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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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若獅子神社と若獅子の塔
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若獅子神社

(神社の由来)
若獅子神社はさきの大東亜戦争において若獅子の名のもとに勇戦奮闘悠久の大義に殉じた陸軍少年戦車兵学校の教官・生徒6百有余の御霊を御祭神として、永久祭祀の途を拓くため昭和59年10月神社を創建しました
いま英霊はこの地に還り守護神としてわが国の平和と彌栄を希い氏子・崇敬者の平安と繁栄をひたすらお守りしておられます
とくに御祭神は交通安全・学業成就・産業振興の神様として特別の御神徳をそなえておられます

(神社の起源)
昭和40年12月学校跡のこの地に戦没同窓生の慰霊・顕彰のため若獅子の塔を建立したのを起源とし以来毎年慰霊祭を執り行い英霊の奉慰・奉顕に努め建塔20年を期に富士山本宮浅間大社・靖国神社の御教導により永久平和への祈りをこめ神社造営を発起顕彰会々員729名の奉賛によって若獅子神社が創建されました

(神社の名稱)
若き情熱に燃え純真一途国難に赴き勇猛果敢な活躍を遂げた少年戦車兵の愛稱であった『若獅子』を神社の稱號としました

(説明板より)

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若獅子の塔由来記

美しい我が国土の象徴 千古に仰ぐ霊峰富士の麓 この地こそ 日華事変 大東亜戦争を通じ 若獅子の名のもとに活躍した陸軍少年戦車兵揺籃の地であり 又その魂のふるさとである
日本陸軍はノモンハン事変後 近代戦の中核である戦車隊の拡充強化をはかるため 昭和14年12月 千葉陸軍戦車学校に生徒隊を設け少年戦車兵を教育した
爾来戦局の熾烈なるに伴い 昭和17年8月 この地に陸軍少年戦車兵学校を移し本格的な養成が行なわれた
想えば7年の短い歴史のなかに 4千4百余の紅顔の少年が 若き情熱にもえ 朝夕富士を仰ぎ 心身を鍛え 学業を修め 戦車を駆使してひたすら猛訓練に励み 国軍の中堅幹部として勇躍この地を巣立っていった
そして大陸の曠野に 南海の島々に 或は北辺の草原に雄戦奮斗し 赫々たる武勲を誇ったのであるが 6百余の友は祖国の平和と繁栄を念じつつ 莞爾として悠久の大義に殉じたのである
戦火おさまって20年 いま秋風蕭條たるこの地に立ちて 往時を偲び亡き友を追慕するとき 萬感胸に溢るるを禁じ得ないのである
その御霊を慰め 殉国の至誠と輝ける偉勲を永く後世に傳へ 併せて真の平和を祈念し われら同窓生相はかり なお数多くの御賛同と御支援により ここに若獅子の塔を建立する

昭和40年12月1日
陸軍少年戦車兵学校同窓生一同

(碑文より)



静岡県富士宮市上井出2317-1

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史跡 | 12:49:36 | Comments(0)
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