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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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平田篤胤生誕の地
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平田篤胤先生誕生之地

這ハ是レ我カ平田篤胤大人誕生ノ地ナリ天地ノ正氣ヲ鼓舞シ大ニ我カ國民ヲ醒覺セシメシ伊吹迺舎大人出生ノ處ナリ余歩兵第十七聯隊長ヲ拝シ赴任ノ際本郷大将ニ詣ル大将往事ヲ談シ余ニ告クルニ屯營ヲ秋田ニ置キシハ大人ノ出生地ヲ收〃テ營庭トシ因テ以テ士氣ヲ鼓舞セントセシ大将ノ深慮ニ出テシ事ヲ以テス今ヤ果然本聯隊ハ天下ノ精鋭ヲ以テ目セラル豈テ欣快ナラスヤ曩ニ高草木大佐通路ニ面シテ一碑ヲ建テシモ掩ハレテ營庭ヨリ望ム能ハス余當初ノ精神ヲ營庭ニモ之ヲ闡揚スル要アルヲ想ヒ茲ニ此ノ碑ヲ建ツ而シテ此ノ地點タル毎ニ營庭ニ於テ軍旗ヲ迎へ奉ル絶好ノ個處ナリ噫何タル神契リ余本日旭■■■(※3文字削られている)畏タルノ菅命ニ接シ不日任ニ赴カントス而シテ秋田聯隊當初ノ精神ヲ高調スレ■期■無カラントス仍ニ■皇此ノ由ヲ記シ併セテ大将ニ碑■ノ字ヲ請ヒ之ヲ石ニ刻シテ以テ永遠ニ観者ノ心ヲ新ニセントスル也

昭和三年陸軍記念日   
陸軍少将正五位勲三等功五級石丸志都磨記
                 従七位高橋政和書
                    根田金太郎■
(碑文より)


平田篤胤(ひらたあつたね)生誕の地

平田篤胤は、本居宣長(もとおりのりなが)らとともに国学四大人の一人と称される江戸後期の国学者。
安永5年(1776)に秋田藩士・大和田祚胤(としたね)の四男としてこの地に生まれ、幼少の頃から勉学に励み、20歳で江戸に出て苦学を重ねると、やがて備中(岡山県)松山藩士・平田篤穏(あつよし)の養子となった。
宣長の学風を色濃く受け継ぎながら、江戸や京都で復古神道を確立し、諸国にその名を知られたが、儒教を廃し極端な尊王思想を唱えたことで、幕府の体制を揺るがすとされ、天保12年(1841)に久保田へ帰された。
2年後、中亀ノ町(南通亀の町)で、病により没するまで、秋田の国学界の発展に寄与した。
篤胤の墓は手形大沢にあり、国指定史跡となっている。

平成24年6月1日再設置
秋田市教育委員会

(説明板より)

【秋田県秋田市中通4-2】
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史跡 | 11:37:15 | Comments(0)
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