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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
60歳・・・還暦である。
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)
今さら、もう無理!(大笑)

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土肥原さんが亡くなっていた
今日は、大学生の姪っ子の「オペラ」があるというので、東京に出かける・・・
ホテルに泊まって翌日帰宅しようと思ったら、どこもホテルが満杯!
予約が出来ず断念・・・日帰りとなる。

朝早く、上京し・・・
まずは護国寺へ向う。
この時期の例年の拙者の行事・・・土肥原閣下のお墓参り!(喜)

このお墓・・・
土肥原さんが東京の第1師団長の時に、副官だった拙者の祖父に命じて作らせたお墓なのである。
昭和12年に宇都宮の第十四師団長に転出し、中国大陸へ向かうことになったので、それでお墓を新しく建てることにしたのだろう。
墓石には「昭和11年建之」と刻まれている。

で・・・墓石を見たら・・・ショック!(涙)
土肥原さんの次男のお嫁さん・・・“智嘉子さん”のお名前が刻まれていた・・・
今年の夏にお亡くなりになられている・・・・
あ~あ~・・・ショックだぁ~!!(大涙)

土肥原閣下には、2人の息子さんがおられたが、長男は満州事変の頃にお亡くなりになられていて、戦後までご存命だったのは次男の“実さん”・・・
その実るさんのお嫁さんが“智嘉子さん”・・・
初めて“智嘉子さん”にお会いしたのは、今から20年ほど前のことである。
父親同士が親友だったそうで、それで結婚することになったらしい・・・

終戦と同時に真っ先にやって来たのは日本の憲兵・・・
家中をかき回し、書類という書類は全て庭に放り投げて焼き払って行ったという。
進駐してくる米軍に、下手に何かが渡ってはいけないということなのだろう。
この時は、本当に怖かったとおっしゃっていた・・・・
日本の軍部は、こういう時は行動が素早いのだ・・・呆れるほど・・・
土肥原閣下は満州皇帝溥儀を担ぎ出した特務機関長だった人で、終戦時は陸軍大将・・・
さぞかし“財宝”がたくさんあると思っていたのだろうが、土肥原さんという人はかなり質素な人だったそうで、金目の物は何もない・・・
家中をかき回していた憲兵も呆れていたという・・・

土肥原さんは終戦後、A級戦犯として巣鴨刑務所に収監された・・・
途端に近所の銭湯では「戦犯の家族は入るな!」と入浴を拒否されたそうである。
仕方がないので、顔の知られていない隣町の銭湯まで幼い子供の手を引いて通ったという。
あのときの仕打ちは今でも忘れられないと涙ぐんでいた姿が今でも記憶に残っている・・・

なんという連中か!(怒)
それまでは「陸軍大将のご家族」・・・
終戦と同時にコロリと手のひらを返して「戦犯の家族」呼ばわりをして差別するとは!!(怒)
言った野郎を今から探し出してぶん殴ってやろうか、今も銭湯が残っているなら火をつけてやろうかと思ったくらい腹が立った・・・
こいつらが、自分達を「庶民」と呼んでいる連中である。
いざとなったら平然と手のひらを返すのが「庶民」・・・・
だから拙者は「庶民」だの「市民」だのという連中は信用しないのである。
今も昔も「庶民」は変ってはいないだろう・・・
あのヘタレ民主党を散々支持した「庶民」は、今はどこへ行ったのやら?(怒)

10年ほど前に一度だけ“智嘉子さん”からお電話をいただいたことがある。
入院していたそうで、退院してきた翌日に電話をしてきたのである。(笑)
「入院していた時に、どうしてもあなたの声が聴きたくて・・・」
「は?私の声でよければ、いつでもどうぞ、どうぞ!」(笑)
まるで恋人同士みたいな・・・・(大笑)
それが、最後・・・・

たった一度しか会ったこともなく、話をしたのは2度だけ・・・
昨年の年賀状には「ひ孫が4人います」と書いてあったが・・・
あ~あ~・・・・もう永遠にお会いすることが出来なくなってしまった・・・・
失敗した・・・会いに行こうと思えば、何度かお会いできたのになぁ~
怠けてしまった・・・・
あ~ショックだ・・・いつかは、お別れしなくてはならないのはわかっていたが・・・
あ~ショックだ・・・
墓石には88歳と刻まれていた・・・そうなんだよなぁ~・・・そういうお歳だったんだよなぁ~・・・

“智嘉子さん”のお子さんは娘さんだけ・・・
すでに嫁がれているから、姓が違う・・・
「土肥原」の姓は、“智嘉子”さんが最後・・・
お会いした時にもその話となったが・・・
それでいいのかもしれない・・・
「土肥原」の名を継ぐと、いつまで経っても「戦犯の子孫」呼ばわりをされてしまうだろう。
子孫のためには、姓が変ったほうがいいのかもしれない・・・
「土肥原」の名が無くなるのは寂しいが・・・

今度は、“智嘉子さん”のご命日にもお参りに来ようかな・・・

姪っ子の「オペラ」はお茶の水女子大で開かれる・・・
大学は護国寺のすぐ近くである。
近くの喫茶店でコーヒーとケーキを食べて・・・(笑)・・・時間調整をする。

001_convert_20140110212835.jpg(お茶の水女子大)

女子大・・・と聞いただけで、どうも緊張してしまう・・・(笑)
女子大ねぇ~・・・いいのかなぁ~・・・拙者が門をくぐっちゃって・・・(大笑)

どうも、この「オペラ」・・・授業の一つらしい・・・
声楽科の学生などが中心となって行なうのだそうで・・・
声楽科ではない拙者の姪っ子は「演出」を担当したそうだ。
先生の指導を受けながら、オペラの演出をしたそうで・・・“演出家の先生様”になったのか?(大笑)
拙者は、姪っ子が小さい頃に出演した「子どもオペラ」しか「オペラ」というものは見たことがない。
だから、「オペラ」って何なのかまったく知らない。(大笑)
題名を聞いても、何の話なのか・・・さっぱり・・・である。
話の筋を聞いても・・・さっぱり・・・?????(大笑)
演出にいたっては、比較するものを観たことがないのだから、「どうだった?」と聞かれても返答のしようがない・・・(大笑)
まぁ、“おじちゃんが観に来たよ”ということだけで姪っ子には勘弁願おう。(大笑)

それにしても、出演者は大したものである。
さすがは声楽科の学生である。
特に合唱する場面などは声が“はもって”聴いていて気持ちがいい。(笑)
それにしても、よくイタリア語の長いセリフ(歌詞?)を何も見ずに歌えるもんだ・・・
拙者など、単語が3つ並んだ程度が限界である・・・(大笑)
それ以上の長い文章は無理!(大笑)

さすがに、最初の最初・・・第一部の長台詞を聴いているうち眠くなって困ったが・・・(大笑)
一応、最後までちゃんと聴いてやったぞ!(笑)

閉会後、講堂のロビーで姪っ子に声をかけてやって、急いで上野駅に向かい帰宅する。
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日記 | 15:13:29 | Comments(0)
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