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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ミンダナオ島めぐり(1)
昼食後、向かったのは「ミンタル」という町・・・
戦前、ここには多くの日本人移民が住んでいた。
ここにある「日本人墓地」に向う。
ここは4年前に“フジイさん”と一緒に来た場所・・・拙者にとっては、久しぶりの再訪問である。

途中、「カタルナングランデ」という場所を通過する。
ここの民家の庭先に大きな日本の慰霊碑があった。
4年前に訪問した時に、ここの爺さんが「日本人が誰も来ない」と愚痴っていた・・・
道路に看板でも出しておかないと誰も気が付かないからということで、看板を立てるように言っておカネを渡したのだが・・・その後、どうなったかが楽しみ・・・
看板には日本の国旗を必ず描くように言っておいたのだ。
そうすりゃ、日本人観光客も、すぐに気が付き、何があるのかと覗きに来るだろうから・・・(大笑)

が・・・ガイドの“スズキさん”の話では、その慰霊碑は無くなってしまっているという。
そんな馬鹿な・・・(唖然)

その民家のあった場所の前を通過!
拙者の座っていた反対側だったので写真が撮れなかったが・・・
なんと!民家自体が消滅!
こんもりとした樹木は切り倒され、平坦に整地され区割りされた広い分譲住宅地になっていた!(驚!)
うそぉ~!!(唖然)
あの爺さんの家も無ければ、当然、慰霊碑も無い!!
あ~あ~・・・あの爺さん・・・土地を売っちゃったのか?

自分の土地を提供して慰霊碑を建立させる・・・ということは、必ずしも善意で、というだけではなかろう。
参拝に来る戦友会、遺族会の巡拝慰霊団が、供物の“おすそわけ”と、いくばくかの金銭を置いていく。
土地の持ち主からすれば、いい現金収入である。
が・・・その戦友会も遺族会も巡拝慰霊団も何も来なくなったら?
自分の家の庭にド~ンと置かれている「日本の慰霊碑」は、ただの邪魔物・・・いい迷惑である。
ここには個人が建てた慰霊碑も建立されていたが・・・
結局、その後は誰もお参りには来ていないのか?
建てるだけ建てておいて、あとは知らん顔か?
この土地の持ち主を責める事は出来まい・・・
悪いのは、無責任な日本人たちである。

午後1時過ぎ、『日本人墓地』に到着・・・

365_convert_20140219145238.jpg

慰霊碑に「日の丸」を飾り、みんなで「君が代」を歌う・・・

369_convert_20140221172605.jpg

ここに新しい碑が建っていた・・・

(碑文)

『人類は皆家族 ロドリゴ R ドゥテルテ』
『フィリピンを愛し ダバオを愛した あなたが今ここに』

憂い無しの碑
20世紀、麻づくりで賑わう日本人街、戦争による悲劇、故郷ダバオを訪れる方達。
21世紀、新しい日比関係を築く日系人会と日本フィリピンボランティア協会(JPVA)
そして22世紀はー
フィリピンを愛し、ダバオを愛した、あなたは「いつの時代の人」なのでしょうか。
ミンタルの縦のいのちに触れ、先人たちに学び、我が人生の「憂い無し」を見つめる。
さらに日比友好の絆と相互補完事業への思いを深め、日比の明日を開く聖地ミンタル。
2013年、ダバオと日本の友好の歴史を刻む碑として、ドゥテルテダバオ市長とダバオ市民の皆さんが、この碑を建立しました。
「憂い無しの碑」が日比の市民の皆さまにとって「人生の輝きと友好の絆を深める碑」であることを祈念します。
我らが永遠の地 フィリピンダバオに 私たちの人生をささげる

2013年10月4日
フィリピン日系人会 会長 アントニーナ B エスコビリア
日本フィリピンボランティア協会
会長 網代正孝

う~ん・・・憂い無し・・・ねぇ~
碑文・・・何が言いたいのか、よくわからないけど・・・(汗)
とにかく友好の碑なのだということでいいのでしょうねぇ(笑)

