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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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戦跡巡り再開!
昼食後、再び戦跡巡りに出発する。
天気は雨がチラチラと降ったり止んだり・・・傘を差そうかどうしようかと迷う程度の雨である。

向かったのは、当時「旭球場」と呼ばれていた球場のすぐ近くにある「特二式内火艇」・・・・
パラオの中心街になるかな?
近くには警察署や消防署、シビックセンターなどがある。

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名前は「内火艇」(=小型ボート)という名前だが、実態は「戦車」である。(笑)
これは昭和17年に制式化された日本海軍の水陸両用戦車・・・・
車体の前後にフロートを付けることで水に浮くようになっている。
車体後部のフロートはくっ付いたままだが、車体前部のフロートは取り外されている。
非常に珍しい戦車で、日本国内には現存していない。
ロシアの博物館に完全な形のものがあるらしいので、いつか見に行ってみたいと思っている。
(また、そういうことを考えてるのか?・・・・と言われそうだが・・・)(大笑)

車体の後部に対空機関銃が載っているが、これは本来の姿ではない。
戦時中に、現地で改造して載せたのか、それとも戦後に誰かが悪戯で載せたのかは不明・・・(笑)

この戦車・・・4年前に一人でトボトボと歩きながら見に来た・・・
4年ぶりの“再会”である。(喜)
話によると、この戦車は海軍の第45警備隊に所属する9両のうちの1両だとのこと。

4年前にここに来た時に、すぐ近くの民家に住んでいる小学生の少年が話しかけてきた。
流暢な英語を話すので、タジタジとなりながら、何だかんだとおしゃべりをした・・・
「今度はいつ来るのか?」と言うので「たぶん来年」と答えたら、少しガッカリした顔をしていたが、「今度来た時に、他の戦跡を案内する」と言っていた。
あれから・・・4年・・・(笑)
来年と答えていながら、嘘をついてしまったことになる・・・(大汗)
もう4年も経つのか・・・あの子はどうしているだろう・・・
ふと、彼の家を訪ねたくなったが、団体旅行なので諦める。(涙)
こういうところが団体旅行のつらいところである。(大笑)

この「特二式内火艇」について、ツアー参加者の中で、以前、戦車部隊にいたことがあるという陸自戦史教官から説明を頂く。

次に向かったのは「パラオKBブリッジ」という橋のたもと・・・・
これは戦跡ではない・・・(大笑)
ここには韓国企業が作ったコロール島とバベルダオブ島を結ぶ大橋が架かっていたが、開通してからて19年目に大崩落・・・(唖然)
どうも韓国企業の手抜き工事のせいだったらしい・・・
なにせ、橋の真ん中がだんだん沈んでいったというのだから尋常ではない。(汗)
この橋を渡る車はみんな窓を開けて走ったとガイドは言う。
いつ崩落して海に落ちるかわからないので、すぐに脱出できるように窓を開けて走るのは“常識”だったそうで・・・(大汗)
それでも、実際に崩落した時は2名の死者が出たとか・・・
韓国企業は、この事故の責任をとらず逃げたそうで・・・(唖然)
まぁ、韓国というのは、そんなものだろう。
拙者の業界でも、問題が発生した場合の韓国企業の対応の酷さは有名だった・・・
取引するまではニコニコ、ペコペコ・・・
ところが、いざ、韓国側に原因がある問題が発生した時の横柄な態度に取引をした日本企業は後悔したそうで・・・
開き直っちゃうっていうんだから、どうしようもない・・・
こういうのは何と言うのだろう・・・「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」というのかな?
まぁ、韓国人というのは、そういう国民性なのだろう・・・
そこで、日本がODAで橋を架けた・・・・
それが、現在のこの橋・・・

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ここにきて、いきなりの土砂降り!
スコールか?

この橋が架かっている水道は、あのペリリュー島へ逆上陸を果たした飯田大隊が通った水道である。
ここを通ってペリリュー島へ向かったのである・・・・

この橋のたもとに韓国が建てた建設碑(記念碑)が今も残っている。
走るバスの中から撮ったので、アングルが悪いが・・・
写真の右端のコンクリート製の柱の束みたいに見えるのが、その「建設碑」である。

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橋は崩壊して無くなっているが・・・(笑)
記念碑だけは残しているのか?(汗)
ところで、韓国のツアーガイドは、この現在架かっている橋と、この記念碑の関係をどう説明するんだろう?

次に向かったのは「官幣大社・南洋神社」跡・・・・
ここでも雨が降ったり止んだり・・・・(涙)

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旧官幣大社南洋神社再建趣意

明治維新は単に国の近代化にとどまらず 日本人の世界進出を促した
海外における移民もすでに百年を経過して各地に繁栄し二世三世の時代になってゐる
日本人がその地に定住するには 先ず土地の国魂を祀り開拓の先輩を敬重し 敬神崇祖のまごころを尽すことから始まった
その精神の集中するところが神社であった
しかしながら 今次の大東亜戦争の挫折によって 南洋神社も一旦撤収のやむなきに至った
ここに新たなる時代を迎えて 日パ両国の有志により 神社の歴史的由縁に基づきこれを再建し 祖神と英霊の御加護を祈り 南洋の発展と平和の基点とし 以って世界文明の進運に寄与せんと願ふものである

平成9年10月吉日

(説明碑文より)



この碑を書いた人(団体)の名前が記されていないが、この神社を再建したのは、どこの団体なのだろうか?
変な団体じゃなければいいが・・・という気がしますが・・・(汗)
この神社は、パラオの上院議長の邸宅の敷地内にある。
へぇ~・・・・である。

その次に向かったのは、「日航ホテル」跡・・・・
丘の上の、ただの原っぱ・・・(唖然)
ここにホテルがあったの?・・・・と言いたくなるような、さほど広くもない場所である。
ここに日本軍の兵器が置いてある・・・・

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これは日本海軍の九六式25ミリ高角機銃(連装)・・・・日本海軍の最もポピュラーな対空機銃である。

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こちらは、陸軍の八八式7糎(センチ)野戦高射砲。
日本陸軍の主力高射砲である。
砲身が一回転しているようで刻印が見つからない・・・・(苦笑)
外れた砲身を、誰かが台座に載せて、それなりの格好にした・・・という感じ・・・

時刻は午後2時になる・・・・・
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旅行 | 14:53:13 | Comments(0)
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