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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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今日は何の日?
淡路島在住の、我が戦友会の副会長の“イズミヤさん”から突然お電話がかかってきた・・・(大汗)
一体何事かと思ったら・・・・
「今日は何の日か知ってるか?」との問い・・・
「さぁ~・・・・なんでしょう?」
「俺がね、フィリピンのリンガエン湾に上陸した記念の日!」とおっしゃる。
「はぁ・・・・」(唖然)

御歳95歳・・・・
晩酌に缶ビールを2本飲んだそうで・・・・酔った勢いで電話をかけてきたようである。
「フィリピンって言っても誰もピンとこないしさ・・・リンガエン湾って言っても誰も知らないんだよね。あんたならわかると思ってさ・・・」
「はい、リンガエン湾には行った事がありますよ」
「そうだろ!そうじゃないかと思ってさぁ~それで電話をね・・・」(喜)

“イズミヤさん”の部隊・・・機動砲兵第2連隊は、大戦末期のフィリピン防衛のため満州からフィリピンに派遣された。
氏は、母親一人、子一人の母子家庭だったそうで・・・・
千葉の四街道にある野砲兵学校を卒業後、ただちにフィリピンに派遣されることになった。
この時、上官が「フィリピンへ行ったら、まず生きて帰って来ることは無理だから、母親に会って来い」と卒業式前に特別に“卒業”させてもらったそうである。
で・・・淡路島へ行き母親に最後の別れを告げ、門司港へ向かってフィリピン派遣の仲間と合流したという。
この温情をかけてくれた上官も一緒にフィリピンへ派遣されたそうだが、残念ながら後に戦死されている。
“イズミヤさん”は、70年前の今日、フィリピンのリンガエン湾に上陸したのである。
今日はめでたい記念日!!
のはずが・・・誰も・・・知らない・・・・興味も無い・・・・(笑)
それじゃ、寂しいよなぁ~(汗)
で・・・・拙者に“白羽の矢”が・・・・(大笑)

“イズミヤさん”は、まもなく「連絡将校」に選ばれて、部隊から離れ師団司令部に派遣されることになった。
そのことが運命を分ける結果となる。
米軍が上陸後、まもなく部隊は全滅・・・
”イズミヤさん”は生き残り・・・・そして生還・・・・

しかし、不思議なことに、氏は生き残った日よりフィリピンに上陸した日のほうが嬉しいご様子。(笑)
「記念日なんだぁ~」を連発する。(大笑)
戦時中のことをわかって、一緒に“盛り上がる”人がいないというのは寂しいらしい・・・・
が・・・
戦後生まれの拙者が当時の話が通じるというのは、おかしな話しだと思うが・・・・
まぁ、いいか・・・・(大笑)

かなり“出来上がっている”ようで・・・・
大いに語り、上機嫌で電話が切れた・・・・(大笑)
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日記 | 22:28:52 | Comments(0)
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