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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『陸軍中野学校の東部ニューギニア遊撃戦』
陸軍中野学校の東部ニューギニア遊撃戦―台湾高砂義勇兵との戦勝録陸軍中野学校の東部ニューギニア遊撃戦―台湾高砂義勇兵との戦勝録
(1996/03)
田中 俊男

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著者略歴

参考図書

はじめに

1 陸軍志願・陸軍中野学校入学
     陸軍志願・甲種合格・新兵時代
     陸軍中野学校の概要
2 中野学校卒業と第8方面軍参謀部
     ラバウル(剛)第8方面軍参謀部配属を拝命
     宇品にて
     船出
     いよいよ出港・南太平洋へ
     パラオにて
     ラバウル
     参謀部情報班に勤務
3 東部ニューギニア・第18軍司令部
     東部ニューギニア・第18方面軍司令部に配属、赴任
     斉藤特別義勇隊の編成
     当時の全般状況・サラモア戦線
     斉藤義勇隊・マーカム河上流へ
     森貞大尉、報告書の概要
     斉藤義勇隊・森貞隊に配属
4 初陣・ザカラガ攻撃
     初陣の決死潜入攻撃
5 ダキサリア攻撃
     9月24日、中井支隊司令部・情報
     第2次決死隊 ダキサリア・マラワサ潜入攻撃
     第3次決死隊 魂の森付近に潜入攻撃
6 フィニステル山系転進
     第18軍主力、退路を遮断されフィニステル山系の峻嶮を踏破転進
     10月上旬の敵状の概要
7 小池村・敵陣地潜入攻撃
     川東大隊の指揮下へ
     田中斥候報告書
     この頃の第18軍の全般状況
     クワトウ補給中継地へ
8 フィニステル山系北斜面偵察
     中森隊長の後任・石井隊長(乙Ⅱ卒・中森隊長の1期後輩)発令
     石井隊長着任
9 第1次ケセワ攻撃参加
     フィニステル山系の原住民との別れ
     ケセワ攻撃参加(自昭和18年12月1日~同月15日)
     攻撃部署の大要
     ケセワ攻撃決行の日
10 第2次ケセワ攻撃参加
     中井支隊主力の戦闘経過の概要
     石井隊長・小俣隊長 負傷
11 ガリ転進掩護・ウエワク転進
     斉藤義勇隊 将校・下士官の一階級特進
     ガリ転進掩護作戦(米軍の蛙飛び作戦・グンビ岬上陸)
     グンビに上陸した米軍の意図
     マダン・ウエワクへの転進
     第18軍、第2方面軍に隷入される
     ラム・セピックの大湿地帯
     水っぽい酒
12 東ヤカムル攻撃
     米軍のアイタペ・ホルランジャへの上陸
     東ヤカムル攻撃
13 西ヤカムル攻撃
     遺言状を書いて西ヤカムル攻撃
     沿岸防衛隊配備
     アイタペ開戦前夜・川東捜索隊
14 敵陣アイタペ地区偵察
     軍は南方総軍の直轄となる
     アイタペ敵陣内への潜入斥候
     猿の大群に会う
     大きな貝を沢山掘り出した
     坂東川決戦・火蓋を切る
     アイタペ作戦の概要
15 カラオ大酋長
     オクナールの自活
     オランドン近くのカラオ大酋長
     カラオという人物
     原住民の食生活
     医療宣撫班の巡回
     突発した悲しい出来事(中山義勇兵分隊長の事故死)
     安達軍司令官 カラオ大酋長を表敬訪問
16 カラオ大酋長との別れ・遅留兵
     カラオ工作任務を終る
     後任の宣撫工作班長 到着
     捕虜のインド兵
     遅留兵か、逃亡兵か
17 猛虎挺身隊と佐倉山
     大高捜索隊へ配属
     大高捜索隊・猛虎挺身隊となる
18 佐倉山の猛闘
     第1回目迎撃
     佐倉山の決戦
     ヌンボクの軍司令部へ
     アイン村の友人たち
19 ダグア・敵空軍基地攻撃
     石井挺身攻撃隊 編成
     当時の全般状況・昭和20年5月中旬
     ダグア飛行場攻撃
20 十国峠攻撃
     山田軍曹 十国峠の華と散る
     橋本軍曹 機銃掃射により負傷
21 山南東部防衛線へ強行軍
     ヌンボクの第18軍司令部
     51師団隷下の氏原部隊
     石井挺身攻撃隊 最前線へ急行
     田中曹長、隊長代行になり前進
22 シブラング南方での潜入攻撃
     シブラング南方陣地 第一線守備線に参入
     敵陣地へ潜入攻撃
     攻撃計画
     シブラング砲陣地攻撃の戦果
     シブラング砲陣地潜入攻撃による戦果
     氏原部隊司令部へ集結せよとの緊急命令
23 氏原部隊司令部復帰・終戦
     病気の高砂義勇兵を担送
     日本国降伏の伝単(敵の宣伝ビラ)
     食糧獲得作戦
     正式な軍の停戦命令 伝達
24 終戦処理
     ワモヤン御殿で検問指導所 開設
     カラオ大酋長との今生の別れ
     武装解除
25 ムッシュ島・捕虜収容所
     捕虜収容所生活
     戦犯容疑
26 ウエワク戦犯容疑者収容所
     収容所の生活
     戦犯訊問
27 復員・故郷への生還
     ウエワクよりムッシュ島へ
     安達軍司令官の言葉
     安達軍司令官のその後(随行した田中参謀の手記から)
     病院船・氷川丸の入港
     佐倉に寄り、そして故郷へ

