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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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スリムの戦跡
トロラクに夜襲をかけたときの島田戦車隊の戦車は15両・・・
攻略後、戦車隊単独でスリムに向けて突撃を開始した時の兵力は、九七式中戦車9両と九五式軽戦車2両の11両、兵員は42名のみ・・・

トロラクを出発して間もなく、ゴムの木の林が続いていたようだが・・・・
現在は、ゴムの木の「ゴ」の字も見当たらない・・・(大笑)
このゴムの木の林(プランテーション?)の中に何百という敵の車輌と無数のテント・・・・
敵の歩兵の露営地となっていたという。
この中を戦車隊は戦車砲、車載機銃を撃ちながら蹂躙・・・・
前進、前進、また前進・・・・(笑)

当時は、このゴムの木の林が切れて、その次にジャングルが道路まで迫っている場所があり・・・・
そこを越すと「スリムリバー」という町に着いたらしいが・・・・
う~ん・・・70年以上も経つとねぇ~(大笑)
景色が変わっていて、当時の情報は何の役にもたたないか・・・(苦笑)

まもなく、「スリムリバー」らしき町に入るが・・・・
どうもおかしい・・・・拙者の勘がそう言うのである。(笑)
昔の略図では、T字路のような場所に町があったはずだが・・・
国道を外れ、旧道らしき道を走る・・・・
と・・・・それらしき地点に・・・・

226_convert_20140815150137.jpg

このあたりにスリムリバーの町があったそうだが・・・
今は何もない!
家がポツンポツンとあるくらいで、集落すら形作っていない・・・・
70年以上も経っているからなぁ~(汗)
国道1号線沿いのほうに町が移動してしまったのではなかろうか?
このスリムリバーの町の洋館に英軍の司令部が置かれていたというのだが・・・
洋館??・・・・そんなもの欠片すら見当たらない・・・・(笑)
トロラクからスリムリバーまでは、英印軍第3師団の第12旅団が防衛を担当していた。
この部隊はカンパル付近の戦闘にも参加していた部隊で、ここまで後退して防衛線を敷いていたようである。

ここから、さらに「スリム」に向うが・・・・
スリムリバーから左折して(つまり、東に向って)旧道を進む。
国道1号線は真っ直ぐ南に伸びているが、昔の道は、一度、東に向けて延び、グルっと回りこんで、また現在の国道1号線に繋がっているから、スリムリバーから旧道の合流地点までは、国道1号線は、いわゆるバイパスということになるか?

島田戦車隊は、時速30キロで突進する。
昨晩の夜間の攻撃の時はエンジン音を抑えるため、時速4キロから8キロである。
時速30キロで突っ走り、ゴム園の中に敵を見つければ戦車砲で射撃する。
敵の大砲がゴム林の中にあるのを見つけて戦車砲で攻撃しても、その大砲の数があまりに多すぎてキリがない・・・・
弾がもったいないから、ついには戦車で敵の大砲を踏み潰しながら走ったという。
戦車隊は休むことなく走り続けたのでエンジンの熱風で車内は40度を越していたというから、乗員も大変だったろう。

我々のバスは、スリムリバーから約10分ほど走ったところでスリムの集落に到着した。

227_convert_20140815162104.jpg 236_convert_20140815162239.jpg

ここが、スリムの町があった場所らしいが・・・・小さな集落である。
戦後、幹線道路から離れてしまったので廃れてしまったのか?

228_convert_20140815174353.jpg(警察署)

「バライ・ポリス・スリム・ビレッジ」という看板がかかっているので、ここがスリムで間違いない。
ちなみに「バライ・ポリス」とは日本語で「警察署」のこと。
ビレッジというのには少々違和感があるが・・・・(笑)
なにせ、ここには英印軍第3師団の第28旅団が守備についていたのである。
ここでの戦闘について日本側の戦史では「スリムの殲滅戦」という言葉も使われている。
「殲滅戦」というくらいなんだから、相当の大戦闘が展開されたのだと思うのだが・・・・
う~ん・・・・この景色じゃ、当時の様子を想像することも出来ない。
村ねぇ~・・・・そこそこの大きい町だとばかり思っていたのだが・・・(笑)

230_convert_20140815174625.jpg

その昔、この警察署の向かい側に、「第二次世界大戦の史跡の説明看板」があったという。
何年か前に、添乗員の“アサダさん”がここに来た時に見たというのだが・・・・
いつの間にか、その説明看板は取り外されていて、設置枠だけが残されていた。
ここで日英の戦闘があったという現地マレーシアが設置した「歴史的な場所」を説明する史跡の説明板だったそうだが、どこのどいつが撤去したのやら・・・
反日華僑か?(笑)

235_convert_20140815181158.jpg 

234_convert_20140815181038.jpg

このスリムに架かる橋・・・・
多分、これが「スリム橋」だと思うが、この橋が英軍の手で爆破される前に、無事に戦車隊によって確保された。
戦史では「北橋」と「南橋」との記述が見られる。
この橋は、「北橋」ではないかと思う。

戦車隊に損害がなかったわけではない・・・・
「南橋」では佐藤小隊の小隊長車が真正面から敵の砲弾を喰らって犠牲になっている。
車内は血と肉片だけが残り、乗員は粉々に吹き飛んでいたという。
形を留めていたのは、機銃の引き金に長谷兵長の右手部分がぶら下がり、操縦席にはアクセルを踏んだ状態の飯田兵長の右足が残っていただけだったという。
戦車が直撃弾を喰らうと、こういう状態になるらしい・・・・(大汗)

多分、その「南橋」というのは、この先にあるのだろうが、我々は、ここでUターンして、国道1号線に戻る。

239_convert_20140815184958.jpg 241_convert_20140815185413.jpg

244_convert_20140815185715.jpg 249_convert_20140815185954.jpg

バスの後部から後ろ向きに写真を撮ったので・・・・(笑)
こちらから向うに向って戦車隊は進んだということになる。
この道をねぇ~
我が戦車第6連隊が突き進んだんだよねぇ~

我が歩兵部隊はスリムリバーに於いて、歩兵第11連隊が歩兵第42連隊を超越して前進し、スリムに向った島田戦車隊の後を追った。
第5師団は、全縦深約30kmを、わずか一昼夜で突破し、スリムリバーやスリムに陣取っていた約3千名の英軍に壊滅的な打撃を与えた。

252_convert_20140815191122.jpg

この丘などは、英軍が陣地を構えるにには最適なような気がする・・・・

英軍側の記録では、この一連の戦闘での残存兵力は1,170名だったという。
日本側の記録では、敵の遺棄死体は約300名、捕虜は約1,000名・・・・
自動貨車(トラック)600台、装甲車84輌、その他各種砲など大量の兵器を鹵獲している。

国道1号線に戻り、我がツアーは、一気にクアラルンプールに向けて“進撃”する。
時刻は午前11時半を過ぎた・・・・
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旅行 | 16:53:02 | Comments(0)
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