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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『戦車と戦車戦』
戦車と戦車戦―体験で綴る技術とメカと戦場の真相!戦車と戦車戦―体験で綴る技術とメカと戦場の真相!
(2012/03)
島田 豊作

商品詳細を見る


戦史をかざった日本戦車血戦録
 有名を馳せた第一線指揮官が綴る日本戦車用兵の長所短所
        元戦車6連隊 島田戦車隊長・陸軍少佐 島田豊作
     お粗末を欺く戦車兵
     戦車の宿命を打破した夜間襲撃
     体験から生んだ機甲戦法
     悲運だった機甲師団の最後

未だ書かれざる鋼鉄の機動部隊始末
 知られざる日本戦車隊の編成と機能と戦法
        戦史研究家 水島竜太郎
     戦時中に解散された機甲軍
     ノモンハンの戦訓いかされず
     M4に歯がたたない日本戦車
     機動性を無視した本土決戦案

疾風挺進戦車隊マレー半島縦断記
 わずか1日でジットララインを強行突破した「志」のマークの戦車隊
        当時戦車1連隊3中隊1小隊長・陸軍中尉 寺本 弘
     あるは強行突破のみ
     20万両のお棺
     地獄からの使者と対決
     サンドウイッチのはさみ撃ち
     白昼光に浮きでたわが戦車
     距離300の大激戦

分捕りM3戦車ビルマ戦線での大暴れ
 戦場で作った特型戦車でインパールへ。戦車第14連隊血戦譜
        当時戦車第14連隊材料廠・陸軍大尉 小田信次
     連隊長の新考案
     小山のような敵戦車
     奇妙な戦車隊
     強敵バズーカの出現
     戦車兵魂もむなしく

これだけは必要な強い戦車設計の条件
 戦車設計に敏腕をふるった技術者の告白
        元第4技術研究所員・陸軍中佐 井上道雄
     日本の戦車は優秀だった
     戦車の設計から誕生まで
     エンジンはディーゼルにかぎる
     真に強い戦車はこれだ

戦車はこうすれば走る
 操縦法とその運動能力の実際
        「丸」編集部
     戦車を走らせるには
     戦車の方向転換をさせるには

これが戦車の兵装のすべてだ
 より戦車らしい主砲と機銃と装甲鈑
        「丸」編集部
     主砲
     機関砲
     機関銃
     装甲鈑
     傾斜面の利用

日本の対戦車砲とはこんなものだ
 対戦車火器の権威が綴る四式中戦車搭載砲の威力
        元陸軍技術大佐 沼口匡隆
     37ミリだった初の対戦車砲
     大活躍の一式機動47ミリ砲
     高射砲を自動車にのせる
     成形炸薬弾の出現
     間に合わなかった日本のバズーカ砲
     永遠のシーソーゲーム

世界に誇る九七式戦車の特長と魅力
 九五式から九七式へ。国産戦車あれこれ
        当時三菱重工戦車設計技師 大高繁雄
     抜けアナもある九五式戦車の設備
     花形スターの絢らん豪華なデビューぶり
     中型の理想を貫いた九七式戦車
     非の打ちどころのない完全戦車

動く要塞幻の100トン戦車開発秘話
 巨体なるがゆえに昭和19年には解体スクラップとなった驚異の戦車
        当時三菱重工戦車設計技師 大高繁雄
     日本の頭脳を結集して
     試走路が壊れてテスト不能に

設計者が語る日本戦車の秘密
 100トン戦車&世界一のディーゼル戦車製造の舞台裏
        三菱設計技術陣
     サンプル車上陸す
     血統をほこる国産戦車
     ドイツに惚れられたチハ車
     戦車にあった泣きどころ
     日本戦車の袖珍型
     闇に消えたマンモス戦車

