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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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今日は姫路に行く
今日は兵庫県の姫路に行く!
ホテルをチェックアウトして、大阪駅から新大阪駅に向かい、新幹線で姫路駅へ・・・
40分程度で到着・・・

姫路訪問の目的は2つ・・・
一つは「兵庫県姫路護国神社」参拝・・・
もう一つは、我が戦友会会員の“スナガワさん”宅訪問である。

まずは、駅からタクシーで「兵庫県姫路護国神社」へ・・・
姫路に来たのは今回で2度目である。
確か高校生の時に、生まれて初めての一人旅で来たのが、ここ、姫路である!(笑)
中学生の時から姫路城に行きたくて、ようやく念願が叶って訪れたのである!
今から35年ほど前のことである・・・(大笑)

多分、その時にも護国神社を訪れているはずなのだが・・・
全く記憶にない!(涙)
拙者が護国神社に行かないわけがないのだが・・・
お城に気を取られて参拝するのを忘れてしまったのだろうか?
とにかく記憶がない・・・(笑)

というわけで・・・
どうしても気になって仕方がないので、今回、護国神社にお参りすることにしたのである。(笑)
この姫路では陸軍の第10師団が編成されている。
で・・・拙者の祖父は、その第10師団の捜索第10連隊長としてフィリピンで終戦を迎えた。
多くの戦死した部下たちが祀られているのであるから、連隊長の孫としては、お参りせねばなるまい。

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ワクワクしながら境内を歩いたが・・・やっぱり記憶にない・・・(涙)
拙者は、ここに来たのは初めてのようだ・・・(汗)

この境内に、「輜重兵第10連隊」の慰霊碑が建立されていた。
拙者の祖父の部隊に一時期、食糧や弾薬を運んでくれていた輸送部隊である。
末期になって戦車第2師団に配属替えになったため、その後は縁がなくなってしまったが・・・
ここの兵隊さんには祖父はお世話になったのである。
感無量・・・・手を合わせる・・・

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ここには、他にも中国大陸で戦っていた「歩兵第139連隊」の慰霊碑・・・
ブーゲンビル島で戦っていた「歩兵第81連隊」「野砲兵第23連隊」の慰霊碑などが建立されている。
が・・・祖父の部隊の慰霊碑はない・・・
祖父の性格からすると・・・「そういうことにカネを使うより・・・」ということなのだろうと思う。
慰霊碑・顕彰碑を建てることが良いとか悪いとかという問題ではない・・・
ひとそれぞれ、慰霊や顕彰の仕方があっていいと思う。
慰霊碑や顕彰碑を建立するのも良いが、後々、誰がそれを維持管理するのか・・・という問題もある。
孫や、ひ孫が引き継いでやってくれるならいいが・・・(汗)
「私は関係ありませんから!」が普通だろう・・・・
戦没者の慰霊を疎かにするようになったら、そのときが一番危ないのではないかと拙者は思うのである。
また再び戦争が起こる(または起こす)んじゃあるまいか?(大汗)

神社の神職に戦友会の名刺をお渡しして訪問した目的などをお話させていただいたが・・・
「はぁ?」・・・という反応には驚いた・・・
大丈夫だろうか?・・・・戦没者の慰霊・・・・(大汗)
たぶん、よくよくの“変わり者”が来たと思ったのだろう・・・(大笑)

本殿参拝、慰霊碑参拝等で約40分ほど、ここにいて・・・時刻は12時20分・・・
姫路駅に戻ることにする。

目の前には姫路城があるが・・・
天守閣は現在修復中との事・・・
どうも天守閣の修復状況を見学できるそうだという話を聞いたが、観光客が多いようなので、並んでまで見学しようという気は起こらない。(笑)
さっさと移動することにする。

220_convert_20140103232601.jpg(修復中の姫路城)

タクシーを捉まえて駅へ向う・・・
「姫路城を見に来たんですか?」と運転手さん・・・
「いえ、護国神社をお参りに来ました」
「はぁ?」
なんで、そうなるかなぁ~(涙)
そんなに護国神社にお参り行く事は“不思議なこと”なのか?(大笑)
「どちらから来られたんですか?」
「茨城県です!」
「ああ~茨城県ねぇ~・・・常磐線ですね?」
「よくご存知ですねぇ~」
「え、私は昔、日立っていうところに住んでいましたから・・・」
「ええっ!その日立から来たんですけど!」(驚!)

