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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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正木檪蔭事績碑
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(東京都足立区・氷川神社)

正木檪蔭事績碑(まさきれきいんじせきひ)

宝暦元年(1751)に千住宿で開塾した「群雀堂(ぐんじゃくどう)」の二代目塾主、正木大助の生涯についての碑である。
父昌房が千住に居住し、地域の子供たちの教育を行うようになった由来を記している。
その末子として宝暦12年(1762)元旦に生まれた大助は幼いころから学問に秀で、12歳にて塾主を継ぎ、母や姉の死や貧苦を乗り越えてますます勉学に力を入れ、これを慕って学ぶものが日に百人余りを越えていたということや、66歳で剃髪した後も、多くの人々の尊敬を受け清白とした生活を送っていた様子などが述べられている。
大助は天保12年(1841)12月、80歳にして死去するが、死去間近には幕府代官中村八太夫が、その評判を聞いて見舞い、大助の死後、老妻は扶持米を支給され、息子建には銀五錠の褒章が与えられたことも記されている。
この事績碑は、塾主三代目を継いだ息子正木建の撰文によるもので、嘉永5年(1852)に建立されたものである。
寺子屋教育の様子を物語る貴重な資料である。
平成2年1月、足立区有形文化財に登録された。

平成7年3月
東京都足立区教育委員会

(説明板より)

正木檪蔭事績碑
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史跡 | 15:15:57 | Trackback(0) | Comments(0)
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