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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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シドニー湾
続いて向かったのが・・・・シドニー湾!(喜)
日本の特殊潜航艇が特別攻撃(特攻)をかけた場所である。

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フェリー4番乗り場から、フェリーに乗って「ガーデンアイランド」にある「オーストラリア海軍記念館」に向う。
外は雨・・・・
写真の撮りようもないので、大人しく船室の座席に座る・・・・(涙)

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ここは海軍の敷地だそうで、この中に「記念館」がある。
午前10時過ぎに到着・・・・
この記念館(ヘリテージセンター)は入館料が無料のエリアと有料のエリアに別れていて、この無料のエリアに「特殊潜航艇」の残骸が展示されていた。

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昭和17年5月31日、伊号潜水艦に乗せられてオーストラリアまで来た3隻の特殊潜航艇が、ここシドニー湾に侵入した。
湾の外で伊号潜水艦から発進した特殊潜航艇は「中馬艇」「松尾艇」「伴艇」の3隻。
ここに展示されている残骸は、そのうちの「松尾艇」の司令塔部分である。
松尾艇の搭乗員は、松尾敬宇大尉と都竹正雄二等兵曹の2名。
オーストラリア海軍に発見され、爆雷攻撃を受け、沈没・・・・
戦闘後に引き揚げられた特殊潜航艇の中で、松尾大尉、都竹二等兵曹の2人は拳銃自殺をしていた。
この残骸部分が、彼らが自決した、まさしくその場所なのである!

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船体は真円にはなっていない・・・歪んでいる・・・・
爆雷攻撃の激しさを物語っているといっていいだろう。

彼ら2人の遺体を収容後、オーストラリア海軍は中馬艇の乗員の遺体と合わせて4名に対し丁寧に海軍葬を行い、日本に送還した。
この時に、国内からは敵国の軍人に対して、海軍葬などはもってのほかという非難の声もあったようだが・・・
同じ海軍軍人として、敵ながら天晴れとの敬意があったそうで・・・
また、日本の捕虜になっているオーストラリア軍人に対して不当な扱いをされないように・・・との思惑もあったらしい。

この入館料無料のエリアは喫茶にもなっている。
他の参加者は早々と有料エリアの資料館見学に向ったが、拙者はもう少しここにいたい・・・(笑)
というわけで・・・一人、ここでコーヒーを飲んで一息つくことにする。(大笑)

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今から3年前・・・・
拙者は熊本県へ行った・・・
この時に菊池神社に松尾敬宇大尉の銅像があると聞いていたので、その写真を撮りに菊池に立ち寄ったのである。
神社の中の資料館(宝物館?)には、松尾大尉の遺品なども展示されていた。
その時に、いつかはシドニー湾を訪れたいと思っていたのだが、こんなに早く訪問できるとはねぇ~
そして、今、拙者の目の前には松尾大尉の特殊潜航艇があるのである!
あ~感無量である・・・・

続いて有料エリア内の資料館を見学する。

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ここには特殊潜航艇の部品も展示されていた。
部品には当時のタグが取り付けられていて、どうやらこれら特殊潜航艇の部品を販売して寄付を募っていたらしい。
あらら・・・であるが・・・・
日本では鍋や釜を供出していたんだから、戦争になるとどこでも同じようなものか・・・

見学を終えて、外に出る。
皆さんはもう外にいて暇をもてあましている様子・・・・

我々が乗ってきたフェリーには、お客は我々ぐらいしか乗っていなかったが、一人、インド人の女の子が乗っていた。
彼女も「海軍記念館」を見学に来たようで・・・・
ちょっと話をしてみたら、親戚がシドニーに住んでいるので、それを頼って遊びに来ているという。
「海軍に興味があるのか?」と尋ねてみたら、そうじゃないらしい・・・
今日は暇なので、どこかを観光をしようと思ってやって来たのだという。
彼女が住んでいるのはインドのムンバイとのこと・・・・
「ムンバイ」と聞いて、“ミヤザキさん”がやってきた!(笑)
「ムンバイ?ムンバイには行ったことあるよ!」(笑)
“ミヤザキさん”は若い頃、ベトナム戦争中、現地に行って取材していたということをおっしゃっていた。
結構外国に行っていたらしく、今でも奥様同伴で海外に行く事があるという。
で・・・話が盛り上がったところで、インド人の女の子のお相手は“ミヤザキさん”にお任せする。(大笑)
“ミヤザキさん”はまもなく70歳になられるだろうが、英語が話せるので、すごいものだと思う。
拙者が70歳になるころは、どうなんだろう?・・・相変わらず英語が話せないままか?(苦笑)

