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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ケネディ暗殺から50年
11月22日・・・
ジョン・F・ケネディ米大統領が暗殺されて、今年で50年になるという。
ケネディは当時46歳・・・
今も生きていれば96歳ということか・・・

ケネディが暗殺された時、私は3歳・・・
記憶なんかあるわけはない。(大笑)

小学3年生の時にケネディの伝記を読んで、暗殺されたダラスに行ってみたいと思った・・・
ワシントンのアーリントン墓地のケネディのお墓参りもしたいと思った・・・
どうも、この頃から私は「お墓参り」が好きだったようである。(苦笑)

従姉に世界地図を見せてもらって、ダラスという場所がどこなのかを教えてもらった。
いやぁ~とんでもなく遠いところにあるのにビックリ!
太平洋を渡らねばならぬのである!(大笑)
こりゃ、パパもママも一緒には行ってくれないだろうなぁ~と思ったことを覚えている。

そのうち月日が流れ・・・・私は大学を卒業後アメリカへ渡った・・・
1ヶ月間、米国内を放浪の旅・・・(大笑)
最初に行ったのが、ニューヨーク、そして次に向かったのがワシントンD.Cである。
スミソニアン博物館、ホワイトハウス、国会議事堂、FBI本部などを見学した。
4~5日滞在していたのではなかろうか?
で・・・ホテルのベッドに寝そべってガイドブックを見ながら、次はどこへ行こうかと思っていたら、「アーリントン墓地」の名が目に飛び込んできた。
アーリントン墓地????
どこかで聞いた覚えがある名である・・・
あああっ!忘れてた!ケネディのお墓がある場所だ!
慌ててホテルを飛び出し墓地へ向ったことを覚えている。(笑)

小学生のときの“夢”をすっかり忘れていた!
無事にアーリントン墓地のケネディの墓参りをすることが出来た。
いやぁ~危機一髪である・・・
あの時に気が付かなかったら、今もって“夢”は実現できなかっただろう。

この時ちょうど、アーリントン墓地では衛兵交替式があり、それを見学していたのだが・・・
たまたま映画の撮影も行なわれていたようで・・・
その時は気にもしなかったが、後にレンタルビデオ屋でビデオを借りて見ていたら、なんと、私が写っているではないか!(大笑)
画面の中央に・・・・ド~ンと邪魔な東洋人の後ろ姿が・・・

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映画とは不思議なものである・・・・
今になって見ても、画面の中に30年前の私が“生きて”いるのである。
なんとも不思議だ・・・・(大笑)

それから、オーランド、ヒューストン・・・と旅を続け・・・念願のダラスへ!

バスのターミナルから出てきたところ、黒人のタクシー運転手に声をかけられた。
泊まる場所は決めていないので、タクシー運転手に頼むつもりだった。
彼が「車はここにはないので、すぐに取ってくるから待っていてくれ」と言ってどこかへ行ってしまった。(汗)
そこへ、今度は白人のタクシー運転手がやってきて「お前はあの黒人の車に乗るのか?」と言ってきた。
「俺のタクシーに乗れ」と無理矢理拙者を車に乗せようとする。
そこへ先ほどの黒人の運転手が・・・
すると白人の運転手たちが集まって、散々、罵声を投げかけて追い払おうとするのである。
あらら・・・南部の黒人差別は健在している・・・(大汗)
「こいつは俺の車に乗ることになったから、お前はあっちに行け!」と白人ドライバー・・・
「そうなのか?」と黒人ドライバーが唖然とした顔をした。
こっちは、シドロモドロである。(大涙)
「どっちの車に乗るんだ?」と黒人ドライバー・・・・
「もちろん、あんたの車に乗る!」
すると、白人ドライバー達から、今度は私が罵声を浴びせられることとなった。(大汗)

どうやら黒人ドライバーのタクシーは駅の前には停められないことになっていたようである。
それで、この黒人ドライバーは離れたところに停めておいた車を取りに行ったようである。
いやぁ~なんという差別であろうか・・・
アメリカという国は良い国なのか悪い国なのか、さっぱりわからん・・・

この黒人のタクシーに乗り、どこか安くて綺麗なホテルを探してくれと頼む。(笑)
しばらく走っていたら、彼が「どうして俺の車に乗ったんだ?俺は黒人なんだけど・・・」と尋ねてきた。
「黒人も白人も関係ない。俺は黄色だから・・・」と答えたことを覚えている。(大笑)
「あの白人ドライバーは性格が悪いし、一番最初に約束したのは、あんたなんだから、あんたの車に乗った。あんたが黒人ということは関係ない。約束したんだから・・・日本人は約束を守るんだ」と言ったら、彼が「サンキュー!サンキュー!」と嬉しそうに何度も何度も言うのである。
やっぱり、このタクシーに乗って正解だった・・・・

何箇所か宿泊先を回ったような気がするが、もう覚えていない。
あるモーテルの前に到着、「俺が交渉してくるから!」と言ってドライバーがモーテルに入っていった。
この時には、外も暗くなり雨も降り出してきたように思う・・・
まもなく、ドライバーが戻って来て、部屋を見てくれと言う。
気に入らなかったら他のところを探してやるから遠慮するなと言うのである。
なんと親切な・・・(笑)

結局、このモーテルに宿泊することに決めた。
安い割には部屋は広くて綺麗なので・・・ここに決めた。
タクシー代は「あんたは良い人だから・・・」と安くしてくれたような記憶がある。(笑)
が・・・それじゃ申し訳ないので、その分、チップを弾んだような気がする。
ホテル代はケチっても良い人にはチップはケチらない・・・(大笑)
それが私の流儀である。(大笑)

翌朝、町の郊外にあるこのモーテルからダラスの町に徒歩で向う。
長い橋をテクテクと歩いた・・・・

確か、テレビドラマ『ダラス』のオープニングシーンに、この長い橋が写っていたと思う。
あ~この橋をテクテクと歩いたんだよなぁ~・・・と思った記憶がある。
映像には写っていないが、この橋を渡りきった向こう側に私が泊まったモーテルがあったと思う。
このドラマのオープニングシーンを見ると思い出す・・・
今でもあのモーテルはあるだろうか?
あの黒人ドライバーはどうしているだろうか?

ダラスでは、朝から夕方まで、昼食も食べずにケネディ暗殺現場にずっといた・・・・
以前、観た『ダラスの熱い日』という映画のシーンが頭によみがえった。

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オズワルドが“ここから撃った”とされる「教科書ビル」・・・・
ちょうど、なにやらイベントをしていたようなので中には入らなかったが、今でもそのことを後悔している。
あの時に、無理してでも中に入れてもらったら・・・と。
当時はどうなっていたのか、見学できるようになっていたのかどうかも知らないが、現在は「資料館」のようになっていて、オズワルドが撃ったとされるフロアーの窓際はガラスで囲まれて見学出来るようになっているようである。

アーリントン墓地、ダラスの暗殺現場を訪れてからもう30年も経つ・・・
あっという間の30年である。
生きている間に、もう一度訪れるということは無理かもしれないなぁ・・・
歳を取ると、どうも行動力が鈍る・・・(苦笑)
なんとも寂しい・・・
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エッセイ | 22:18:26 | Comments(0)
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