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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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バコロドの戦跡めぐり(2)
帰り道の途中・・・
景色のいいところで、もう一度車を止めて写真撮影・・・

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遠くに見える「マンダラガン山」方面・・・
ここは陸軍の独立歩兵部隊が主として戦った場所・・・「左地区隊」と総称されていた。

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目を転じて、遠くに見える山は「シライ山」・・・・
こちらには、航空部隊、主として飛行場大隊などが戦った場所・・・「右地区隊」と総称されていた。

ここから更に丘を下って町のほうへ向っていくと、小さな集落に出会う。
ここが「ギンバラオン」という場所だという。

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ここがギンバラオン???
どうもおかしい・・・(笑)
ここネグロス島には陸軍の第102師団が駐屯していた。
102師団の各部隊は、この「ギンバラオン」に集結し、集落には数十棟の兵舎が建ち並んだという。
この集落は、物資集積所でもあり、前進陣地でもあったはず。
そのわりには、集落が小さい・・・
「このあたりに教会か小学校はありませんかね?」とガイドの“スズキさん”に尋ねてみた。
だいたい、こういう集落の場合、教会や小学校が集落の中心にある。
基本的には教会を中心に町が発展するのである。
今までの経験から言うと・・・戦中戦後、その場所が移動するということは滅多にない・・・
だから、目標とするのは、教会か小学校がいいのである。
運転手に尋ねてもらったら、ここから少し離れたところに教会と小学校があると言うので、そこへ向かってもらうことにした。

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教会は、ちょうど改築中のようだったが、ここが「ギンバラオン」の集落の中心だろう。
う~ん・・・ここにみんなが集結したのか・・・・
と感慨に浸るが・・・他の方々は、わからないらしい・・・(大笑)
まぁ、無理もないか・・・

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う~ん・・・この雰囲気・・・
ここにたくさんの兵舎が建ち並んだのだろうなぁ~(笑)

時刻は11時50分・・・・

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(車窓から見たギンバラオンの集落)

ツアーの不便なところは・・・
自分が右の席に座るか左の席に座るかで“運命”が決まってしまうところである!(大笑)
景色を見るにしても、どうしても制限されてしまう。
これが一人旅なら、車内の席を自由に移動して写真も撮れるが・・・
ツアーバスやワゴン車では、そういうわけにはいかない・・・
写真が撮りたいから止めてくれ!・・・とも言えないし・・・(笑)
しかたがないから、ガタガタ揺れる車内から窓越しに写真を撮るしかない・・・(涙)

今回は新たにカメラを新調して参加した。(大笑)
今までのカメラでは、どうも起動時間が遅いためシャッターチャンスを逃すのと、手ブレ防止機能に少々問題があり、また、薄暗いところでの撮影が上手くいかず苦労してきたのである。
昨年の極東ロシアへの旅行では、散々苦労させられ、満足のいく写真が撮れなかったので、ついに新しいデジカメを購入して臨んだのだが・・・・
やっぱりガタゴト揺れる車内から、慌てて写真を撮るとピンボケしやすいなぁ~(大笑)
それでも、以前のカメラよりは数段良い事は良いが・・・(笑)

「ギンバラオン」の集落・・・・
こんな平坦な場所では物資集積には適していたかもしれないが、前進陣地としては不適地だったろう。
当時もこんなに平坦だったかどうかは知らないが・・・
これでは、あっという間に米軍の戦車に蹂躙されそうな感じである。
米軍がここを攻撃し始めたのは、昭和20年4月1日ごろである。
日本軍は1週間ほど頑張ったようだが、後方の「マンダラガン山」方面に後退した・・・
当然だろうなぁ~・・・ここじゃねぇ~・・・・
現地に来てみると、よくわかる・・・・

「ギンバラオン」を出てから車で10分ほどで空港のある場所に到着・・・・

100_convert_20140203145247.jpg(空港)

ここは戦時中、日本軍のシライ飛行場があった場所・・・・
ネグロス島には「ファブリカ」「マナプラ」「サラビア」「タンザ」「シライ」「タリサイ」「バコロド」「ラカルロタ」という日本軍の飛行場があったという。
“イケダさん”が「こんなに平坦ならいくらでも飛行場が造れたろうなぁ~」と、しきりに言う。
おっしゃるとおりで・・・
ブルドーザーのような機械力の無い日本軍は人力で滑走路を整備しなくてはならない。
最初から平坦な地ならば、それだけ楽に造る事ができるというものである。
日本軍のシライ飛行場は、現在も空港として利用されているが・・・
その他の飛行場は、現在はサトウキビ畑となってしまい、その名残は残っていないという話である。
造り易いだけに壊すのも簡単だった・・・というわけだ。(笑)

105_convert_20140204142134.jpg(空港の入口)

空港の入口の看板を見て驚いた・・・あれ?
「ニュー・バコロド・シライ・エアポート」と書かれている。
通常、我々はこの飛行場のことを「バコロド空港」と呼んでいるのだが・・・
正確には「シライ・バコロド空港」だったはず・・・
あれれ?
それが「バコロド・シライ」になって、更に「ニュー」まで付いている!(大笑)
う~ん・・・よくわからんが・・・
いずれにせよ、ここが旧日本軍のシライ飛行場であったことは間違いない。
ここネグロス島には陸軍の第2飛行師団(通称:鷲兵団)がいて、特攻攻撃なども行なっていたという。
この飛行場からもブ~ン・・・と飛び立って行ったんだろうなぁ~

109_convert_20140204143737.jpg 107_convert_20140204143820.jpg

午前中にトイレ休憩で立ち寄ったレストランで昼食・・・
結構、豪華な昼食をたっぷり頂いた。(笑)

食後、この後の予定は何も無いようで・・・(笑)
あとは空港へ行くだけのようである。
というわけで・・・食後、レストランで1時間ほど休憩となり、ノンビリと皆さんとオシャベリ・・・

112_convert_20140204150052.jpg 114_convert_20140204150141.jpg

レストランの前の道路をサトウキビを満載したトラックが走る・・・・
おお!上手に積んでるなぁ~・・・と感心・・・(笑)
それにしても、積載オーバーで警察に捕まらないのだろうか?(大笑)

午後2時過ぎ・・・レストランを出発して空港へ向かう。

116_convert_20140204154952.jpg(シライのシティ・ホール=市庁舎)

117_convert_20140204155057.jpg 118_convert_20140204155218.jpg

119_convert_20140204155854.jpg 120_convert_20140204155422.jpg
(シライの町)

ここシライには陸軍の第102師団司令部が置かれていた。

午後2時20分、空港に到着・・・
これから国内線でセブ島に向う。
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旅行 | 13:30:43 | Comments(0)
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