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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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中国とロシアの国境の村に行く
昼食後、中国とロシアの国境にある村に向う・・・
アムール川とウスリー川の分岐点に当るらしい・・・

この国境の村・・・
名前は、バラチャイスカと言っていたような気がしないでもないが・・・(笑)
カザキリジェボ村だったっけかな?(笑)
とにかく、ガイドの話を、まともに聞いていないし・・・(笑)
聞いても、カタカナ文字は頭に入らないのである。(大笑)
頭のいい人は、ちょっと聞いただけでパパッと頭に入って、立派な「旅行記」が書けるんでしょうが・・・
なにせ、ガイドの脇にピタリと付いて歩いていると、自分の見たいものや写真すら撮れなくなっちゃうからねぇ~
だから、どうしてもガイドから離れてしまうので・・・
ガイドさんが何の話をしているのか・・・全然聞いていないのである。(大笑)

この村に入るには、ロシア軍のチェックポイントを通過しなくてはならない。
つまり、この村は、ロシア軍の管理下にあるということか?
チェックポイントのゲートで、ロシア軍兵士が1名バスに乗り込んで来た。
彼が、この敷地内の案内をしてくれるそうである。
(まぁ、監視役というほうが正しいと思うが・・・)(笑)

最初に向かったのは、この村にある郷土資料館・・・

159_convert_20130902104558.jpg(村の郷土資料館)

158_convert_20130902104751.jpg 157_convert_20130902104701.jpg

この資料館の女性館長さん・・・
昨晩のマッサージのオバチャンと同じぐらいの巨漢の方で・・・
やっぱり・・・体重は100kgを超えてるよね?(笑)
この館長さん・・・ロシア語で熱心に展示物の説明をしてくれる。
どうも、この村の成り立ちから話が始まるので・・・話が長い・・・(笑)
今から155年前にウスリースキ・コザック隊がここに来て村を作ったらしい。
1858年に村が出来たということは・・・日本は安政4年・・・
井伊直弼の安政の大獄があった年である。(笑)
そして2年後の北京条約で、ここの国境線が明確になったのだそうだ。
館長さんが止め処もなくしゃべり続けるので、ガイドさんが通訳するタイミングが取れない・・・(大笑)
何度もガイドさんに制止されて館長さん・・・苦笑・・・

ガイドさんからは、あまり時間がないから・・・と言われたようだが・・・
そんなことは関係なく・・・(笑)・・・非常に丁寧な、長い長い解説が続く・・・(大笑)
小さな資料館だが、丁寧に見たら、かなり時間がかかるなぁ~
拙者は、みんなから離れて展示物を見学させていただいたので、説明の内容はよく知らないが・・・(笑)
結構面白い・・・

資料館の見学を終えて、徒歩で村を抜け、川岸に向うこととなる。

と・・・拙者と同い年の“モリシタくん”が「館長さんと一緒に写真を撮りたいのでお願いしてくれませんか?」と拙者に頼んできた。
はぁ?なんで俺が?・・・
先を行く館長さんを呼び止めねば・・・
「パジャ~ルスタ!(ちょっと、すみません!)」
で・・・ここからの肝心な話は・・・ロシア語は話せない・・・(大笑)
拙者のロシア語は、単語一つが限界である!(大笑)
身振り手振りで写真を撮ってもいいかとお願いして、“モリシタくん”と館長さんのツーショットを撮ってあげる。

「ロシア語、話せるんですか?」と“モリシタくん”
「ん?俺?ロシア語なんか話せないよ~」(笑)
「・・・・」

川岸の展望台・・・
ここから川の向こう側・・・対岸が中国領だそうで・・・
向こうの川岸に立派な展望台らしき東屋と大きな意味不明のモニュメントらしき建造物が見える。
おお~おお~中国め・・かなり無理して見栄を張って、あんなものを建てたんだな・・・(大笑)
ここから対岸を撮影してはいけないというので、写真が撮れなかったのが残念である。(涙)

