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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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曽我八幡宮
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富士宮市 歩く博物館 Cコース④
曽我八幡宮

社伝は、源頼朝が曽我兄弟の孝心に感じ、兄弟の英魂を祭るよう畠山重忠を遣わし、建久8年(1197)に上原の住人渡辺主水に祭らせたと伝えている。
この地は、新田四郎忠常の陣所の近く、十郎祐成が討たれた所だと言い伝えられている。
主神は応神天皇で、兄弟はその相殿として祭られている。
主神の応神天皇の尊像は、頼朝の命によって文覚が刻んだものだといわれる騎馬像である。
兄弟の像は、畠山重忠が丹波法眼に命じて刻ませた像だといわれている。
近世になって、歌舞伎や芝居で、「曽我物語」が盛んに上演されるようになると、曽我八幡宮では曽我兄弟の木像や兄弟ゆかりの品を持って江戸で出開帳を行った。
その出開帳の収入が、神社の維持管理にあてられたものと思われる。

富士宮市教育委員会

(説明板より)



静岡県富士宮市上井出1804番地

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史跡 | 13:37:46 | Comments(0)
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