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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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アンガウル島・戦跡めぐり
「潮吹き」の場所から、少し先に進む・・・
島の西海岸から北へ向かう形となる。
ここから海の向こうを見る・・・

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水平線の向こうにペリリュー島が見える!
肉眼で見ると、かなり近くにあるような気がする・・・
写真に撮ると・・・・全然わからない・・・(大笑)
なにせ平坦な島なので、水平線のどこにあるのやら・・・・
望遠にして撮影しても・・・・この程度・・・・(汗)

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ペリリュー島に米軍が上陸したのは、昭和19年9月15日である。
ここアンガウル島に米軍が上陸したのは、その2日後のこと・・・
ここからペリリュー島が猛攻撃を受けている姿を、守備隊の将兵は見ていたのではなかろうか?
どういう気持ちだっただろう?
猛烈な艦砲射撃と空爆の爆煙ですごいことになっていたのではないだろうか?
それを見ながら・・・・「明日はわが身」・・・・
怖かっただろうなぁ~
周りが海では、どこにも逃げようがないし・・・(汗)
全身から血の気が引くよな・・・

次に向かったのが「島民解放記念碑」・・・・

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この碑のすぐ脇に洞窟がある。
米軍が上陸してきた9月17日から、10月8日まで、島民100名ほどが、この洞窟に避難していたという。(大汗)
で・・・・戦闘が終わって出てきたので・・・・「解放記念」・・・・?
ちょっと気になるな・・・それって・・・
日本軍は米軍がどうやらこの島にも来るようだと感じて、島民をパラオ本島に避難させる予定だったのである。
が・・・どういういきさつがあったか、想像できないこともないが・・・
島民が200名ばかり移動できず、島に残ってしまったのだとか・・・
その「島民」には在留邦人も含まれていたのだろうか?
戦史をよく調べてこなかったので、よくは知らないが・・・
いずれにせよ、この島に住んでいた民間人も戦闘に巻き込まれたわけである。

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次に来るまで5分ほど移動して「シャーマン戦車」の残骸がある場所に向かう。
もう、ここがどこなのかサッパリ分からん。(大汗)
とにかく、ジャングルの中・・・としか言いようが無い。(笑)
若い連中は、サッサと先に行って戦車の残骸に登り、なかなか降りてくれない。
こちらは、高齢者や女性陣の足元に注意を払って手を貸したりしているので、どうしても到着が遅れる。
で・・・シャッターチャンスを逃してしまうのである。(涙)
少しは“弱者”に手を貸してやれよ!・・・と言いたくなるが・・・
今時の若い者は・・・・話しにならん!(怒)
できれば、いち早く現場に行って他の人が入らないように写真を撮りたいのだが、無理だ・・・
かといって、性格的に、他人ことを無視して我先に行くということも出来ない・・・
う~ん・・・拙者の性格に問題ありだな・・・(大笑)

099_convert_20141106120054.jpg (M4シャーマン戦車の残骸)

続いて再び海岸のほうへ向かう。

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で・・・この先に何があるかというと・・・「水際陣地跡」

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「ほら、あそこにあるでしょ?」って言われたってわからない・・・(大笑)
望遠で撮影してみる・・・

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これで、分かったかな?(笑)
さらに近づけば・・・・

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これで分かったでしょ?(大笑)
珊瑚礁の岩を利用し、コンクリートで造られた四角い銃眼・・・・
向いている方向が、こちらということは、上陸する米軍を横から銃撃する為に造られたからである。
これが有効な造り方である。
海のほうからでは見えない・・・・
上陸間際に横から銃撃されて初めて気付くことになる。
が・・・・残念ながら、ここには米軍は上陸しなかったようである。(残念!)
あのトーチカの裏側に行って見たいが・・・・残念ながら、ここから”見学”して移動となる。
こういうところが団体行動の辛さである・・・・(涙)

さらに車で10分程度走り・・・・
再び海岸へ・・・・

111_convert_20141106151019.jpg

着いたのは「レッドビーチ」と呼ばれる海岸・・・
ここが米軍の上陸地点。
「オレンジビーチ」と違って砂の色は白い・・・なのに・・・「レッドビーチ」(大笑)

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この海岸に米軍の水陸両用トラックの残骸が4~5台放置されていた。
日本軍の攻撃で破壊されて放置されたものではなかろうか?
これらの車両はLVTと呼ばれている。
LVTとは、ランディング・ヴィークル・トラックの略で、「アムトラック」とか「アリゲーター」とか呼ばれていたと思う。
もう、錆びてボロボロの状態で、元の形がさっぱりわからない・・・

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こういうのが何台も海の向こうからドドドッとやってくるんだからねぇ~
想像しただけで、あ~いやだ、いやだ・・・・(汗)
拙者が守備兵だったら・・・さっさと逃げ出すだろうなぁ~(大汗)

