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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
56歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『ある情報将校の記録』
ある情報将校の記録 (中公文庫)ある情報将校の記録 (中公文庫)
(1998/11)
塚本 誠

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序にかえて

市ヶ谷台の青春
   軍人の遺児
   中央幼年学校予科の日日
      「予科茶目」の生活と教育
   幼年学校本科から士官学校予科へ
      兵科決定
   歩兵第59聯隊の士官候補生
   士官学校本科時代
      関東大震災
      現地戦術と野営
   「任官元年」

宇都宮から満州へ
   新品少尉張り切る
      初年兵教育
      射撃大会
   初めて満州の土を踏む
      遼陽の黒煉瓦の家
      日露戦史の現地研究
   黒溝台会戦の父を想う
      黒溝台会戦の意義と特徴
      黒溝台会戦における塚本大隊の戦闘
      戦地からの通信
   張作霖の爆死事件
      奉天特務機関
   憲兵に転科

憲兵将校となって
   憲兵練習所
   岡山憲兵分隊長
      ピストル大尉事件
      警察部との協力
      憲兵司令部へ転任
   辻政信と士官学校事件

激動と戦火の上海
   上海派遣憲兵
   赤痢で危うく死を免れる
   激化する抗日運動
   上海に戦火迫る
   大前憲兵軍曹、熊野通訳行方不明となる
   戦場となった上海
   南市攻略戦
   戦闘終結後の接収工作
   陸軍省岩畔中佐に対する進言
   上海を去る

台湾で知った人々
   台湾の第一印象
   台湾青年と十日会をつくる

汪清衛工作と影佐機関
   軌道に乗った「梅」工作
   汪清衛氏を上海に迎える
   汪清衛氏の日本訪問
      梅華堂
   特務工作と私の任務
   難航の汪工作
      特工青島へ行く
   南京遷都

東条政権下の憲兵特高課長として
   情報網の設計
   岡部長三を知る
   東条内閣成立とゾルゲ事件
   反東条の人々
   翼賛選挙
   国民の士気をさぐる
   「爪のない猫」

宇都宮の10ヶ月
   最年少の憲兵隊長
   東京からの来訪者
   「憲兵は縁の下の力であれ」

敗戦濃いビルマ戦線
   病床の母に別れを告げる
   失敗に終わったインパール作戦
   前線視察で部下を激励

台湾で改革したこと
   保甲制度を廃止する
   安藤大将の思い出

陸軍の終焉を目撃する
   ポツダム宣言に揺れる東京
   宮城事件の首謀将校
   将軍たちの死

あとがき

文庫版へのあとがき 塚本芳和

塚本誠略年譜



著者は憲兵将校・・・
憲兵というと、あまり一般の印象はよくない。(笑)
とにかく残酷な取り調べ方をするとか・・・
そういうイメージが強い・・・
著者は情報担当の憲兵だったせいなのか、そのイメージとはかなり違う。
カチカチの軍國主義者なのかというと、他の軍人から「自由主義者」とレッテルを貼られるくらいの人だったそうである。
「自由主義者」というと、「左翼」とか「共産主義者」とイコールであると受け取られる言葉である。
憲兵の中にも、そういう人がいたのかと、一般的な憲兵のイメージとかなり違うのである。
本書は、その「自由主義者」と言われるくらいの憲兵だった人の体験談・・・

宇都宮の憲兵隊長の時に、管内の、わが町、日立に憲兵隊分駐所を作ったそうだ。(笑)
わが町には日立製作所の工場群があり、軍需工場だったため警備強化のための処置だったらしい。
へぇ~憲兵隊がいたのか・・・と意外なことを知った・・・
面白いのは、兵達の留守宅の状況調査・・・
いわば私服憲兵による「素行調査」となるのだろうが、著者は「憲兵相談所」を開設して、逆に家族達の相談に乗り、彼らの悩み事の解決などをすることで、留守宅の実態等の調査をしたとか・・・
こういう“変った事”を考え出すから「リベラル」「自由主義者」と言われてしまうのかも・・・(苦笑)
著者の基本的な考え方は、憲兵はいかに国民から信用される存在になるかということらしい。
まともと言えば、まともな話しなのだが、当時としては異端の部類の方なのかもしれない。
が・・・それだけにお話は面白い。

第14師団の将校で、新聞記者出身の塚原俊郎さんとの交流にも触れている。
かなり仲がよかったようである。
私は塚原さんにはお会いしたことはないが、戦後、我が選挙区出身の国会議員になられた方で、地元では“有名人”である。
息子さんの塚原俊平さんも父親の遺志を継ぎ、国会議員となり自民党の中堅となったが、病気のため没している。
亡くなる少し前に、ある人物が私を塚原さんに紹介したところ、先方から「知ってるよ~」と言われて驚いたことがある。(笑)
私は初対面なのだが・・・なんで私のことを知っていたんだろ?
「うちの親父が、あなたのおじいさんには大変お世話になった」と言っていたが・・・
紹介者からは「知り合いだったんですか!」と責められたが・・・私は初対面なのだ。(汗)
本書のおかげで懐かしいお名前と、思い出が甦った・・・(笑)

本書は、マイナーな人物との交流だけではなく、有名人との話もたくさん出てくる。
たとえば、血盟団事件の首謀者、井上日召・・・
憲兵隊に監視されていると文句を言い、憲兵隊に反感を持っているという話を聞き、著者は「あんたなんか相手にするほどヒマではない、それは警察のほうがやっていることだ」と伝えたとか・・・
後日、井上が誤解だったことを認め謝ってきたとか・・・(笑)
で・・・酒宴を催して大いに交流したとか・・・面白い話である。
井上日召のような、こういう思い込みや誤解が憲兵を悪者に仕立て上げてしまったこともあるのでは?

著者は情報将校であるため、各種の“工作”にも関わっている。
歴史的な“工作”の、いきさつや関係者とのやり取りなどが書かれている。
非常に読み易い話なので、勉強になる話である。
物事の見解、人物評など、変な偏りもなく、非常にまっとうな見解である。
憲兵のイメージを払拭するような話である。

“悪名高き”東條英機内閣下での憲兵として活動の話・・・
読んでいると、東条本人にも問題はあったろうが、どうも取り巻き連中に問題があったような印象を受ける。
彼らが、東条のイメージをことさら悪くしたのではなかろうか?

こういう“平衡感覚”の持ち主が、今の日本の中枢に多数存在していたら、日本も安心なのだが・・・(大笑)
著者は昭和50年に71歳でお亡くなりになっている。
こういう“まともな”人がまた一人、この世を去っていることが寂しい・・・
本書は、個人の記録を超えた、“勉強”になる本であると思う。


今年の読書:68冊目

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読書 | 00:25:37 | Comments(0)
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