なんということか・・・
富士宮では水戸出身の運転手さんだし、今度は日立に住んでいた方だとは・・・(汗)

「“海岸工場”に勤めていてね。成沢(なるさわ)の社宅に住んでいたんだよねぇ~」
「私の家の近くですよ」(笑)
「日立製作所って給料が安くてねぇ~ひどかったねぇ~」(笑)
「いやぁ~それはすみませんでした・・・って、私が言うことではないんですけどね・・・」(大笑)

ワイワイとオシャベリしているうちに、あっという間に姫路駅に到着!
今度は、この駅の直ぐ目の前にある「山陽姫路駅」から「山陽電鉄」に乗って、戦友の“スナガワさん”宅に向う。

たしか・・・終点の「網干駅」で降りればいいんだよな・・・と思っていたら、途中で乗り換えるのだそうだ。(笑)
「飾磨」という駅での乗換なのだが、車内アナウンスは「しかま」と言っている。
「しかま」ってなんだろう?(笑)
「しょくま」ならわかるけど・・・(大笑)
「飾磨」を拙者は「しょくま」と読むと思っていたのだが、「しかま」と読むとは知らなかった。
駅名、地名というのは難しいものである。
拙者の目的地、「網干」は「あみぼし」と読んでいたが、正しくは「あぼし」だそうで・・・(汗)

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午後1時過ぎ「網干駅」に到着・・・
“スナガワさん”宅は午後2時訪問の予定なので、ここで一服することにする。(笑)
午前中に訪問したのでは、お話をしているうちお昼になってしまい、昼食の心配をかけることになるので、余裕を持って午後2時訪問とした。
これが、さらに遅い時間になると、今度は夕食の心配をかけることになるので、訪問する時間を決めるのは、なかなか難しい。
午後2時なら、相手も食事を済ませているだろうし・・・2時間程度のオシャベリなら夕食時間の前に失礼することができるだろう。(笑)
これが同居しているご家族にも迷惑をかけず、ベストではないかと拙者は思っている。

駅前の食堂でコーヒーを飲んで一服することにする・・・

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おかわり用のコーヒーも一緒に持ってきてくれたのには、思わず笑ってしまった・・・・
そういえば・・・拙者は昼食を食べていないことに気が付いた・・・
ということで、追加で「カツ丼」を注文!

で・・・出てきたのが・・・これ・・・(大笑)

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う~ん・・・カツ丼???
拙者は「カツ丼」が好きなので、日本各地で「カツ丼」を食べるが・・・
こういう「カツ丼」は初めて見た・・・(笑)
一般的には、「カツ」の上に「卵とじ」が乗っていると思うのだが・・・(大笑)
このお店のものは、「卵とじ」の上に「カツ」がそのまま乗っているのである。
確かに、サクサクと美味しいことは美味しいが・・・(笑)
こういう「カツ丼」もあるのか・・・「カツ丼」も奥が深いのぉ~(大笑)

“スナガワさん”宅は駅から、それほど遠くないところにある。
徒歩で十分行ける距離である。
午後2時ちょうどに到着・・・チャイムを押す・・・
と・・・「誰?どなた?はぁ?誰だって?一体誰が来たんだ?わからねぇなぁ~!」と大きな声が聞こえて来た。(大笑)
あのぉ・・・2時に伺いますって言って2時ちょうどに玄関のチャイムが鳴れば、それは拙者しかいないと思うんですけど・・・(大笑)

拙者の顔を見て・・・「おお!あんたか!いやぁ~よく来てくれた!」と喜んでくれた・・・
やっと、わかりました?・・・俺です!(大笑)

“スナガワさん”とは初対面ではない・・・
今から9年前に、福岡県久留米の自衛隊駐屯地で開催された慰霊祭でお会いしている。
我が戦友会の会員なのだが、この時に一度お会いしただけ・・・
久留米の駐屯地は日本陸軍戦車部隊発祥の地なので、ここに「戦車の碑」が建立されている。
この「戦車の碑」復元30周年を記念した慰霊祭に招かれ、筑後川温泉での懇談会にも一泊二日で参加した。

この慰霊祭に招待してくれたのは幹事役(?)を務めていた会長(?)の牛島さん・・・
たしか88歳の方で、5年に一度の慰霊祭なので、次回はお会いできないから是非都合を付けて参列してくれと懇願された。
この方は少尉候補者出身で、拙者の祖父の後輩に当る。
是非ともお孫さんに会いたいから・・・と何度も手紙を寄越されたので、行かぬわけには行かぬ・・・(笑)
お会いした時に大変喜んで下さったが、その後まもなく他界された・・・
本当に最初で最後ということになってしまった・・・
今も懐かしく思い出すことがある。