あとがき

【要図・付図】
表紙裏 東部ニューギニア・第18軍作戦地図
要図1 ザカラガ潜入攻撃図
要図2 ダキサリヤ爆破攻撃図
要図3 魂の森敵陣攻撃図
要図4 小池村攻撃図
要図5 51師団、20師団転進経路
要図6 「ウラウ」「ヤカムル」附近の戦闘
要図7 アイタペ飛行場、附近地形河川偵察
付図(巻末に添付)
   1 中井支隊フィニステル作戦全般概要図
   2 スリマ、小池村、ダルンボ附近の戦闘
   3 中井支隊フィニステル山系の戦闘
   4 アイタペ作戦後の第18軍攻防戦概要図
   5 第20師団ニューギニア作戦経過要図
裏表紙裏図 連合軍ニューギニア反攻図



陸軍中野学校の出身者、つまり日本のスパイが東部ニューギニアで戦っていたとは知らなかった。
また、台湾の高砂族の義勇兵達も、この地で戦っていたとは知らなかった。
「遊撃戦」とは、現代風に言えば、ゲリラ戦のことである。
敵中深く潜入し、情報収集や破壊工作を行うのである。
著者は中野学校出身者として、この特殊任務に就いたわけで、その体験談が本書・・・
当時は記録をつけることはなかっただろうから、すべて本人の記憶に基くのだが・・・
これだけの出来事を記憶するのだから、なんと優秀なことかと驚く。
さすがは中野学校・・・と言える。

高砂族は山地戦に強く、優秀な兵士だったという。
著者は、この高砂族義勇兵を従えてゲリラ戦を戦ったわけである。
フィリピンの山中で闘っていた我が祖父も、高砂族のことは褒めていた。
台湾駐屯時に教育した高砂族の義勇兵達がフィリピン戦に投入され、祖父の戦場に応援に駆けつけてくれたという。
「俺が教育した連中が助けに来てくれたんだ」と嬉しそうに語っていたのを思い出す。

東部ニューギニアには私も行ったことがあるが・・・
確か、第20師団がいた「アメレー」という場所だったと思う。
「樹海」とは、こういうものなのかとジャングルの中を歩いて思った・・・
とにかく歩きづらく、湿度も高い・・・
遠くから見ると、一面、緑の絨毯のように見えるが、その中に入ると、移動するにもかなりの苦労をする。
実際に足を踏み入れてみないとわからないものである。
こういう場所での戦闘は、高砂族たちの得意とするところなのだろう。
大いに活躍したようである。
残念ながら、その活躍を今に伝える正確な資料は現存していないようなので残念である。
また、彼ら勇士を顕彰することもない・・・
日本軍に協力し活躍した高砂族のみなさんに申し訳ないような気がする。
そういう意味でも、本書は貴重な記録であろう。

本書には手書きではあるが詳細な「要図・付図」が多数掲載されている。
これもまた貴重な記録である。


今年の読書:7冊目

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読書 | 11:38:56 | Comments(0)
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