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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『わが戦車隊ルソンに消えるとも』
わが戦車隊ルソンに消えるとも (証言・昭和の戦争 リバイバル戦記コレクション)わが戦車隊ルソンに消えるとも (証言・昭和の戦争 リバイバル戦記コレクション)
(1991/06)
砂川 恒雄

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わが戦車隊ルソンに消えるとも
獅子奮迅の活躍をみせた若き戦車兵の熱血戦記
(戦車第7連隊員・砂川恒雄)

  1 胸をうつ母の涙
  2 鬼軍曹との出会い
  3 そこは最前線だった
  4 不吉な毒ヘビ事件
  5 出撃の日きたる!
  6 強敵M4との対決
  7 2人だけの先兵中隊
  8 よみがえった死者
  9 われに突撃あるのみ
 10 重見旅団壊滅す!
 11 たった5名の敗走兵
 12 不運の斬り込み隊編入
 13 生きる道は脱出作戦
 14 抹殺された日本軍主力
 15 暗雲下のベンゲット
 16 ゲリラと激突
 17 あわれ班長の死
 18 米を食す兵もなし
 19 異郷の日本原始人
 20 意外なる真相
 21 無言の行進かなし

あゝ特攻戦車挺身隊
戦車第5連隊始末記/少年戦車兵の青春記録
(戦車第5連隊員・水野 孝)

  1 涙でかすむ校門を後に
  2 兵長どの誕生す
  3 出陣の日はきたる
  4 国境をこえると満州だ
  5 戦車第5連隊へ
  6 豆タンの誇りと悲しみ
  7 血のにじむ猛演習の中で
  8 鋼鉄もこおる酷寒に
  9 唯一の敵は満州ボケ
 10 悲報、南方よりきたる
 11 若き助教殿のなげき
 12 無敵関東軍すでになし
 13 決戦の日に咲くさくら
 14 本土防衛の鉄壁
 15 敵は房総か相模湾か
 16 炎の中の緊急脱出
 17 新鋭戦車が登場する日
 18 怒りくるった愛車
 19 あゝ最後の雨中行進

堅陣「ジットラ・ライン」奇蹟の突破行
不落といわれた英軍の防御線を突破する電撃部隊の軌跡
(捜索第5連隊第2中隊長・内海庄三)

  1 連隊長は“信長”流
  2 とんだ先陣あらそい
  3 上陸地点はいずこ?
  4 目的地はマレーだ!
  5 静かなり上陸前夜
  6 暁闇の前進命令
  7 タイ国兵からの第一弾
  8 “大本営が震えた日”
  9 裸と鉄の血闘
 10 辻参謀、最前線をゆく
 11 前面の堅陣ジットラ
 12 実現した待望の縦隊
 13 敵陣をぬく長槍
 14 火と硝煙のあらし
 15 佐伯挺進隊長の決断
 16 第1中隊の危機
 17 連隊長の死の突撃
 18 ジットラ陥落のとき

勇猛「佐伯挺進隊」マレー戦記
英国の誇る東洋の牙城シンガポール突入戦秘話
(捜索第5連隊第2中隊長・内海庄三)

  1 敵は灼熱の空から
  2 高熱連隊長ふんばる
  3 ヤセがまんか意地か
  4 辻参謀のウィスキー
  5 九州男子の肝っ玉
  6 袋のなかの大ネズミ
  7 ぶきみな夜中渡河
  8 “黒人部隊”がゆく
  9 戦争とはクサイもの
 10 頭上にふる要塞砲弾
 11 大いそがし“直参旗本”
 12 豪華なる“弾丸よけ”
 13 山下軍司令官きたる
 14 オンボロ兵士たちの感涙

少年戦車兵泣き笑い虜囚記
フィリピン決戦場の主兵たち/機甲部隊終戦絵図
(津守独立戦車中隊員・弓井崇弘)

  1 飢えたるものの集団怪死
  2 独立戦車隊の悪夢の一夜
  3 待望の海で見た米飛行艇
  4 ポロ岬捕虜収容所にて
  5 PWに抗してパンツ一つ
  6 PXという名の宝の山で
  7 苦肉のビール作戦成功
  8 元戦車兵のジープ操縦術
  9 脱線した地獄への超特急
 10 赤鬼所長の目にも涙あり

解説
高野 弘 (雑誌「丸」編集長)



本書は、元戦車兵によって書かれた5編の体験記を載せている。
その中で、表題にもなっている体験記を書いているのが、我が戦友会の会員である砂川さん。
この間、お宅を訪問させていただき、いろいろとお話を聞かせていただいたが・・・
まさかこのような体験記を書いていたとは知らなかった。(笑)
偶然、ネットで見つけたので購入して読んでみた。

砂川さんが所属していた戦車第7連隊は、フィリピンのルソン島、サンマヌエルで旅団長、連隊長が共に戦死して壊滅している。
人の運命とは本当に不思議だと、つくづく思う・・・
この間、砂川さんにお会いした時は、往年の少年戦車兵も、齢89歳・・・
記憶もかなり曖昧になっておられた・・・(大笑)
本書に掲載されている体験記は昭和46年に雑誌『丸』に掲載されたものである。
昭和46年ということは・・・終戦後26年経った時点だから、まだ記憶も鮮明な頃に書かれたものである。
米軍のM4シャーマン戦車との対決などは、詳しく書かれていて面白い。
この戦闘があった現場近くにも昨年、実際に行っているので、なおさらである。

ちなみに・・・他の体験記であるが・・・
「捜索第5連隊」の「捜索」とは、昔の「騎兵」のことである。
馬に乗って騎馬戦を戦っていたが、その後、機械化され、装甲車または軽戦車、およびトラックが主体の編成となった。
いわゆる「機械化」されたわけである。
私の祖父は「捜索連隊」の連隊長だったが、何で「捜索」という名称になったのかを生前尋ねるのをわすれたので、その理由は知らない・・・(笑)
とにかくその機動力を生かして、奇襲をかけたり、敵の後方を撹乱して本隊の進出まで粘るのが任務だったような気がする。
大戦末期になると、現実には、なかなかそういう使い方をされなかったようだが・・・
緒戦では、この捜索第5連隊のように、機動力をフルに生かしてマレー半島を縦断しシンガポールに進撃した部隊もあったのである。
今年の6月に、私はこのマレー進撃の足跡を辿る旅に行く予定なので、この記事は大いに参考になった。

「津守独立戦車中隊」は知る人ぞ知る・・・という部隊なので、この体験記はかなり貴重であると思う。
これもまた、大いに勉強になった。



今年の読書:10冊目

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読書 | 02:34:29 | Comments(0)
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