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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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中山神社
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中山神社

由緒・沿革
慶安元年(1648)4月1日創建。
寛文元年(1661)松山藩主酒井大学頭(だいがくのかみ)忠恒(ただつね)は、羽黒山の天宥別当(てんゆうべっとう)に松山法護山(ほうごさん)修善寺(しゅぜんじ)を開かせ、寺禄(じろく)16石2斗5升を与え、天台修験(てんだいしゅげん)の法をもって中山神社に奉仕させ、藩内鎮護(ちんご)の祈願をさせた。
延宝4年(1676)庄内酒井藩は分封(ぶんぽう)した松山藩に命じ、中山の大明神に徳川家康の嫡男(ちゃくなん)「徳川三郎源信康(のぶやす)公」を配祀(はいし)し、「源鎮霊社」と称した。
元文3年(1738)松山藩は社殿を現在地に造営し、宗源宣旨(そうげんのせんじ)を得て「中山大明神」と称した。
明治4年県社、同9年2月24日郷社、昭和22年1月8日宗教法人となり神社本庁に属した。

祭神 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
配祀 徳川三郎源信康公
    酒井左門尉(さえもんのじょう)忠次(ただつぐ)公 (酒井藩祖)
相殿(あいどの) 中山神社
            祭神 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
                伊弉冉尊(いざなみのみこと)
            配祀 酒井忠恒(ただつね)公 (松山藩祖)
                酒井忠豫(ただやす)公 (松山二代)
                酒井忠休(ただよし)公 (松山三代)
境内社 稲荷社、山神社(やまのかみしゃ)、厳島神社
祭典日 神輿(みこし)渡御(とぎょ)あり、武者行列供奉(ぐぶ)

平成3年 秋
中山神社社務所
松山町観光協会

(説明板より)

【山形県酒田市字内町3】
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史跡 | 14:44:57 | Comments(0)
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