旅先での外国人との出会い、交流というのは楽しいものである。
また、こういうことでお互いの国に親近感をもつというのが、先々の国際関係には大事だと思うのである。
中国人や韓国人のように他国の人に対して横柄な態度を取ってはいけないのである!(大笑)

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シドニー湾・・・・
写真の左のほうから延びる陸地が「ブラッドレー岬(ブラッドリーヘッド)」で、あの岬の向こう側で「松尾艇」が沈没しているのが発見された。
写真中央の奥のほうが湾の入口方向で、向うの方に「防潜網」が設置されていた。
この網は名前のとおり、潜水艦が湾に侵入するのを防ぐための網である。
その網に絡まってしまい、やむなく自爆したのが、中馬兼四大尉と大森猛一等兵曹が乗り込んでいた「中馬艇」である。

ここからでは、いずれにせよ、両艇が沈没した場所は見ることができない・・・・
どこか高台から湾を一望したいところだが・・・・
ツアーだから、そういう自由は利かないのが残念・・・・(涙)

現場に立って見ると、この湾の狭さがよくわかる。
こんな狭い場所に操縦の難しい特殊潜航艇を操縦して侵入したとはねぇ~
やっぱり用法を間違っていたのではあるまいか?
特殊潜航艇は、こんな狭いところに突っ込ませるような兵器ではないのではなかろうかという気がする。

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この湾の中を潜望鏡を上げて、そこから景色を見ながら侵入して行ったのだろうが・・・
とにかく操縦は難しかったようで、波に煽られたりバランスを崩すと船体の一部が海上に飛び出してしまうのだという。
そういうところを見つかってしまったのだろう・・・・
オーストラリア海軍の軍艦に砲撃を受け、さらには爆雷で攻撃をされたのである。

「松尾艇」と「伴艇」は、この写真の中心あたりまでは侵入していたようである。
「松尾艇」はこのあたりで敵艦に見つかり攻撃を受け、Uターンして湾外に脱出する前に、右側の写真に写っている岬の裏あたりで撃沈されたのである。
「伴艇」には伴勝久中尉と芦辺守一等兵曹が乗り組んでおり、この辺りから、拙者の立つ海軍基地に向かい魚雷を発射。
岸壁に停泊中の「クッタバル」という宿泊船を撃沈して、湾外に脱出したが、その後の消息は不明・・・・
2006年になって、湾外のシドニー北部沿岸から5kmほど離れた海底に沈んでいるのが地元のダイバーによって発見されている。
攻撃隊を収容する伊号潜水艦の待つ海域とは全く正反対の場所に沈んでいるということは、ジャイロコンパスが故障したのか、操縦不能だったのか・・・
上手く湾外に脱出できたのに生還できなかったとは・・・・

ちょうど雨も止み始め・・・・ポツリ、ポツリ・・・
これが「涙雨」というなら、ちょうど泣き止んだところか・・・(笑)
海を(湾を)眺めて感無量・・・・
他の人達は、この特殊潜航艇の攻撃に関しては全く興味が無いようで、オシャベリしていて海なんか見ている人はいない・・・・

特殊潜航艇の人達は、どんな思いをして、あのあたりを走行していたのだろう・・・
そう思いながら海を眺めているだけで、拙者は全然飽きないんですけど・・・・(笑)

まもなく帰りのフェリーが来る時間・・・・
フェリー乗り場に戻る。

088_convert_20140526211612.jpg(フェリー)

090_convert_20140526211804.jpg(フェリー乗り場)

