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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『昭和史 忘れ得ぬ証言者たち』
昭和史 忘れ得ぬ証言者たち (講談社文庫)昭和史 忘れ得ぬ証言者たち (講談社文庫)
(2004/12)
保阪 正康

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プロローグ

第1章 歴史に生きる実像

犬養道子
「5・15事件では被害者が肩をすくめるという時代でした」
東條カツ
「開戦前夜、主人は官邸の一室で泣いておりました」
瀬島龍三
「大本営参謀時代は、皮膚がはがれるような思いをしたな」
美濃部 正
「死ぬための特攻命令を下す権利は誰にもない」
実松 譲
「海軍側から見ると陸軍の指導者は愚かだった」
石井秋穂
「私は日米開戦時の政策起案者だが・・・」
中谷武世
「大東亜戦争肯定論者は、ベトナム戦争に反対しなければならない」
末松太平
「2・26事件というのは見る人によって違うからね」
赤松貞雄
「君、そりゃあ戦争などしたくなかったよ。それなのに海軍さんが・・・・」
片倉 衷
「2・26事件で私を撃った弾丸はこれなんだよ」
煙石 学
「1941年12月7日、ワシントンの日本大使館にて」
赤柴八重蔵
「本土決戦を相模湾で戦ったら、日本はどうなったか」
牛嶋辰熊
「東條、斬るべしの覚悟はあったが・・・」
斎藤六郎
「シベリア抑留はなぜ起こったか、を解明するのが私の役目だ」
鈴木貞一
「モノがないからあの戦争を始めたんだよ」

第2章 昭和史を貫く心

秩父宮妃殿下
「昭和16年秋、あの年は雨の多い年と記憶しております」
麻生和子
「彼(父・吉田茂)は男性として魅力的な人物でしたね」
三木睦子
「三木内閣の時代に出会った意外なこと」
高坂正堯
「戦後は父・正顕のことでいじめられたなあ」
佐藤千夜子
「『東京行進曲』は私が唄った歌なのよ」
槇枝元文
「敗戦直後の教育内容がもっともよかったね」
新関欽哉
「ベルリンと東京で二度の敗戦をむかえて思ったこと」
高橋雄次・昭治
「お前は日本人か、日本人なら許さない、と殴られたよ」
高橋清寿
「石原将軍が死の床から起ちあがるのを見た」
細川護貞
「昭和16年10月、近衛はなぜ内閣を投げだしたか」
森 恭三
「1967年の年間分析の見方はあたっている」
西 春彦
「日米安保条約が危険だと指摘したのは、戦前の枢軸外交を知っていたからだ」
岡部長章
「昭和天皇は『今のはどうであったろう』といわれた」
大井 篤
「21世紀、日本の生きる道はどのような道か」
佐藤作治
「プリンス・オブ・ウェールズを沈めた1枚の海図」
矢次一夫
「君の質問は、前提そのものを知らない」
宇佐美 毅
「田中さんの内奏は不思議な光景だったようです」
酒井美意子
「旧華族の目で昭和史を眺めると・・・」

第3章 先達の飾らぬ一言

美作太郎
「著作者としての自分の権利を大切に守ることだね」
花山信勝
「7人のA級戦犯は法話に関心をもちましたね」
湊 守篤
「今にして思えば、自分には勇気がなかったんだね」
黒川利雄
「こんなに短期間に食生活を変えた民族はいないよ」
鈴木永二
「人権とは私権と対峙させて考えるべき重いものです」
三宅正一
「百年後に社会党の非武装中立論は認められるだろう」
中村克郎
「戦没学徒の志を継いでいきたい。それが『きけわだつみのこえ』を編んだ理由です」
松田権六
「60年ひとすじ、この右手こそ私自身だったのです」
伊藤昌哉
「政治家は誰もが心にエアポケットをかかえこむものだ」
堀 栄三
「これからの日本は耳の長い兎になるのが得策です」
中野雅夫
「人間にはニセモノとホンモノしかいないよ」
長谷川 保
「私はこの世で社会福祉事業を行なうために生まれてきた男だね」
木川田一隆
「時代は国民的意識から全人類的意識へと進んでいる」
橘 孝三郎
「私の皮膚の外側は日々矛盾と戦っている」

第4章 一路邁進に生きた人

森 勝衛
「欧米航路の船長50年、英国人作家との友情・・・」
服部四郎
「人生、60歳になって初めて考えたことがある」
森 元治郎
「ポツダム宣言受諾のスクープは命がけだった」
江田五月
「確かに父はひどい状況でがんばっていたと思いますよ」
茂利 要
「フェルマーの定理に挑む、それは私のアリバイです」
藤山覚一郎
「家族から見れば、父・愛一郎は幸せだったと思いますよ」
八木秋子
「革命家としての人生には後悔はしていない」
吉岡隆徳
「ひたすら走ること、それが私の人生だったね」
田原総一朗
「これほど面白い時代はないだろうね」
大森亮雅
「僧侶・医師として見た日本人の死生観は・・・・」
山田順造
「孫文さんを助けた伯父山田良政を心底から尊敬しています」
遠藤三郎
「軍備亡国、これが私の人生を通しての結論です」
吉村 仁
「医師優遇税は国を亡ぼす税制である」
藤原石山
「熊沢天皇などあのころの自称天皇は私がお墨付きを与えた」
宮本政於
「近代日本史を精神分析してみたいのだが・・・」

エピローグ

あとがき

文庫版あとがき

解説に代えて
対談 ケーディスの想い出
(山田久俊・保阪正康)
   GHQのほうが「話せばわかる」
   吉田茂のある一面
   木の上から見下ろして
   マッカーサー・ノート
   発言にブレなし
   「リスポンシブル・ガバメント」


今年の読書:15冊目

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読書 | 00:46:46 | Comments(0)
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