写真も撮れず、ただボォ~と対岸を見続けるのは面白くない・・・退屈だ。(笑)
タバコ・・・吸いたいなぁ~(大笑)
写真撮影も、タバコも許可を得るには、ガイド兼監視役のロシア兵に許可をもらったほうがよかろう。
「ズヂェシ・モージュナ・・・・(吸ってもいいですか?)・・・え~と、何だっけ?」
「え~と・・・スモーキング!・・・シガレット!・・・タバコ!・・・え~と、これ!」(笑)
と・・・ロシア兵が「クゥリーチ?」と言う。
クゥリーチ・・・って何だ?(笑)
「クゥリーチ!」といいながら、拙者のタバコを指さしたから、多分、タバコという意味だろう。(大笑)
吸ってもいいと言っているのが身振りでわかったので、ようやく一服できた。(大笑)

と・・・この兵士がロシア語で話しかけてきた!(大汗)
あの・・・俺・・・ロシア語は話せないんですけど・・・(涙)
と・・・そこに今度は資料館の館長さんがニコニコしながら、ロシア語で話しかけてきた。(大汗)
だから・・・俺・・・ロシア語が話せないんですけど・・・(大涙)
え~と、ロシア語で「私はロシア語が話せません」ってどう言うんだっけ?
でも、ロシア語でロシア語は話せませんって言ったらおかしいよな?
ロシア語で話してるんだから・・・
あ~難儀なことである・・・笑って誤魔化すしかない・・・(大笑)

続いて向ったのが、この村の“ボリスさん”(66歳)のお宅・・・
ここは、ダーチャと呼ばれる「夏の別荘」だろうか?

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161_convert_20130902125845.jpg 163_convert_20130902130006.jpg

お庭には花やら野菜が栽培されていた。
犬もいればニワトリもいる・・・
もう、自給自足という感じである!(笑)

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自家製のピクルス、自家製のハチミツ、庭で採れたラズベリーなどで、おもてなしを受ける。

さて、謝礼はどうすりゃいいんだ?・・・とみんなから声が上った。
ガイドさんが言うには、ここの謝礼は旅費に含まれているから大丈夫だと言う。
つまり、“ボリスさん”別荘でのおもてなしは、アルバイト、臨時収入の手段・・・ということである。
が・・・気の優しい日本人は、それぞれチップをテーブルの上に置いて行く。(笑)
拙者はケチなので・・・使い道のない小銭だけを置いた・・・(大笑)

“ボリスさん”が飲み物を拙者に勧めてきた・・・・
なんだろ?・・・これ・・・
と・・・彼がロシア語で延々と話しかけてくる。
あの・・拙者はロシア語が話せないんですけど・・・ロシア語はわからないんですけど・・・(苦笑)
どう身振り手振りで「わからない」って言っても、彼は拙者に話しかけるのをやめない・・・(涙)
そんなに拙者はロシア語が話せるような顔をしているのか?(大笑)
それとも・・・ロシア人に見えるのか?ん?(大笑)
もう限界だ・・・「ガイドさん!通訳して!」
ガイドの彼女が言うには「これは白樺の木から取ったジュースです」と言っていると言う。
はぁ?それだけの話?
それにしては随分長いこと話しかけられていたんですけど・・・(汗)
ガイドさんに通訳してもらった途端、“ボリスさん”は拙者に二度とロシア語で話しかけなくなった。
ん?ようやく拙者がロシア人ではなく、日本人で、しかもロシア語ができないということがわかったのかね?(大笑)

ちなみに、この白樺の木から取ったジュース・・・
なかなか、さっぱりしていて美味しかった!
天然の清涼飲料水だな・・・これは・・・

バスに乗り込み、さぁ、帰りましょう・・・となった時に、この村の村長さんが現れた。(笑)
ちょっと登場が遅いんですけど・・・(大笑)
一応、代表者だけがバスから降りて挨拶をする。