雨は完全に上がったので、拙者はデッキに出る。
皆さんは、なぜか船室にこもったまま・・・・(笑)
え?外の景色を撮影しようとか・・・そういう気はないのでしょうか?(大笑)

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フェリーの2階席・・・向うの方(船の前方)に座っているのが我がツアーの面々である。
船内は・・・ガラ~ン!(汗)

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「ガーデンアイランド」とはお別れ・・・・
拙者は、船の後部デッキに出て景色を堪能する!(喜)

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この狭い湾の中で彼らは戦ったんだよなぁ~
この水の下で・・・・・
う~ん・・・・いくら見ていても飽きない・・・・(笑)

このシドニー湾を周遊するような観光フェリーはないものか?
それに乗れば、もっと楽しめるかも・・・・
もっと彼らの戦った海を見ていたいんだけど・・・
一人でシドニーに来るしかないか・・・ツアーじゃダメだな・・・・

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湾の中にポツンと小島が一つある・・・・
こんなところに・・・この島・・・・かなり邪魔な存在だと思うのだが・・・・(笑)
この小島は「フォート・デニソン(デニソン砦)」というらしい。
昔々、100年以上も昔は、囚人の独房として使われていた小島だそうで・・・・
だいたい、オーストラリアっていうのは、イギリスあたりから追い出された犯罪者が居付いた国じゃなかったっけ?(笑)
移民のほとんどが犯罪者?(大笑)
にもかかわらず、さらに、この小島に閉じ込められる囚人って、どんな奴だったんだ?(大笑)
よっぽど悪い奴だったんだろうなぁ~(大笑)
この島は、その後、砦となり、灯台となって、今は博物館になっているとか・・・・
う~ん・・・どんな博物館なのか見て見たいものだ・・・・(笑)

この島が灯台だった頃は・・・
「松尾艇」や「伴艇」は、この灯台の明かりを針路の目印として潜望鏡から見ていたのではなかろうか?
・・・・という気がするが・・・・どうだろうか?

まもなく、港に到着するという頃になって、右手に見たことのある建物が見えてきた。
(針路に対して後ろ向きに立っているので右手となる)

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「オペラハウス」である。
へぇ~・・・・あれがねぇ~・・・・写真で見たことのある、あの有名な「オペラハウス」ねぇ~
賛否両論、好き嫌いはあるとは思いますが・・・(大笑)
「オペラハウス」の写真を見れば、すぐにオーストラリア!ってわかる建物である。
へぇ~・・・・こんなところに建っているんだぁ~(大笑)
日本では、こういう有名な建築物ってあるのだろうか?
外国人が誰でも知っていて・・・一目見て、あ~!日本の・・・ねぇ~っていう建物・・・・
う~ん・・・・姫路城?(大笑)

左手に見えるのは・・・・

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これも「オペラハウス」と並んで有名な「ハーバーブリッジ」である。
向かい合わせになっているから有名になっちゃってるのかもしれないが・・・(笑)
1932年に完成した橋だそうである。
ということは・・・日本では昭和7年・・・・満州国が建国したり、5・15事件で犬養毅が暗殺された年である。
拙者は、あまり橋には興味がないので感動はしないが・・・(笑)
感動する人はするんだろうねぇ~(大笑)
石造りの橋脚はたいしたもんだと思うよ・・・・この部分だけは好きである。(足だけ?)

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ハーバーブリッジとオペラハウスを1枚に収めてみる。(笑)
なんとか出来た・・・(喜)

時刻は11時半・・・・港に到着・・・

船を下りるときにみんなから言われた・・・「あんた、どこにいたの?」「姿が見えないからどうしたのかと思ったよ」等々
「へっ?デッキにいましたけど・・・」と答えたら呆れた顔をされた・・・・なんで?(笑)
不思議なことをする奴だ・・・と言わんばかりの顔である。(大笑)
拙者からすると、船内の椅子に座って外の景色を見ていないほうが不思議なんですけど・・・・(大笑)
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旅行 | 13:15:11 | Comments(0)
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