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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『栗田艦隊』
栗田艦隊 (1979年)栗田艦隊 (1979年)
(1979/03)
小島 清文

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プロローグ

海軍第3期兵科予備学生
     ヒモつき上陸
     横須賀通信学校
     海軍少尉に任官

祖国への訣別
     重巡「摩耶」
     リンガ泊地の第2艦隊へ

戦艦「大和」に着任
     暗号士
     森下信衛艦長
     電探

いつ死んでもいい
     米軍、ダバオ来襲の誤報
     昭南(シンガポール)上陸

兵学校出と予備学生
     難癖をつけられる
     小姑根性
     「予備士官」

ブルネイ進出
     台湾沖海戦
     米軍、フィリピン上陸
     捷一号作戦の発動

出撃前夜
     酒宴
     成算

無視された敵潜会話
     旗艦「愛宕」沈没
     「高雄」「摩耶」被雷
     栗田長官の移乗

届かなかった重要電報
     防弾チョッキの長官
     戦闘始まる
     「武蔵」被雷
     謎の暗号電報

「武蔵」沈没
     小沢艦隊
     「武蔵」の最後

シブヤン海反転
     つかのまの反転
     再反転の経緯
     連合艦隊司令部
     西村艦隊

志摩艦隊は「付録」だ
     スリガオ海峡海戦
     第2遊撃部隊
     「阿武隈」の落伍
     「最上」「那智」の衝突

全軍突撃セヨ
     サマール沖海戦
     空母部隊を見失なう
     前代未聞の珍事
     進撃中止命令
     レイテ湾の米艦隊

栗田艦隊退去
     米機の追撃
     針路225度
     小沢艦隊からの電報
     「公刊戦史」の誤り

おとり艦隊無残
     米機動部隊を北方に誘致
     旗艦を「大淀」に移す
     「瑞鶴」沈没

帰投
     ハルゼー艦隊の追撃
     「阿武隈」沈没

転任辞令
     惨憺たる敗北
     内地に回航
     戦艦「金剛」沈没
     呉入港

あとがき



昭和19年10月、フィリピンのレイテ島に上陸した米軍に対し、日本海軍の連合艦隊が一大攻勢に出る。
4つの艦隊が参加する「レイテ沖海戦」である。
本書の題名となっている「栗田艦隊」というのは、この4つの艦隊の中の、戦艦「大和」を中心とする主力艦隊のことである。
この艦隊の指揮官は栗田健男海軍中将・・・
我が茨城県の出身、有名進学校の水戸一中(現・県立水戸1高)の出身である。
そこで一般的に「栗田艦隊」と呼ばれる。

「栗田艦隊」はレイテ湾にいる米輸送艦隊を撃滅するために出撃する。
当然、米軍の警戒は厳重であるから、空母を主体とする小沢艦隊が「おとり」となって敵を引き付ける。
その間にレイテ湾に突入しようというものが、この作戦・・・
これに呼応して西村艦隊、志摩艦隊という2つの艦隊も別ルートで突入する計画だが、4つの艦隊をタイミングよく動かすという緻密すぎる作戦が裏目にでたのではないかと思われる。
「机上の作戦」どおりに事が進むわけがない。

栗田艦隊は猛烈な米軍の攻撃を受けながらも進撃するが、敵を引き付ける役目の小沢艦隊からは何の連絡も入らない。
そのうち米軍の攻撃が収まったが、また再び攻撃に曝されるのか?
小沢はうまく敵を引き付けたのか?
レイテ湾突入直前に栗田艦隊は突然反転して攻撃を断念する。
これが戦後もいろいろと非難される「謎の反転」である。