この島を守っていたのは宇都宮の歩兵第59連隊である。
当初は1個連隊が守備についていたが、ペリリュー島の防衛に兵力を割いた為、パラオ本島の防衛が手薄になってしまった。
よって・・・連隊は1個大隊のみをここに残してパラオ本島に移動。
このため、この島を守る兵力は第59連隊第1大隊の約1250名だけとなる。
これに対して、上陸してきた米軍は第81歩兵師団の約2万1000名!
ん?・・・桁違いである・・・・(大汗)
敵の20分の1に近い僅かな兵力でこの島を守ろうっていうんだから悲壮である・・・・

次に向かったのは・・・・米軍機の残骸のある場所・・・(笑)
う~ん・・・・プロペラだけ?(汗)

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米陸軍航空隊のB-24爆撃機のプロペラかな?
機体の残骸もあるようだが、草の中に埋もれていて、よくわからない・・・・
まぁ・・・米軍の残骸だから・・・・拙者は関心はない・・・(大笑)
さらに移動する・・・・

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飛行場の滑走路跡を横切る・・・・
この滑走路は日本軍が造ったものではない。
このアンガウル島には、飛行場建設の適地があるので、日本軍もここに兵を置いたのだろうが、実際の建設には至っていない。
米軍も同じことを考えていたようで・・・・
ここに飛行場用地として適した場所があるので攻めたようである。
で・・・この島を攻略後、この滑走路を造ったのである。

次に向かったのは、「ブルービーチ」と呼ばれる海岸・・・・
ここも米軍が上陸した海岸である。
米軍は「レッドビーチ」と「ブルービーチ」の2つの海岸から上陸している。

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海岸は、台風の被害で荒れていた・・・(唖然)

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真ん中に川のような水溜りがあるのは、台風で海から砂(主に珊瑚の欠片だと思うが)が押し寄せ、海岸線に自然の堤防が出来てしまったためだと思われる。
海水が、真ん中に閉じ込められた格好となっている・・・・
ということは・・・本来の海岸線は拙者の足元あたりまでということになるか・・・
日本では海岸の砂が海に流れてしまい、浜辺が狭くなっているというのに、こちらでは台風が来ると浜辺が広くなってしまうのか?(笑)
うらやましい限りであるが・・・・(大笑)
戦跡としては、海岸線が変形してしまうので、ちょっとマズイかな?(苦笑)

146_convert_20141106203348.jpg (米軍の残骸)

時刻は午後1時半を過ぎた・・・・腹ペコである!
ようやく仕出し弁当の昼食にありつけたが・・・・
あまりの空腹感で慌てて食べてしまったため、うっかり写真を撮るのを忘れてしまった!(大泣)
この島には宿泊施設はないらしい・・・
ということは、レストランなどというものもないということになるか・・・
コロール島からボートに乗せてきた「仕出し弁当」が我々の昼食である。
これが結構、おいしい・・・(喜)

151_convert_20141107105407.jpg (完食!)

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昼食を食べた場所は「シニア自然センター」という場所・・・・
多分、そのセンターが昔あったという「跡地」だと思うんだけど・・・
まさか、この柱と屋根しかない“建物”が「センター」というわけはあるまい?(大笑)
しかし、その「シニア自然センター」って何だ?
話を聞くのを忘れた・・・・(大笑)

ここで昼食後の休憩時間がある程度あったので、目の前の海岸に一人で行ってみる。

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う~ん・・・・ここで昼寝がしたい・・・・(笑)

時刻は午後2時15分・・・・再び戦跡めぐりに出発する。

で・・・向かったのは、別の海岸にある日本軍のトーチカ・・・・
もう、どこをどう走っているのかわからない。(笑)

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車から降りて、海岸に出て、しばらく歩く・・・・
と・・・海岸に四角いコンクリートが・・・・
これが日本軍のトーチカ・・・・
台風でやられたのだろうか?
かなり砂に埋まってしまっているが・・・・(汗)

160_convert_20141107130117.jpg 161_convert_20141107130215.jpg

コンクリートで舗装された道路・・・たぶん、これが、この島のメインストリートだと思うが・・・
ここを走って次に向かう。

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到着したのは、アンガウル小学校・・・・
ここは、歩兵第59連隊の江口連隊長の官舎があった場所である。
まぁ、小学校の建物が、当時の官舎という訳ではあるまいが・・・(笑)

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次に再び滑走路へ・・・・
どこをどう走ったんだ?(笑)
添乗員さんから「どうしましょうか?」との声があり、すかさず「一旦降りて写真でも撮ったら?」と言わせてもらう。(大笑)

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滑走路の長さは2100メートルだと言う・・・
米軍の爆撃機用滑走路である。

これで、島内の戦跡めぐりは終了・・・・
島には日本軍の慰霊碑がいくつもあったそうだが、台風と高波で破壊され消失したという。(涙)

午後3時20分・・・・港に到着・・・
ここで数分間のトイレ休憩・・・・

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港に残る赤錆びた金属は・・・・戦時中の残骸か?
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旅行 | 11:47:29 | Comments(0)
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