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この墓地では、「紀元二千六百年記念」と刻まれているこの碑が一番古いのではないかという気がしますが・・・
碑文の「上二文字」は削られたまま・・・
碑の根元は荒れ放題・・・ゴミ置き場?(唖然)

4年前に来た時に、この墓地にある日本人のお墓にお線香をあげたんだけど・・・
さて・・・そのお墓はどこにあったのか・・・場所がわからない・・・(涙)
ツアーの皆さんから離れて、一人で墓地内を探し回る・・・
近くで掃除していた人に尋ねたら、ここだという。
はぁ?・・・ここだっけ?
「日本人の医者のお墓ですけど・・・」と確認したら、それがそうだと指さされた・・・
それが・・・これ・・・

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雑草とゴミの中に埋もれてる・・・(涙)
たしか、移民の一世の方だったと思うが・・・
多くの人に尽した「いいお医者さん」だったという話を聞いたような記憶があるのだが・・・
あれ?・・・これがそうだっけ?
「草を刈ってやろうか?」と現地の掃除夫が言ってきたが・・・
雑草を取り去っても、その下はゴミの山じゃないか?
そのうち、この墓の上に現地人の墓が造られてしまうのだろう。
もともと「日本人墓地」だったここは、今では現地人の墓に“侵食”されて、日本人の個人の墓が消えていってしまっている。
「憂い無し」ねぇ~・・・・拙者は大いに「憂い有り」ですけど・・・(大汗)

とりあえず、「ここを綺麗に掃除しておいてくれ」と言って、掃除夫におカネを渡したが・・・
ここを綺麗に元に戻すのは、ちょっと大変だろう・・・たぶん、やらねぇだろうなぁ~(笑)
次の場所への移動時間が迫ってきたので急いで車に戻る。

次に向かったのは、ここからすぐのところにある「ミンタル日本人小学校跡」・・・・
前回訪問した時は門が閉まっていて中には入れなかったが、今回は中には入れるようである。
ここに、「ダバオ開拓の父」と言われる実業家・太田恭三郎の記念碑が建っている。
ここには戦前は日本人学校の「ミンタル小学校」があったが、今も「ミンタル小学校」がある。
もちろん、日本人学校ではなく、地元フィリピン人の小学校である。

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門を開けてもらい、車のまま中に乗り込む・・・
「おい、おい、ちょっと止まったら?マズイでしょ?そのまま走ったら・・・」と拙者・・・
子供達が遊んでいる広場を車で突っ切ろうというんだから驚いた。
「いや、記念碑のところまで、このまま行きましょう」とガイドさん・・・
「いいから止まれって!車で横付けなんてとんでもねぇ!横柄だろ!それは・・・ダメ、ダメ、止まれって!」と思わず声を荒げてしまった。(苦笑)
興奮すると、ついつい、拙者は怒鳴っちゃうんだよねぇ~(苦笑)
子供達を蹴散らして記念碑の横に車を横付けするなんて、とんでもねぇ話である。
第三者が見たら、なんと日本人は横柄なのかとヒンシュクを買うに違いない。
「俺たちは日本人なんですよ!中国人や朝鮮人とは違うんだ!横柄な行動はやめたほうがいい!」(怒)
他のツアー仲間からも「確かにその通りだ!ここから歩いたほうがいい!」の声が上がってくれたおかげで、車を止めることが出来た。
ドライバーもガイドも親切心で記念碑のところまで連れて行こうとしたのだろうが・・・
どうみても、それは横柄な態度、ひんしゅくもの・・・になりかねまい。

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記念碑の脇には、史跡としての説明碑が建っているが、読んでみたらタガログ語で書かれていた。(笑)
太田恭三郎を称える内容だと思うが・・・残念・・・
記念碑には、これといった碑文は刻まれていない。
建立した日付を刻んだと思われる石版が嵌めこまれていたが・・・
『大正十・・・』『日米・・・』以下の文字は、破壊されていて読めない・・・