戦車設計と日本の極秘技術
 日本戦車の誕生と技術の全貌
        元陸軍第4研究所長・陸軍中将 原 乙未生
     背水の陣で出発した国産戦車生産の夢
     3トン牽引車から出発した国産戦車
     試作第1号にこめた技術陣の念願
     旧型車より二倍の速度
     名門ルノーと八九式戦車の技術レース
     局地戦に威力をみせたが
     ドイツに先がけた作戦
     世界に先がけてディーゼルエンジンを装備
     高速を誇った九二式重装甲車
     九五式という鉄牛に代わった騎兵
     小型で軽快で威力をもつ軽装甲車
     洗練されたシルエットの九七式中戦車
     目白おしに並んだ精強戦車群
     大口径砲にたくす対戦車戦闘
     つぎつぎ生まれる新案車
     単純化された新設計

日本の戦車ものしり小百科
        「丸」編集部
     日本では戦車をどう区分したか
     戦車の名称のつけ方は
     外国からどんな戦車を輸入したか
     戦車と自走砲とどう違うのか
     日本で最初につくられた戦車は
     日本の戦車が最初に戦ったのは
     太平洋戦争中の戦車の変遷は
     九七式中戦車の戦歴は
     九七式中戦車は全部で何台つくられたか
     中戦車はどんな隊形で戦闘するのか
     戦車の弾丸は何発つむか
     最新型の戦車砲弾薬は
     日本の戦車砲の口径はどう変わったか
     戦車砲はどうやって撃つか
     夜間でも射撃ができるのか
     戦車の装甲はどのように決めるか
     装甲鈑の溶接、リベット、鋳造の違いは
     戦車に搭載したエンジンとは
     戦車は1回の燃料補給でどのくらい走れるのか
     戦車のトン当たり馬力とは
     騎兵が持っていた戦車はなにか
     戦車はどんな無線機を持っているか
     戦車用無線の電源は
     戦車用無線機で電信するときは
     九七式中戦車の製作費はどのくらいか
     九五式軽戦車、八九式中戦車、三式中戦車の制作費は
     戦車はどんな所でつくられたか
     製造工場のうち一番大きなものは
     戦車の中はどのくらい広いか
     車外員とはなにか
     千葉陸軍戦車学校(千戦校)と四平陸軍戦車学校(四戦校)とどう違うのか
     日本に空挺戦車隊があったか
     少年戦車兵学校の制度はいつでき、場所はどこか
     戦車連隊の編成は
     日本でいちばん強力な戦車連隊の編成は
     戦車第1師団の戦車連隊と戦車第4師団の戦車連隊との差違は
     戦車の戦闘による損耗はどのくらい出るものか
     戦車の損傷したものはどうするのか
     損耗の内訳はなにか
     一作戦で戦車はどのくらい走るのか
     戦車小隊は何台戦車があるか
     戦車の乗員は下士官か
     歩兵戦車と巡航戦車との差は何なのか
     戦車食というのはありますか
     戦車の履帯は何からできているのか
     戦車眼鏡について説明して下さい
     戦車兵の服装について
     寒冷地の作戦は特別の戦車を使うのか
     「戦車の英雄」はいないのか
     戦車将校の特性はなにか

戦車第1師団長 戦車に生きた半生の回顧
 誕生から終焉まで日本戦車発展の歩み
        元戦車第1師団長・陸軍中将 細見惟雄
     敵陣蹂躪戦
     雨中の苦戦
     大場鎮攻撃の失敗
     西住大尉を想う
     日本戦車の発展
     胎動期
     戦車隊の隆盛期
     最盛期から破局へ

漢口攻略戦八九式戦車 350キロの突撃行
 歩兵の尖兵として敵中ふかく潜入した中隊長の手記
        当時6師団戦車5大隊第2中隊長・陸軍大尉 高橋清伍
     黄塵をあげて大軍にせまる
     漢口突入の大武勲
     戦車だけの夜間追撃行
     一蹴した重砲陣地

日本が負けたのかノモンハン戦車戦の真相
 ホロンバイル草原に雷雨をついて敢行された夜襲戦車戦
        当時関東軍参謀・陸軍大佐 野口亀之助
     火砲の弱かった日本戦車
     雄渾なる作戦構想
     驀進また驀進
     攻撃開始
     暴れだしたソ連戦車

