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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『情報戦争の教訓』
情報戦争の教訓―自衛隊情報幹部の回想情報戦争の教訓―自衛隊情報幹部の回想
(2012/09)
佐藤 守男

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はじめに

第1章 情報戦争の教訓

1 北朝鮮ミサイル発射事件(2012年)
     発生の経緯
     事件への対応
     教訓
        (1)「第一報」の価値がわからなかった政府
        (2)二重確認(double check)の不手際
        (3)全国瞬時警報システム(「Jアラート」)の不作動
        (4)エムネット(EM-Net)の不活用
2 「ミグー25」亡命事件(1976年)
     発生の経緯
     事件への対応
     教訓
        (1)ベレンコに対する尋問がなぜできなかったのか
        (2)尋問可能な組織(機関)はあったのか
        (3)予測される亡命事件に対処できるのか
        (4)情報収集体制の整備が喫緊の課題
3 「大韓航空機」撃墜事件(1983年)
     発生の経緯
     事件への対応
     教訓
        (1)原爆投下「B-29」のコールサインを見落とした歴史の教訓
        (2)「大韓航空機」の最後のコールサインから兆候をつかめなかった
        (3)情報の価値は結果によって決まる
        (4)事件後の対応に見る軟弱な外交姿勢
4 生かされていない「教訓」
     (1)イラク復興支援時の情報収集努力の欠如
     (2)福島第一原子力発電所事故の情報無視
     (3)中国大使館員への情報漏洩

第2章 情報勤務の回顧

1 国家警察予備隊に入隊(1950年)
     朝鮮戦争と国家警察予備隊志願
     岐阜時代
     善通寺~姫路時代(渉外業務、米軍教範翻訳作業)
2 北部方面隊勤務(1954年)
     乗船するはずだった「洞爺丸」が座礁転覆
     陸上自衛隊調査学校でロシア語を学ぶ
     極東ソ連ラジオ放送受信・翻訳に従事
     北海学園大学法学部(夜間部)に通う
     東京の中央資料隊でロシア語資料の翻訳にあたる
3 陸上幕僚監部第二部別室勤務(1973年)
     第二部別室とはどのような組織か
     東千歳通信所に配置される
     ソ連船舶の動向把握と世界航行警報システム
     アポローソユーズ・テストプロジェクトに参画

第3章 情報業務の再生

1 自衛官定年退職(1985年)
     「UC」転官し通信情報専門官に
        (1)服務指導
        (2)業務分析
     慶應義塾大学法学部(通信部)で学ぶ
     42年に及んだ防衛庁勤務
2 北海道大学大学院進学(1992年)
     修士号授与
     「北海道総合研究調査会」特別研究員としてロシア資料のデータベースを作成
     博士号授与
     生体腎移植と献体
        (1)生体腎移植
        (2)北海道大学白菊会

おわりに

参考文献



今年の読書:5冊目

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読書 | 01:09:54 | Comments(0)
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