本書の著書は、この時、戦艦「大和」に乗り組んでいた暗号士官である。
海軍予備学生として海軍に入隊し、レイテ海戦後、帰還するまでの自分の体験談を書いたのが本書である。
本書では「予備士官」あがりの士官と「海軍兵学校」出身のエリート士官との軋轢についても書かれている。
このような話は他の文献にも多く見られる。
私は、どうもこの兵学校出身のエリート士官の考え方が、この「謎の反転」に大きく影響しているのではないかと思うのである。
一生懸命勉強して出世街道を進むエリート士官としては、むざむざと“海の藻屑”になりたがるわけがない。
「こんなに優秀な私がこんなところで死んでいいのか?」と思うだろう。
北方からレイテ湾に向って南下、進撃中に「北方に米艦隊を発見」の電報が入る。
そこでレイテ湾を目前にして、北方にいるという“幻の”米艦隊を求めて反転したというのが「言い訳」・・・
果たして米艦隊を求めて反転したと言うのは本当だろうか?

著者は「反転は退却だった」と明言している。

著者は暗号士として旗艦「大和」に乗っていたが、米艦隊が北方にいるというような電報を受けた記憶はないと言う。
このあたりをハッキリと言うところは予備士官出身だからなのだろう。
これが兵学校出身のエリートなら、仲間意識からお互いを庇いあって言葉を濁すに違いない。
暗号士が受け取っていない電報がなぜ司令官に届いたのか?
どうも怪しい・・・・

どこかの誰かが偽電報を作成して、反転を長官に促したのではあるまいか?

旗艦「大和」の艦橋では、栗田長官以下、艦隊司令部要員は全員防弾チョッキを着用していたという。
防弾チョッキは艦隊司令部要員のみにしか支給されておらず、他の乗組員は着用していない。
「大和」の艦長すら着用していないのである!
そういう中で自分達だけ防弾チョッキを着て艦橋に詰めている姿は異様だったろう。
著者も、“彼らの心のひだの中を見た気がして”反発を感じたという。

人間ならば誰でも死にたくはない・・・
が・・・自分たちだけが防弾チョッキを着ているというのもねぇ~
もう態度で示しているとしか言いようがない・・・
「死にたくない」「自分たちだけは生き残ろう」・・・
彼らの態度に「大和」の士官も腹を立てていたようである。

そこから想像できるのは・・・
なんとか理由をつけて助かろうとするのではないか・・・ということである。
栗田長官を始め、直接関係した関係者はこの「電報」について明確な説明を残していないようである。
誰も本当のことは言えないのだろう。
死にたくなくて怖気づいて適当な理由をつけて反転しましたなどとは口が裂けても言えないのではないか?
「謎の電報」と「謎の反転」は永遠に真相はわかるまい。
栗田健男自身、何も語らず昭和52年にこの世を去っている。

栗田艦隊のこの反転は後世まで非難を浴びた。
なぜならば、囮となった小沢艦隊は作戦通り敵を引き付け多大な損害を受けてほぼ全滅・・・
多くの将兵が戦死したのである。
また、別働隊の西村艦隊もスリガオ海峡で敵の待ち伏せに遭い全滅・・・
彼らも敵を引き付けたという役割を果たしたともいえるのではなかろうか?
そういう多くの犠牲を払っているにも関わらず、レイテ湾突入直前に反転して作戦を“放棄”したことは“万死に値する”と批判されても仕方がないだろう。

被害が大きかったので突入を断念しましたでは非難されるが・・・
敵を見つけたという「電報」が届いたのだから、レイテ湾の輸送船を襲うより敵の軍艦を攻撃しに行くのは当然だろう・・・という言い訳が通じると思っていたのかもしれないが・・・
実際は後世まで汚点を残してしまったわけである。
この発想、思考は現在のエリート官僚や地方役人、大企業の幹部にも通じる思考回路ではあるまいか?
戦中も戦後も人間は変わっていない・・・と私は思うのである。

本書では、この「謎の反転」について明確な回答、真相が書かれているわけではない。
ただ・・・あれは「退却だ」としか言っていない・・・
本書は「大和」の艦橋で暗号士の著者が見たり聞いたりしたことを書いているに過ぎない。
が・・・その内容を読めば、おおよその想像が付くというものだ。

なかなか読み応えのある本だった。



今年の読書:62冊目

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読書 | 23:44:48 | Comments(0)
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