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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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秋田の史跡めぐり!
待たせていたタクシーに乗り、史跡めぐりに向かう・・・・(笑)
まず、最初は、「平田篤胤生誕の地」・・・
一応、大体の住所だけは事前に調べておいた。
運転手さんが「このあたりじゃないかと思うんだけどねぇ~」とタクシーを公園脇に止めた・・・
あれ?・・・なにやら石碑が・・・
その公園が「平田篤胤生誕の地」だった。(大笑)

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この公園・・・「土手谷地街区公園」という看板が建っていた・・・
へ?「土手」?「谷」?
近くには土手も谷もありませんが・・・(汗)
それにしても、不思議である・・・
普通なら「平田篤胤記念公園」とか「平田公園」って名付けると思うんですけど・・・(大汗)
これじゃ、見つけるのは大変である・・・ちょっと、わからんだろうなぁ~
どうして「平田公園」ってしなかったんだろう?

公園内に「平田篤胤先生誕生之地」碑が建っている。

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さて・・・次は・・・歩兵第17連隊の「跡碑」を見に行きたいのだが・・・
え~と・・・この近くだと思うんだけど・・・
ふと、道の反対側を見たら、石碑が!!(驚)
あらら・・・公園のすぐ目の前にあった!(大笑)

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時刻は午後3時半を過ぎた・・・
もう少し、史跡めぐりができるだろう・・・というわけで、再びタクシーを走らせる!(笑)

次に向かおうとしたのは、「平田篤胤の墓」・・・・
ところが運転手さんは、場所をよく覚えていないという・・・(笑)
「一度、お客さんを乗せて行ったことがあるんだけど、たしか、あそこあたりだったと思うんだが・・・正確には覚えていないんですよねぇ。とにかく行ってみますかぁ~」(汗)・・・と言うのである。(大笑)
あ~・・・日が沈む前に行きたいんですけど・・・(涙)
多分、あそこかな・・・と連れて行ってもらったお寺にはお墓はなかった・・・(大涙)
「あれ?ここじゃなかったですかぁ~、じゃぁ~どこだったかなぁ~」と運転手さん・・・
やむなく、会社に電話して「どこだっけ?」と助けを求めた・・・・(大笑)
で・・・本当の場所は、すぐ近く・・・
「いい線いってたよね?すぐ近くでした!」(大笑)
「はぁ・・・」(汗)

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小高い山の小路を登る・・・・
普段の運動不足と喫煙のせいだろうなぁ・・・・息が切れて・・・(大汗)
いやぁ~キツイ・・・・(涙)
運転手さんも「ちょっと勉強のために私も・・・」と同行・・・(笑)

ようやく、墓所に到着・・・・(大汗)

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帰り道・・・向うのほうに小さな小屋が見える・・・
その近くに「説明板」のようなものも見える・・・
もしかして、何かの史跡ではあるまいか?(喜)

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途中に「史跡 佐竹義宣夫人 正洞院の墓地入口」の標柱を見つけた。
「入口」ねぇ~・・・・ここ・・・歩けるの?(汗)
運転手さんは・・・「私はここで待ってますからぁ~!」(苦笑)・・・と言う。(大笑)
う~ん・・・拙者はスーツを着てるんですけど・・・(大汗)
しかし・・・“史跡”があるのを知りながら行かないというわけにはいくまい?(苦笑)

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藪の中を掻き分けて・・・(汗)
途中から階段と手すりが設置されていたから助かったが・・・
何もなかったら、とてもじゃないがスーツ姿じゃ断念である。(大汗)

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この物置小屋みたいなのがお墓?
扉には鍵がかかっていない・・・
ということは、勝手に開けてもいいのかな?(笑)
ドキドキしながら扉を開けてみる・・・(大汗)

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いやぁ~よかったぁ~(喜)
ちゃんと墓石があって、きちんとお祀りされていた。
いまでも、ちゃんとお参りしてお墓を守っている方がおられるのですね~
正洞院様も、さぞかし喜んでいるだろうなぁ~
実は、扉を開けるのが、怖かったのである・・・(苦笑)
中がどうなっているかわからないし・・・
何が飛び出すかわからないし・・・(笑)
ましてや、白骨化したホームレスの死体でもあったらどうしようとか・・・(大汗)
いやぁ~緊張したが・・・この丁寧に扱われているお墓を見てホッとした・・・
お参りして山を降りる・・・

で・・・麓の東屋で一服・・・・(笑)

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ここは「正洞院跡」だそうで、説明の標柱が建っていた。
その説明文によると・・・・


正洞院跡
正洞院(しょうどういん)は、初代藩主佐竹義宣夫人であり、文弱に流れた義宣を戒めるために自害したとも伝えられる正洞院の墓所として建立された曹洞宗の寺院跡である。
明治維新後、廃寺となり、現在は正洞院の墓碑が残る。