時刻は午後4時過ぎ・・・今日の観光はこれで終了・・・

帰りのバスの中で、またもや“トミタさん”が・・・独演会・・・
どうして、こうも保守派のオバチャンというのは、懲りないのかねぇ~(汗)
今度は8月15日の件についてである・・・
「あの武道館で行なわれる全国戦没者追悼式・・・どう思われます?」と拙者に議論を吹っかけてきた。(汗)
「あんなところに英霊が来るわけないですよね!英霊がいるのは靖国神社でしょ?あんな棒切れ立てて、天皇陛下をお呼びして・・・本来ならば陛下は靖国神社にお参りに行くべきなんですよ!」
「はぁ・・・・」
「靖国神社から英霊を武道館にお迎えするならするで、そういう儀式がちゃんとあるんですよ!あなた、知ってますか?ちゃんとそういう儀式をやってならわかるけど、なんですか、あの追悼式!冗談じゃないわよ!あんなのやったって英霊が喜ぶはずがないでしょ!そうでしょ!」
・・・と・・・まぁ~テンションの高いこと・・・(唖然)
保守派に多い“靖国神社絶対主義者”だな・・・この人も・・・(大笑)
黙っていりゃいいものを、それが出来ないのが拙者の悪い癖である。(大笑)
「靖国神社から神主が来て、武道館でそんな儀式を行なったら天皇陛下は参列できなくなるんじゃないですかね?」
「何でよ!どうして陛下が来れなくなるわけ!」
「靖国神社が関わったら揉めるんじゃないんですかね?それでは陛下は参列できなくなるんじゃないんですかね?」
「どうしてよ?魂を移さなかったら意味がないでしょ!」
「揉め事は陛下は避けたいと思われるんじゃないでしょうかね?天皇が参列するためには、あのやり方でいいんじゃないでしょうか?」
「そんな馬鹿な話はないわよ!」
「だいたいね・・・英霊が集まるわけがないとかって、我々はわからんでしょ?見えないんだから・・・」
「・・・・」
「もしかしたら、集まっているかもしれないでしょ?それとも、見えるんですか?集まっているかどうかわかるんですか?」
「あんなところに集まってくるわけがないでしょ!当然でしょ!」
「言い切れるんですか?」
「・・・・」
「集まるわけがないとか、喜ぶわけがないとか、一方的に決めつけていいんですか?慰霊というのは、それぞれの人の気持ちの問題じゃないんですか?気持ちがあれば武道館だっていいんじゃないの?ん?勝手に決めつけていいのかって!(怒)」・・・ついつい頭に血が上ってしまった・・・(汗)
「・・・・」
ついに“トミタさん”は憮然として黙ってしまった・・・(笑)
ラッキー!これで静かになった!(大喜)

こういう問題は理屈を捏ね回したらキリがない・・・
所詮、気持ちの問題なのである・・・と拙者は思うのである。
だいたい拙者は英霊になったことがないから英霊の気持ちなぞわからん!(笑)
たぶん、こうしたら喜んでくれるだろう・・・と想像するだけである。
喜ばない、喜ぶはずがない・・・と決めつけるのはおかしいのだ。
どうも、こういう人達は視野が狭いんだよなぁ~
靖国神社が絶対・・・という考え方・・・
それじゃ、全国各地にある護国神社はどうなるんだ?
その地方の出身戦没者を祀ってあるんでしょ?護国神社は・・・
英霊は、どっちにいるというんだ?
理屈を捏ね回したら、おかしな話になってしまうんじゃないかね?
英霊のことを忘れない・・・慰霊をしてあげる・・・その気持ちが大事なんじゃあるまいか?
極端な話し、時間や場所なんかどうでもいいのではあるまいか?
8月15日じゃなくてもいいではないか?
靖国神社じゃなくてもいいではないか?
近くの護国神社でもいいではないか?
もっと極端なことを言ったら、戦没地で慰霊をすべきである。(笑)
靖国神社じゃなくて、戦死した場所にお線香をあげねば慰霊にならない!・・・と決め付けたらどうなる?
できるのか?やれるのか?
俺はやってるぞ!(笑)
フィリピンの山奥の陣地跡に一人で行って慰霊をしているぞ・・・
だからといって、同じ事をしろと強制したことは一度もない。
それぞれが自分が出来る範囲で慰霊をしてあげればいいことなのである。
理屈をこねて決めつけて強制する事ではない!(怒)
どうして、そういうことがわからんのかねぇ~・・・・いい歳して・・・(大笑)
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旅行 | 16:49:51 | Comments(0)
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