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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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カウラ捕虜収容所跡に行く
時刻は10時半過ぎ・・・・
「カウラ捕虜収容所跡」へ向う。

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捕虜収容所跡には、当時の監視哨のタワーを模したモニュメントが建っている。

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現地には英文と日本文の説明板があった。



【説明板】

カウラ(Cowra)第12戦争捕虜収容所(跡)

太平洋戦争中、捕虜となった日本軍の将校、兵士がこのカウラ(Cawra)第12戦争捕虜収容所に集められた。
その数は次第に増え、1944年(昭和19年)に1,104名にのぼった。
彼らは、ダーウィン爆撃の際に撃墜された日本海軍の飛行兵やニューギニアほか太平洋戦線の各地で戦った将兵たちであった。

この年の8月5日午前1時50分、900名を超える日本兵が集団で脱走(ブレークアウト)を図った。
彼らは、宿舎に火を放った後、食事用のナイフ、野球のバット、毛布などを手に、鉄条網に向って突進したが、すぐさま衛兵の機関銃やライフル銃による攻撃を受け、多くが死傷した。
かろうじて収容所外に脱出できた者も程なく全員が捕らえられた。
事態の収拾にあたったオーストラリア兵にも犠牲者が出た。
日本兵の死者は231名、負傷者は108名を数え、負傷者のうち3名もまもなく亡くなった。
オーストラリア兵は死者4名、負傷者4名であった。
死亡した日本兵は、カウラ戦没者墓地に手厚く葬られ、その墓はその後カウラ復員軍人連盟(RSL)の管理に委ねられた。

1964年(昭和39年)日本政府の出資とカウラ市の全面協力を得て、「由良 滋」氏設計による日本人戦没者霊園が建設された。(北東へ約2km)。
戦時中のオーストラリアで亡くなった民間人・軍属の遺体もカウラに運ばれ、ともにこの霊園に埋葬された。
また、1986年(昭和61年)には「中島 健」氏の設計による日本庭園と日本文化センター(南へ約2km)が完成した。
カウラは恩讐を超えて、日豪親善と平和のシンボルの町として、今日に至っている。

ブレークアウトから60年となる今日、ここを訪れる日本人の方々のご参考に供すべくシドニー在住日本人有志によりこの案内を設けるものである。

2004年8月
シドニー日本人会
シドニー日本商工会議所
シドニー日本クラブ

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収容所に到着した日本兵が衣類を支給されているところ
(1944年7月1日)
オーストラリア戦争記念館提供


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収容所跡は、今は何もない野原・・・・

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建物の基礎部分があちこちに点在していたが、どうも各キャンプの管理棟跡のようである。

286_convert_20140613233611.jpg (日本兵の収容キャンプ跡)

