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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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南洲神社に行く
駅からタクシーに乗り・・・
まず最初に向かったのは「南洲神社」!
今回予定している訪問地の中で一番遠い所から行く事にする。(笑)

車内で運転手さんと、いつものようにおしゃべり・・・
運転手さんは「酒田の大火」のことを、延々と話してくれ、「ご存知だと思いますが・・・」と言われても、答えようがないので、適当に返事をしていたが・・・
そのうち、さらに話が進んできたら・・・・
あれ?・・・(大笑)
どうも話が噛み合わないと思ったら、拙者の大勘違いに気が付いた・・・(大汗)
「酒田の大火」って、江戸時代の頃の話しだと思い込んでいたのである!(大汗)

「このあたりまで焼けましてね・・・」
「へぇ~・・・よくご存知ですねぇ~」(江戸時代のことを・・・)
「そりゃ、すごい火事でしたからねぇ~」
「はぁ・・・」(江戸時代の火事を見たの?)
「で・・・道も広くなってねぇ~」
「はぁ・・・」(そりゃ、江戸時代から比べればねぇ~)
「で・・・消防自動車がね・・・」
「へぇ?・・・」(江戸時代に消防自動車???)
「火元が映画館でしてね・・・」
「はぁ?・・・・・」(映画館?こりゃ江戸時代じゃなさそうだ・・・汗)

「酒田の大火」というのは、昭和51年10月29日に発生した大火事だそうで・・・(苦笑)
あれ?・・・拙者が高校1年生の時のことなのか?(大汗)
記憶がない・・・(大汗)
「酒田の大火」という名前は聞いたことがあるのだが・・・・いつの話しなのかは知らなかった。
映画館から出火し、強風に煽られて一気に市内中心部に燃え広がった大火事だったそうである。

運転手さんは何か勘違いをされていたようで・・・(大笑)
酒田の大火の件で、この町に来たんでしょ?・・・と言わんばかりの話しっぷり・・・(苦笑)
拙者は大火の後の復興状況を調査に来た調査官ではないんですけど・・・(大笑)
拙者が火傷を負っているので、消防関係者だと思い込んだのかも・・・(大笑)

「で・・・なんで南洲神社に?・・・何かご用事でも?」
「え?・・・私は歴史が好きでして・・・史跡めぐりが好きなんですよねぇ~」
「へぇ~・・・・こっちのほうまでは火の粉は来なかったんですけどね・・・」(なんでまた「酒田の大火」に話が戻っちゃうのかね?)

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午前11時過ぎ、「南洲神社」に到着・・・
ここにある西郷隆盛の銅像の写真を以前から撮影したいなぁ~と思っていたのだ!(喜)
この銅像の石膏型は鹿児島に行った時に見たことがあるんだけどね。(笑)
やっぱり実物の銅像を見たかったんだよねぇ~(笑)

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西郷さんと向かい合って座っている人は、菅実秀という人・・・
で・・・何をしているのかというと・・・碑文を読むと分かる。(大笑)


徳の交わり
西郷隆盛(南洲)と菅実秀(臥牛)が対話しているこの坐像は 鹿児島武西郷屋敷において両翁が親睦を深め「徳の交わり」を誓いあったことを記念して製作したものである
庄内藩は戊辰戦争で官軍に激しく抵抗したため厳しい処分を覚悟していたが 南洲翁の公明正大な極めて寛大な処分となった
この南洲翁の大徳に感じ臥牛翁は明治8年自ら旧庄内藩士と共に訪鹿して南洲翁の教えを受け後にその教えを受けた人達の手記を集め「南洲翁遺訓」を発刊した
旧藩主酒井忠篤公は数名の人を各地に行脚させ全国に頒布した
南洲翁の偉大さに傾倒し生涯のすべてを尽された庄内南洲会の創始者である長谷川信夫先生の遺志を継ぎ今庄内の一角に両翁の遺徳を偲び不易の教訓である「敬天愛人」の精神を永く後世に伝えるため 有志相諮り浄財を募り対話の坐像を建立した

平成13年9月吉日
財団法人 庄内南洲会



『南洲遺訓』という名前は聞いたことがあるが、庄内藩の人が作ったのかぁ~
へぇ~・・・

神社の隣りに資料館らしき建物が・・・
以前、水戸藩士の“シミズくん”が、某大先生と一緒にこの地を訪れたそうな。
ところが休館日に訪れた為、内部を見学できなかったとか・・・(大笑)
事前調査が甘いな・・・(大笑)

ちょうど館長さんがおられ、案内をしてくださった。(大喜)
写真撮影も許可が出たので、ここに“シミズくん”の為に写真を掲載しよう!(笑)
最近、無断で写真をパクる非常識な人間がいるので、あまり写真を載せたくはないのだが・・・(苦笑)

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何て書いてあるのか知らないが・・・
こういうのは“シミズくん”なら読めるだろうが・・・(笑)
一応、念のため、説明文を載せましょう。(大笑)

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で・・・展示品の中に「赤間ヶ関硯」というのがあった。
これは、西郷隆盛が愛用していたものだとか・・・
下関の「長府博物館」へ貸し出したことがあるとか・・・(笑)
おお!長府博物館!行きました、行きました・・・・(笑)
「赤間ヶ関」というのは山口県下関にある地名だそうで、平家の終焉の地だそうだ。
へぇ~・・・・である。

321_convert_20150302142330.jpg

この資料室は、建物の隅にある小さな部屋・・・・
建物の大部分は、集会場のような会議室になっていた。

328_convert_20150302142803.jpg  326_convert_20150302142900.jpg

ここで勉強会を開いているのかな?(笑)
室内の展示品を見学している間に、館長さんが資料をコピーしてくれて、プレゼントしてくださった。
感謝!(喜)

なんだかんだと30分ほど、ここで館長さんとおしゃべり・・・(大笑)

ようやく、資料館から出てきたら、タクシーの運転手さんが半ば呆れ顔で「ご用事はすみましたか?」と言う。(大笑)
さて・・・これからどうするか・・・
今日、回る予定地はメモをしてきたので、運転手さんと打ち合わせ。
タクシーはもちろん貸切とする。(大笑)
拙者は、史跡めぐりにはカネに糸目はつけぬのだ!(大笑)
時間がないときにはタクシーで一気に回るほうがカネがかかっても効率がいい・・・
いつ来るかわからない路線バスを待つのは時間の無駄でしょ?
こういう経済観念だから、亡き母に心配をかけちゃったんだよねぇ~(大笑)

とりあえず・・・市内に戻ることとする・・・
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旅行 | 11:19:41 | Comments(0)
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