佐竹氏は、我が茨城県(常陸国)にいた戦国時代の武将である。
佐竹義宣は勇猛な戦国武将だと思っていたのだが、それは父親の佐竹義重のほうだったかな?(苦笑)
佐竹氏は豊臣秀吉からも一目置かれる存在だったと思う。
家臣の前田氏や上杉氏と同格なくらいの家臣だったはずだが、なぜか彼らより世間では知られていないマイナーな存在である・・・(泣)
関ヶ原の戦いでは、東軍、西軍のどちらにも味方しなかった。
あえて味方しなかったというより、どちらに付こうかと迷っているうちに関ヶ原の戦いが終わってしまったのかもしれない。(苦笑)
佐竹義宣という人は優柔不断な性格だったのだろうか?
佐竹氏は石田三成と親交があったので、本来ならば徳川家康に殺されるか、所領を没収されてお家断絶となってもおかしくはないのだが、なぜか、秋田に飛ばされただけ・・・
ということは、家康からも一目置かれるような立派な人物だったのか?(汗)
佐竹義宣は秋田に来て久保田藩(秋田藩)の初代藩主となった。
この時に、我が茨城県からも家臣が秋田に引っ越しているが・・・
秋田に美人が多いのは、この時に義宣が茨城県の美人を全部、秋田に連れて行ったからだと、小学生の時に聞いたことがある。(苦笑)
だから、秋田には美人が多く、茨城にはブスしかいないという話だった・・・(大笑)
そうだったのか・・・と納得したものだが、大人になって、この話には何の根拠もないと知った・・・(大笑)
説明文では、正洞院は文弱な夫・義宣を戒めるために自害したといわれているとか・・・
う~ん・・・関ヶ原参戦での優柔不断さを「文弱」と表現しているのか?
そのおかげで、(秋田の人には失礼だが)こんな田舎に飛ばされた・・・と怒っていたのかも・・・
いや、もしかして、ノイローゼに罹っていたかも・・・
茨城に帰りたい・・・こんなに雪が積もる所は嫌だ・・・とか・・・・
う~ん・・・こういう時に水戸藩士の“シミズくん”がいないというのは不便である!
どうして肝心な時にいないのかね?(大笑)
そういえば、彼は法人会青年部会の会員ではなかったか?(笑)
OBの拙者が秋田に来ているというのに、なんで彼は来ないんだ?(大笑)

よ~く、よく説明板を読んでみたら・・・あれ?おかしい・・・
正洞院は結婚して5年足らずで自害しているのである。
天正の頃か?
となると・・・秋田に来る前だな・・・(苦笑)
場所がハッキリと書かれていないが、茨城で自害したのか?
のちのちに、わざわざこちらに遺骸を持ってきて墓を建てたのか?
わからん・・・・
義宣には後妻さんもいただろうに・・・(汗)
後妻さんの立場ってどうなるんだろう?
前妻のことを、そこまで思っているとなると・・・余計な話しだが、夫婦の間にヒビが入るんじゃないか?(笑)
その後妻さんはどうなったんだろう?
わざわざ秋田まで墓を移転したとなると、正洞院さんはどう思っただろう?
折角、眠っているのに、見ず知らずの土地に連れて来られたわけである。
いい迷惑だったかも・・・(笑)

かなり以前のこと・・・
わが町の御殿様の奥さんの墓移転の報告を、ある会議の席上で受けたことがあった。
御殿様の墓所にはなぜか奥さんのお墓がなかったのである。
探したら福島県の山奥で見つかったので、御殿様の隣りにお墓を移転させたと、得意然として報告されていたが・・・
その時に、拙者は首を傾げたのである・・・(大笑)
まてよ・・・なぜ福島に葬られたのだ?
御殿様と一緒には眠りたくないから福島に葬られたのではなかろうか?
いや、もしかしたら殿様が奥さんを嫌って福島の山奥に葬ったのかもしれない・・・
それを、わざわざ持ってきて隣同士に並べて葬るとは・・・(汗)
夫婦一緒の墓所に入れて良かった・・・と、皆さんは大喜びしていたが・・・
もしかしたら、当人にとっては、いい迷惑だったかも・・・(大笑)
いいことをしたと皆、自慢していたが・・・(大汗)
そうだろうか?

正洞院さんの自害の理由は謎だそうだが・・・
彼女の場合も、もしかしたら、迷惑と思っているかも・・・(苦笑)
これは夫の義宣さんに聞いてみないとわからんが・・・(笑)
なぜか、夫のお墓は同じ秋田でも離れたところに葬られているようである。
そうなると、何のためにここに連れて来られたのか・・・ということになるかも・・・(大汗)

拙者は、母を母の実家の近くに墓を建てて葬ったが・・・(大笑)
やっぱり実家が見える山の中が落ち着くでしょう?
が・・・親父が「死んだらここに入る」と言う・・・(唖然)
う~ん・・・我儘な親父に、あとから押しかけて入られては母も迷惑だろうなぁ~(大笑)
ふと、変なことを思ってしまった・・・(大汗)

このタクシー貸切での史跡めぐり・・・(大笑)
タクシーの運転手さんは「いやぁ~いい勉強になったぁ~」と喜んでくれた。
タクシーの運転手さんは、こういう史跡をよく知っておくべきだと拙者は思うのである。
客の言われる場所だけに送り届けるだけではなく・・・・
「もし時間があるのら、どうですか?」と地元の史跡を案内すべきではなかろうか?
そうすりゃ、メーターも上がって売上げも上がるでしょ?(大笑)
お客さんが歴史好きなら、お客さんにとっても、いい勉強になるし・・・思い出も残るし・・・
ただ、出張で往復しただけ・・・ではねぇ~・・・もったいない・・・
町の方だって史跡が町のPRに繋がるんだから・・・
一石二鳥、三鳥でしょ?(笑)
もっと売上げに繋がる工夫をすべきだよね?
などと偉そうなことをしゃべりまくっているうち時間が過ぎた・・・

時刻は午後4時を過ぎた・・・・
史跡巡りは、ここまで・・・
本日の宿泊場所は拙者が自分で個人的に頼んでおいた。
明日は法人会が手配したホテルに宿泊するが、今日は拙者の「旅行」が主なので法人会に負担をかけるわけにはいかない。
自腹である・・・
ホテルに行き、タクシーを待たせたままチェックインして再びタクシーに乗り・・・(笑)
今度は、県民会館へ向かう・・・・
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旅行 | 10:35:08 | Comments(0)
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