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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ジョホールバル日本人墓地に行く
午前8時、ホテルをチェックアウト・・・・

まず最初に向かったのは、『ジョホールバル日本人墓地』・・・・

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ここは、戦後、荒れ果ててジャングル化していたそうであるが、その後、現地の日本人会の手によって整備され、現在も管理されているそうである。

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ここに、一つの石碑が横たわっている・・・・
山下奉文の筆になる『ジョホール水道敵前渡過戦跡記念碑』である。
ジョホールバルの海岸のどこかに建てられていたものが、戦後、ここに運び込まれて“遺棄”されたのではなかろうか?
碑の割れ目から木が生えている・・・・あらら・・・である。(唖然)

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左端の碑は、個人の顕彰碑のようである。
旧小田原藩士、慶應義塾出身で、「南洋護謨株式会社」という会社を起こし、この地で活躍した岡本貞烋という人を偲ぶ顕彰碑のようである。
「護謨」というのは「ゴム」のことを指す漢字なので、今風の言い方ならば「南洋ゴム株式会社」となるか?(笑)
密林を開拓し、ゴム園の開発に当っていたらしい。
碑は大正4年6月に貴族院議員で慶應義塾の塾長でもある鎌田栄吉の撰文で建立されたようである。
岡本氏は昨年9月に62歳で“長逝”したと書かれているから、岡本氏は大正3年9月に亡くなったのだろう。
ちなみに、鎌田栄吉氏は明治31年から大正11年までの約25年間、慶應義塾の塾長を務めた方で、塾長退任後の大正11年6月に文部大臣に就任している。
その後、昭和9年に78歳でお亡くなりになっている。
中央の碑は、「招魂碑」・・・・特に碑文の記載はない。
右端の碑(ちょっと見づらい)は、元帥陸軍大将・川村景明の書になる「招魂碑」である。
川村景明という人は日露戦争で活躍した日本陸軍の軍人である。
日露戦争と言えば・・・・第3軍の乃木希典司令官が有名であるが、これとは別に「鴨緑江軍」というのが編成されて、川村景明が司令官となった。
鴨緑江軍は、他の参加部隊と比べると、イマイチの部隊だったらしいが、川村司令官は草鞋姿で前線に赴き、兵士達に気さくに声をかけ、鼓舞したという逸話で有名・・・・
そのおかげかもしれないが・・・奉天会戦では、この部隊は大活躍をしたといわれている。
川村元帥は大正15年に76歳でお亡くなりになっている。

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左端の碑は『無名日本人之墓』・・・・
中央の碑には『土神』と刻まれている・・・・これは墓ではなさそうである。
土の神を祀った碑ということかな?(笑)
右端のものは、碑文が削られたのか、磨耗したのか、よく読めない・・・

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それが、この碑であるが・・・・
上のほうに二行にわたって何か彫られているが、全く読めない・・・
これは拓本でも取らねば、判読不可能か?
下には「自爆の地」と彫られている。
“自爆”とは、穏やかな話ではない・・・・(汗)
上に書かれている二行は、人名か?
碑の裏を見てみると「昭和十七年一月十七日」とわずかに読める。
その脇に二行にわたって何か刻まれているが、これも全く判読できない。
さて・・・昭和17年1月17日に誰が何で自爆したというのだろうか?
日本軍がジョホールバルに進出したのは、1月の末頃であるから、「自爆」はそれ以前の出来事ということになる。
気になる石碑である・・・・

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『倶会一處』と刻まれた碑があった・・・・
裏の碑文は・・・・


祖国に帰る夢叶わずに、此処に眠る先達の刻苦を偲び、マレイシアの発展及び、日 マ 親善・友好の為に尽力されたそのご遺志を受け継ぐことを誓い、鎮魂の碑を建立いたします。どうぞ安らかにお眠り下さい。
1994年5月
在マレイシア日本国大使館
ジョホール日本人会



「倶会一處(処)」(くえいっしょ)というのは、浄土真宗の教えの一つの言葉ではないかと思うのだが・・・
その碑に日本大使館の名が刻まれているというのは、ちょっと違和感を感じるんですけど・・・
「政教分離」に反しているんじゃなかろうか?(汗)
ケチを付けるようで申し訳ないですけど・・・いいのかなぁ~・・・これ・・・・