ちょうど授業が終ったところなのか、休み時間なのか・・・
子供達が集まってきた。
小学生というのは可愛いものである。(笑)
拙者の周囲を付かず離れず・・・なんとか、ちょっかいを出したいようで・・・(笑)
「君は何年生だ?5年生か?11歳?」と声をかけたら、驚いたような顔をしている。(笑)
なんでわかったんだろうという顔をして「5年生!」と答えてきた・・・
だいたい、過去の経験からすると・・・
ちょっかいを出してくるのは、最上級生である。
ちょっと小柄だったから5年生かなと思ったら当ったようである。
下級生たちは、ぜったい、上級生を押しのけてしゃしゃり出てくるということはしない。
上級生の後ろに隠れて、興味津々の顔で目を輝かせている。
「コンニチワ!」と日本語で挨拶してくる子もいる。
多分、日本で働いている家族の誰かから日本語を教わったのだろう。(笑)
「おお!コンニチワ!・・・日本語上手だねぇ~」と言ったら大喜び!(大笑)
周囲もヤンヤヤンヤの大騒ぎ。(大笑)
本人も「日本語が通じたぞ!」と言わんばかりに大はしゃぎ・・・(笑)
ワーワー、キャーキャーの大騒ぎとなる。

多分、小学1年生か2年生ぐらいの子だろう。
拙者の手をいきなり掴んで、自分の“おでこ”に当てた。
これは子供達が目上の人に対して行なう丁寧な挨拶の仕方なのだと、以前、教えてもらったことがある。
すると、子供達がドドッと拙者の周りに集まり、次々と拙者の手を取って自分の“おでこ”に押し当てペコリとお辞儀をし出した・・・(汗)
その度に、一人一人に「ハロー!」と声をかけてあげるが・・・
ゲゲッ・・・こりゃ、きりが無い・・・(大汗)
う~ん・・・何となく神様になったような気分・・・ちょっと気恥ずかしい・・・
拙者はキリストの生まれ変わりか???・・・ん?(苦笑)

384_convert_20140223191834.jpg(ミンタル小学校)

この“挨拶”・・・いつまで経ってもキリが無い・・・(涙)
子供達には申し訳ないが、もう車に戻って次の場所に行く時間である・・・
「バイバ~イ!!」
子供達に別れを告げて・・・次の場所に移動する・・・
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旅行 | 14:13:42 | Comments(2)
コメント
悲しい日記でした。と申しても私自身随分訪られていないですから、
言えませんね。何年前ですか山下大将のお墓に訪れましたら、たった一年の間に変わってびっくりしました。
道いっぱいに現地人の住みかが連なってました。
その奥にひっそりと。。。今はどうなっているのかしら?
重兵衛さんのお志しのご継続には、頭が下がり、胸が熱くなると共に深謝致します。万世に行った時、あるご婦人より、”忘れないでください”と涙ながらに語られました。”忘れられるものですか”と答えましたが、
言うは易し、行うは難しですね。我を返りみなければならぬ・
2014-02-25 火 13:33:32 | URL | お染 [編集]
Re: タイトルなし
まぁ、あっという間に変ってしまうので、私も驚きました。
慰霊碑が消滅してしまうのは、やむを得ないとしても・・・
日本人のお墓が「ゴミ置き場」にされちゃうんだから困ったものです。
中国系の連中がやったのか?・・・と、ついつい思うちゃいますが・・・(笑)
史跡になってもおかしくないと思うんだけどねぇ~
あのような扱いをされているのを見るというのはショックですね。
平和とか友好とか、簡単に言いますが・・・
その言葉・・・軽いような気がしてなりませぬ・・・
2014-02-26 水 22:05:46 | URL | 野牛重兵衛 [編集]
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