彼らが行ったのは、「脱走」と言っても、その後のことは全く考えていない。
単なる暴動であると拙者は思うのである。
鉄条網に向って走り、銃で撃たれて死ぬ事が目的・・・・
ところが、「生きて虜囚の辱めを受けず」という言葉を持ち出して、散々扇動した人間が、結構生き残っている。
煽るだけ煽っておきながら、自分は結局、弾が当らぬように隠れていたということだろう。
事件後、仲間から責められて、発狂した挙句、自殺した者もいたようだが・・・
こういうところが、日本人の「弱いところ」ではないかという気がしてならない。
威勢のいいことを言う割には、イザとなったら・・・・というのは、昔も今も変わりない・・・
声が大きい奴に引きずられてしまうという体質・・・・これも人間の弱さか?
拙者は人一倍「諦めが早い男」なので・・・・(苦笑)・・・・ついつい、こう考えてしまうのだが・・・
捕虜になっちゃったんだから仕方がないんじゃない?
今さら、「虜囚の辱めを受けず」でもあるまい・・・・
それなら、捕虜になる前に自決すべきであって、捕虜になった時点ですでに「生きて虜囚の辱めを受けて」いるのである。
つまりは、既に手遅れなのである。(笑)
今さら「死ぬべきだ」は完全に時機を逸している。
にもかかわらず、「死ぬべきだ」と散々煽っておきながら、自分は生き残り、戦後も生き長らえた連中がいるのである。
どんな理由があっても、許されることではあるまい。
こういう「卑怯者」は、戦後、責任を取って自殺すべきではなかったか?(怒)
扇動しておきながら、生き延びるとは、捕虜になるより恥ずかしいことではあるまいか?
これを、すべて「戦陣訓」や「軍国主義」のせいにして良いものだろうか?
こういう「卑怯者」は今も昔も、どこにでもいるような気がしてならない。
人を扇動する連中というのは、最終的には責任は取らないという気がする・・・
福島の原発事故も同様で・・・・
散々、原発の危険を煽る連中がいる。
誰も放射能を浴びて死んだわけでもないのに・・・・
「被害者意識」を前面に出して、それを“売り”にしている連中がいる・・・・
日本人の弱さは、そういうものに乗ってしまうような「集団心理」「集団パニック」に陥り易いところか?(苦笑)
日本人を殺すには武器はいらぬ・・・・パニックを起こさせれば自ら死んでくれる・・・
暴動を起こしたのは900名ほどいたらしいが、死傷者は300名程度である。
ということは・・・半分以上の人達は、とりあえず暴動には加わったふりをして、実際には弾が飛んでこない場所に隠れていたということだろう・・・・
それなら最初から暴動に反対すればいいものを・・・・
他人の目を気にして、自分の意見を言わない・・・自ら思考を停止させてしまう・・・・
「長いものに巻かれる」のを好む体質か?(笑)
こういうところが、日本人の弱いところではなかろうか?
いや、「人間」の弱いところかもしれない・・・・
今も昔も変らない・・・・軍国主義など関係ない・・・・
「日本人」とは何か・・・を考えるにはいい場所である。

一番かわいそうなのは、この暴動で殺されたオーストラリア兵であろう。
捕虜達にはかなりの自由を与えて優遇していたらしい。
虐待でもしていたというなら話は別だが、実際はその逆である。
にもかかわらず「集団パニック」に陥った愚かな日本人に襲われたのだからかわいそうである。
暴動を起こして死んだ連中はかわいそうでもなんでもない・・・自業自得だと拙者は思うのである。
誰のせいでもない・・・・扇動に乗った自分が悪いのである。

いろいろ考えているうち、アホらしくなって、近くの東屋で一人佇んでいたら・・・・
一人のオーストラリア人の老人から声をかけられた・・・
が・・・この人の英語・・・・まったく聞き取れない!!(汗)
オーストラリアなまりが強いと言うか何と言うか・・・・
英語を話しているんだろうが・・・(大笑)
チンプンカンプンである。(大涙)
マイッタァ~
適当にあしらったが・・・・結局、このご老人・・・何が言いたかったのか全くわからず仕舞いで、握手をして別れる。(大笑)

続いて向かったのは、「日本庭園」・・・・・
ここで昼食とのこと・・・・

昼食までの時間があるので、庭園内を各自で見学することとなる。
時刻は午前11時20分・・・・

294_convert_20140614125737.jpg (日本庭園の入口)

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植物を見るのは嫌いではないが・・・・
あまり時間がありすぎると暇をもてあます・・・・(笑)

ちょうど、ピョンピョン跳ね回っている鳥を見つけたので、暇つぶしに追い掛け回してみる。(大笑)

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ピョンピョン跳ね回るので、写真に収めるのに苦労をしたが・・・可愛い鳥である。
何という名前の鳥なのかは知らないけど・・・・(笑)

ちょうどお昼になり、日本庭園内のレストランで昼食!
で・・・・出てきたのは・・・・

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またもや、「フィッシュ・アンド・チップス」である!(大笑)
オーストラリアは、どんな食文化なんだ?
これしかないのか?・・・・食い物は・・・・(大笑)
案の定・・・・昼食は、これだけだった・・・・
不思議である・・・・
これっぽっちの食事なのに、どうしてオーストラリア人は太っているのだ?(大笑)

時刻は1時を過ぎた・・・・

日本庭園に別れを告げ、近くの高台からカウラの町を見る。
あらぁ~・・・・思ったより小さな町で・・・・
周囲は草原(?)・・・・・ちょっと寂しい感じもするが、のどかな風景・・・・

こういう田舎だから収容所が造れたのだろうから、田舎町なのは当然か・・・・(笑)

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旅行 | 18:56:02 | Comments(0)
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