ここで30分ほど過ごし、次に海岸へ向う・・・・

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海岸沿いの道路に架かる歩道橋に上り、ここから対岸のシンガポールを見ながら“イズミ教官”の説明を聞く・・・
といっても・・・この位置から拙者は写真を撮っているので、当然、拙者は“イズミ教官”の戦史の説明は聞いていない。(大涙)
毎度のことですが・・・・(大笑)
全員が一点に集中してしまうと、周囲に気を配る人が皆無となってしまうのである。(笑)
というわけで・・・・拙者は勝手に一人、周囲を“警戒”する任に就くのである。(笑)
だから・・・説明を聞き逃してしまうのである。(大涙)

シンガポールは、ジョホール水道によってマレー半島から分断された東西約42キロ、南北約20キロの島である。
英軍は、ここに10年の歳月と多額の費用をかけて要塞を建設した。(昭和13年2月に完成)
なぜならば、ヨーロッパからアジアへ向う航路は、このシンガポールを軸としていたからである。
シンガポールは東洋を支配する英国の大動脈なのである。
当然、この島の守りは堅い・・・・
が・・・要塞の砲は、海からの攻撃を想定して、その多くは外洋に向けて設置されている。
そこで、日本軍は、その裏をかき、マレーシア半島を縦断して、いわば裏口から攻撃をかける作戦としたわけである。

マレー半島とシンガポールは、1本の陸橋で繋がっているだけである。
英軍はマレー半島から撤退を完了した1月31日に、この陸橋を爆破して日本軍の利用を妨げた。
おかげで、シンガポール攻略には、この陸橋を使うことが出来なくなった。
ジョホール水道は、幅600~1000メートルの水道であるが、ここを舟艇で渡って上陸するという作戦を取ることになる。

この攻撃に参加するのは、近衛師団、第5師団、遅れて到着した第18師団の3個師団である。
シンガポールの東側(こちらから見ると左手)に、セレター軍港があり、英軍は日本軍はそちらに直接攻撃をかけてくるのではないかと思っていたようである。
日本軍としては、そう思わせておく“欺瞞工作”“陽動作戦”を行なった。
荷物を乗せていない空のトラックなどをヘッドライトを煌々と点けてジョホールバルの東に向けて走らせるのである。
で・・・・帰りは、ヘッドライトを消して、引き返し、再びUターンして東に走る・・・(笑)
向うから見ると、大部隊が続々と東に向かっているように見えるわけで・・・・
ジョホールバルの東側海岸から上陸してくるだろうと思わせるのである。
実際、小部隊が渡過して、敵の目をこちらに向けるよう陽動している。

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歩道橋から左側(東方向)を見る。
向うの方角で陽動作戦が行なわれた。

で・・・・実際は、ジョホール水道の破壊された陸橋の、こちら側・・・・
つまり、西側の海岸からシンガポールに向け渡過するのである。

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近衛師団が渡過をしたのは、この歩道橋のある辺りからか?
海岸線も道路が走り、かなり当時とは変わってしまっているだろう。
渡過の戦跡は何も残っていない。

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歩道橋から右のほう(西の方角)を見る・・・・
近衛師団の向うに、第15師団が・・・・そしてそのず~っと向うに第18師団が渡過のため待機していた。

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真正面・・・・船の向うに見えるのがシンガポールである。
当時、あの辺りは密林と湿地帯だった。
こうして見てみると、対岸への距離は、それほど遠いとは感じられない。
結構、近くに見える・・・・(笑)
こちらから向うへ渡って上陸するのは簡単そうに見えるが、向こう側は湿地帯・・・・
当時は、上陸してから後の移動に困難をきたすと思われていた。
というわけで、英軍も、まさか、こちらの岸に上陸するとは思っていなかっただろう。
いくらかの小部隊が来るとしても、主力の大部隊が上陸をするとは思っていなかっただろう。
英軍も全く何もしていなかったわけではなく、とりあえず野戦部隊を、あの辺りには配置していたようである。

この水道を、日本軍は折畳みの舟艇に乗り込んで、向うに向かって突進したのか・・・・
映画のワンシーンのように、その姿が頭に浮かぶ・・・・

時刻は午前9時45分・・・・
これからシンガポールに向かう。
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旅行 | 09:11:40 | Comments(0)
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