この慰霊祭では、「遠路はるばる駆けつけて下さいました・・・」と来賓扱いで紹介された・・・
が・・・その次がいけない・・・(大笑)
「みなさんご存知の、あの、米田連隊長と同期の少尉候補者第9期、鈴木連隊長殿であります!」
「はぁ?」・・・・(大汗)
ずらりと並んだ自衛隊の方々がビックリした顔をして拙者を見た・・・
そりゃそうだ・・・大隊長などの各自衛官幹部のみなさんより、どう見ても拙者のほうが若いのである!(大笑)
牛島さんは「連隊長のお孫さんです」の「孫」を抜かしてしまったのである!
まさか、300人を超える参列者を前に「違います!」と言う勇気は・・・ない・・・(大笑)
まぁ、いいかぁ~・・・そういうことにしちゃおうかぁ~(大涙)

で・・・紹介に続いて・・・「それでは、鈴木様、献酒献水の儀をお願い致します!」
なぬ?(大汗)
“けんしゅけんすい”・・って何?(大汗)
いきなりのご指名!!・・・そんな話は事前に聞いていないって・・・(大涙)
全身から血の気が引いたが、なんとかやり遂げた・・・
あれは今も冷や汗の出る思い出である。(大笑)

式典後・・・またもやハプニング!(大笑)
ある“おじいさん”が、タッタッタッと拙者のところへ駆け寄って挙手の礼・・・(唖然)
「わたくしは×××と申します!その節は大変お世話になりました!ありがとうございました!」と言うのである。
唖然・・・・(大汗)
「はぁ・・・」
「あっ!ご存じないかと思います!わたくしは、当時初年兵(=入隊1年目の兵)でしたので・・・」
「はぁ・・・そうでしたか・・・」
内心・・・いやいや、拙者は、“その当時”は生まれていないんですけど・・・(大笑)
「その節は大変お世話になりました!それでは、失礼致します!」と、またタッタッタッと駆けて去っていった・・・
軍隊では常に駈足でなくてはならないが・・・それにしても、ご高齢なのに・・・唖然・・・(大汗)
あ~あ~あ~・・・拙者のことを「連隊長」などと紹介するから・・・変なことになっちゃったんだよな・・・(笑)
それにしても、この“おじいさん”・・・20歳の頃に戻ってしまったらしい。
タッタッタッ・・・と駆けて去っていった後姿は今でも忘れられない・・・

懇親会は場所を移動して筑後川温泉・・・
“スナガワさん”は我が戦車第2師団の戦車第7連隊の生き残りで、この温泉旅館で初めてお会いした。

懇親会では、カラオケ大会が始まった・・・
戦1(せんいち=戦車第1連隊)の連中が、大いに盛り上がって歌いまくっている。
「戦1にやられてますよ、我が歴戦の戦7(せんなな=戦車第7連隊)もやったらどうですか?戦1なんかに負けてはいられないでしょう?」と、けしかけて、無理矢理“スナガワさん”をステージに上げちゃった。(笑)

懇親会が終わり、部屋に戻って、戦時中の体験談などを色々と聞かせてもらった。
一番記憶に残っているのは、「上官の命令は聞くな」の話である。

“スナガワさん”が少年戦車兵学校を卒業する時の教官の訓示・・・
「今から諸君は戦場に向かうが、戦場に立ったら上官の命令には従うな。自分の考えで判断せよ。自分の目で見て自分の頭で判断しろ。そうしないと死ぬぞ。生きて帰って来い」というものだったそうで・・・
この時期に堂々と「上官の命令を聞くな」と言うとは・・・と“スナガワさん”は驚いたという。

で・・・“スナガワさん”はフィリピンに送られ戦った・・・
少年戦車兵あがりは操縦兵になる者が多い。
“スナガワさん”も戦車の操縦を担当した。
戦車第7連隊の戦死率は88%だったとされている。
2割弱しか生還していない、玉砕部隊である。
“スナガワさん”が生還できたのは、この教官の言葉を思い出したからだという。
戦車長が「右!左!」と命令を出しても、“スナガワさん”は自分の勘に頼って上官の命令を無視して戦車を走らせたというのである。
目の前で、次々と仲間の戦車に敵弾が命中し、爆発、炎上する中を走り回り・・・
戦闘が終了した時に無傷だったのは“スナガワさん”の戦車だけだったという。(驚)
「あの教官の訓示を思い出したから生き残れたんだ」とおっしゃっていた・・・