知られざる紅顔の戦車兵誕生うらばなし
        元少年戦車兵1期生・陸軍曹長 藤原新吉
     ノモンハンが生んだ教訓
     スーパーマン的な戦車兵
     たのしみもあった校内生活
     陸軍少年戦車兵学校の歩み

富士に響く爆音こそ少年戦車兵の子守唄
        当時陸軍少年戦車兵7期生 斉藤 実
     フンドシ1本で小銃射撃訓練
     車輌当番でエンジンかからず
     われわれはお古、彼は新品
     戦車砲訓練に入ろうとしたその時に

日本の戦車かく戦えり
        戦史研究家 伊東駿一郎
     快進撃の支那事変
     ノモンハン事件
     南方攻略作戦
     激突、離島の血戦
     玉砕島の大戦車戦
     大陸の諸作戦
     終戦と戦車部隊

マレー街道に印した17歳の無限軌道
 任務遂行に燃えた少年戦車兵が体験した血涙の記録
        当時戦車1連隊第3中隊・陸軍伍長 藤本幸男
     寸暇をおしんで読む禁断の書
     初めてうけた十字砲火の洗礼
     顔面からしたたる流血のなかで
     病院からひとり中隊を求めて

園田猛牛部隊の前に沈黙した悲しき星条旗
 旧式八九式戦車を率いた戦車7連隊バターン半島攻略記
        当時戦車7連隊小隊長・陸軍大尉 金子収男
     難攻不落の天然要塞
     作戦指導の名人園田大佐
     しずかな激戦の前夜
     壮烈な連隊長の最期
     集結した悪夢の戦い

15対1の戦い北ビルマ雲南戦車戦記
 敗勢のさなか強力な敵機動力に挑んだ軽戦車小隊の奮闘
        当時捜索56連隊軽戦車小隊長・陸軍大尉 村野新一
     ワー州ホーパン陣地
     ナンパーカ平原で
     センウイ峠の対戦
     乗車被弾す
     霜降る夜に

壮絶戦車14連隊が消滅した日
 急行する九七式戦車の隊列に襲いかかった一瞬の悲劇
        当時戦車14連隊第1中隊・陸軍兵長 上杉 登
     敵M4のワキ腹に1弾を放つ
     火だるまとなった隊長車
     歩兵部隊の危機を救え
     ぶきみなる強行突破
     生き残りはたった1輌
     敵戦車の銃口から脱して

戦車3師団“突進捜索隊”最後の敵中突破行
 対戦車砲が待ちかまえる在支米軍基地を攻略すべく疾駆した尖兵隊長の10日間
        当時戦車3師団捜索隊・陸軍中尉 満瀬育宏
     奇襲してくる伏兵との死闘
     黄塵をついての急進撃
     突じょ飛来した速射砲弾
     混乱のなかの大追撃戦
     対戦車砲との一騎討ち

精鋭重見戦車第3旅団リンガエンの最期
 比島決戦にくりひろげられた精強戦車隊とM4戦車の対決
        当時戦車第2師団参謀・陸軍中佐 土屋英一
     壮烈、挺進斬り込み隊
     強敵M4戦車あらわる
     あゝサンマニエルの丘

津守独立戦車中隊ルソンに死す
 M4戦車に対しなすすべもなく壊滅した九五式軽戦車の悲劇
        当時戦車7連隊1中隊・陸軍伍長 弓井崇弘
     独立軽戦車中隊の編成
     駐屯地ラロの日々
     山岳台地の戦車陣地構築
     黒煙となって昇天する僚車

北千島を朱に染めた戦車11連隊の死闘
 終戦後の8月18日未明ソ連軍上陸、占守島の苛烈なる迎撃戦
        当時戦車11連隊・陸軍曹長 飛岡繁美
     ソ連軍ついに上陸す
     われに終戦はなし



本書は題名のごとく、戦車自体と、その戦車による戦闘の体験談が書かれていて、大いに勉強になる好著。
我が戦車第2師団の重見旅団の戦記もあり感激した。


今年の読書:32冊目

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読書 | 01:36:08 | Comments(0)
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