(2)
コメント
いやぁ~、素晴らしい神社ですね。山王さまだけあって御拝殿には猿の彫り物まで!
南洲翁筆の社号額や光丘文庫もあわせて見に行きたいですね。今度是非行きましょう!!
でも、行きたい所はいっぱいあっても、今度・今度と言っているだけで実行力の無いワタシです……。今度とお化けは出たこと無いと言いますが(笑)
あとで“グ”のつく例の場所に行った時にでも写真を見せて下さい。
2015-03-19 木 16:08:47 | URL | シミズ [編集]
Re: タイトルなし
でしょ?・・・素晴らしいでしょ?
私が建てたわけじゃないですけど・・・(大笑)


「是非行きましょう」・・・なんですけど・・・(笑)
この「是非」は、「どんな困難を乗り越えても実行する」とか「心をこめて強く願う」とか「必ず」とかという意味があるようですが・・・
「是非」って言っちゃって大丈夫でしょうか?(大笑)

では、行く時は、私が「平成の松尾芭蕉」、シミズ君は「従者の曾良」ということで・・・(大笑)
よろしくお願いいたします。
ん?・・・それが嫌だから、なかなか実行に移さないのかな?(大笑)

はい、写真ですね・・・
え~と・・・どうやってタブレットに入れるんだっけ?(大汗)
うまく入れられたら・・・お見せしますね!
ちょっと、待っていてください・・・

いずれにせよ、コメント有難うございました!
2015-03-20 金 17:06:54 | URL | 野牛重兵衛 [編集]
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