で・・・それらの思い出話を、9年ぶりにしたのだが・・・
「へぇ~そんな話・・・俺がしたの?」と言う。
「はぁ?」である。
あらら・・・9年も経ったら、忘れちゃったの?(大汗)

「ここへ来る前に富士宮の少年戦車兵学校跡に寄って来たんですよ」
「へぇ?・・・」
あれれ?反応が薄い・・・(苦笑)
「あのぉ~・・・少年戦車兵学校出身ですよね?」
「そうだよ!第4期!部隊に1期や2期の先輩がいたから寂しくなかったよ。俺の下の連中は・・・たしかその頃は、輸送船と一緒に沈められたか・・・フィリピンに来れなかったから俺が一番下!なんでもかんでもやらされてさぁ~」(笑)

そのうち、質問と答えがチグハグになり・・・思わず苦笑する場面もしばしば・・・である。

「あんたとは、久留米で会ったんだっけ?」
「そうですよ」
「2度会ってるんだよな?」
「いや一度しか会ったことないですよ。今回が2度目です」
「いや、あんたのおじいさんに2度会ってるんだ・・・」
「戦後ですか?」
「そう、慰霊祭の時にね。どこの慰霊祭だっけかなぁ~いろいろとおしゃべりをしてね」
「へぇ~うちのおじいちゃんに会ったことがあるんですか!」
「だから、あんたのことを知ってるんだよ」
「はぁ?」
ん?言っている意味がわからんぞ・・・(大笑)
その当時に拙者の存在を知るわけがないのだが・・・

9年前のことは忘れているが、30年以上も前のことを覚えているというのは、どういうことだろうか?(大笑)

奥さんがお茶菓子を出しながら「話が噛み合わなくて苦労するでしょ?ごめんなさいねぇ~」とおっしゃる。
9年後に再会した“スナガワさん”は耳も遠くなり、口も“ろれつ”が回らなくなっていた・・・
足もかなり弱くなり歩行困難・・・家から外には出ないと言う。
まぁ、89歳だから仕方がないかな・・・
「話の内容は、正直言ってどうでもいいんですよ。楽しくオシャベリすることが大事なので、それで来たようなものなんですから・・・」(笑)

2時間のお約束でおしゃべりをしていたので、さて、帰ろうかという時に奥様が部屋にある置き時計について説明してくれた。
『先の大戦における御苦労に対し心から慰籍の念を表し特別慰労品を贈呈します。平成19年8月6日 内閣総理大臣 安倍晋三』の感謝状とともに、頂いた置時計である。
なかなか立派な置時計で・・・
第一次安倍内閣の時に、こういうものを贈っていたとは知らなかった。
“スナガワさん”は照れておられたが・・・・(大笑)
それじゃ、記念写真を撮りましょう!・・・ということで、感謝状を持っていただき、脇に慰労品の置時計を置いて写真を撮ってあげる。
あとで帰宅したら郵送してあげよう!(喜)

ぴったり2時間・・・
9年ぶりにお会いして楽しくオシャベリをさせていただいた・・・
感謝、感謝・・・

姫路駅に戻って、構内の喫茶で一服・・・

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「ルシアンコーヒー」というチョコレート入りの香りのいいコーヒーである。(喜)

駅に併設されている観光案内所を覗いてみる・・・
来年のNHK大河ドラマの『黒田官兵衛』にちなんで、姫路の“町おこし”をしている・・・
う~ん・・・どうなんだろ・・・
姫路には姫路城があるではないですか・・・・
なにも大河ドラマに頼らなくても・・・という気がしないでもないですが・・・(笑)
拙者は大河ドラマは見ないので、全く興味はない・・・(大笑)
大体ねぇ~
ダラダラと水増ししたような話を延々と・・・
さっさと話を進めろよ・・・とイライラしてくるんだよね。
しかも、銀座のホステスとホストクラブの兄ちゃんが時代劇をしているようにしか見えないので、面白くないのです!(大笑)
どいつもこいつも同じような顔をして、同じような言い回しでは、誰が誰なのかさっぱりわからん!(大笑)
というわけで・・・拙者はNHKの大河ドラマは嫌いなのである。(大笑)

が・・・一応・・・観光資料だけは、いただいておこうか・・・(大笑)

今晩は、姫路駅前の(裏の?)ホテルにチェックイン・・・・
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旅行 | 21:00:48 | Comments(0)
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