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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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高崎城東門
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高崎城東門の由来

高崎城16の城門中、本丸門(萑門)刎橋門、東門は平屋門であった。
そのうちくぐり戸がついていたのは東門だけで、通用門として使われていた。
この門は寛政10年正月(1798年)と天保14年12月(1843年)の二度、火災により焼失し、現在のように建て直されたものと考えられる。
くぐり戸は乗篭が通れるようになっている。
門は築城当初のものよりかなり低くなっており、乗馬のままでは通れなくなっている。
この門は明治のはじめ、当時名主であった梅山氏に払いさげられ、市内下小鳥町の梅山大作氏方の門となっていた。
高崎和田ライオンズクラブは、創立10周年記念事業としてこれを梅山氏よりゆずりうけ復元移築し、昭和55年2月、市に寄贈したものである。

昭和55年3月
高崎市教育委員会

(説明板より)

【群馬県高崎市】
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史跡 | 15:45:42 | Comments(0)
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