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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
57歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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『F機関』
F機関‐アジア解放を夢みた特務機関長の手記‐F機関‐アジア解放を夢みた特務機関長の手記‐
(2012/06/29)
藤原岩市

商品詳細を見る


序文

第1部 藤原機関

志士の暗躍
  三志士の密航
  秘密結社IILの登場
  日ごとに波高き太平洋情勢
  第8課の焦慮
  武官室の密談
バンコック潜行
  決意
  祈願
  バンコックへ
密会
  田村大佐の命令
  ゆらぐタイ
  初の密会
  深夜の密会
  覚書
  武装
飛電
  断
  大本営命令
  ピブン首相の失踪
  プリタムシン氏への通告
  出陣
  機上の美談
覆面を脱いだIIL
  日本軍の快進撃
  翻る自由の旗
  車中談
  同志の糾合
アロルスターへ
  国境の祈り
  十字街の盛観
  投降勧告
  市民の保護
  徹宵の討議
  会食
  連夜の協議
決起
  青天白日旗
  ペナンの大会
  タイピンへ
  接触
  モハンシン大尉の決起
スリム戦線
  イポーへ
  INA宣伝班の活動
  YMAの活動
  伝単撒布
  カンパルにおける初会見
  スリム戦線の崩壊
  大本営参謀
  マラッカ海峡の彼方に
首都クアラルンプール
  クアラルンプールへ
  INA司令部の開設
  サイドアブバカル君
  IILの活動
  モアルの激戦
  扁舟
  自慢話
  将軍(ゼネラル)
  ビルマへ
シンガポール
  総攻撃
  ブキパンジャンの十字路
  降伏
  ファラパーク
  大会
  遺恨!華僑弾圧
  アチエの急
東京会談
  招電
  岩畔大佐
  四氏の遭難
  山王会談
  機密費返上
惜別
  マレイにおける別離
  アチエの蜂起
  シンガポールにおける惜別

第2部 その後

まえがき
モハンシン事件
  悲劇の因
  激突
  流謫
インパール進撃
  ベルリンのボース氏東亜に
  巨人の抱擁
  ネタージ明妙に
  チェロ、デリー
  無念!雄図挫折
デリー軍事法廷
  召喚
  レッドフォート
  デサイ博士の恩言
  ジャイヒン
  隷属民族は闘う権利あり
  独立の前夜
訊問
  チャンギー刑務所
  ワイルド大佐
  グローリアス・サクセス
附記
  慰霊の辞

私の回想 INA GENERAL モハンシン

義父のこと 冨澤暉



この間の講演会の時に購入した本・・・
最初は昭和41年に出版されたが、その後廃刊、その後、別の出版社から再出版されたが、これも後に廃刊・・・
といった具合に廃刊と再出版が繰り返されていた本で、なかなか入手しづらい本だった。
今回、再々刊されて廃刊となったものを最近、復刊したそうである。

私が大学生の時に一度だけ著者にお会いしたことがある。
我が大学で開催された教職員対象の講演会の席である。
我が大学には、当時、戦時中に特務機関員として活躍した教職員が何人も在籍していたようで・・・
この講演会は教員と職員のみで、学生の参加は認められていない講演会だった。
にもかかわらず、どういう経緯なのか思い出せないが、当時学生だった私には特別に聴講してよいと許可が出たのである。
こちらからお願いした憶えは全くない・・・(笑)
誰かが勝手に頼んでくれたような気がするのだが、誰がそれをやったのか記憶がない。(笑)

ところが、当日、私はすっかり講演会のことを忘れて大学から帰ろうとしていた。
そのとき、構内で眼光鋭い年寄りとすれ違った・・・
ん?教授にしては見かけない人である。
すれ違った時に視線が合った・・・その眼光の鋭さは“ただ者”ではない・・(大笑)
振り返って後姿を見た・・・
グレーのスーツを着こなし、背筋がピンとしていて・・・
ん?・・・俺の祖父の後姿とソックリだ。
禿げ頭のところなどは特に・・・(笑)
ん?・・・この人・・・元軍人だな・・・陸士出身か?

この時に気がついた!
藤原さんの講演会!(大汗)

「藤原岩市」の名は、以前から存じ上げていたが、失礼ながら、もうこの世にはいないものと思っていた。
まさか、謦咳に接することが出来るとは・・・(大喜)
ワクワクしながら会場へ向ったら、受付の前は教職員で混雑していた。
某教授から「おい!学生は入室禁止だぞ!」と怒られた。(大汗)
「許可を得ております!」と答えたら、周囲の人達が私を見てニヤリと笑ったのを今でも憶えている。
「おおそうか!よし!一番前で聞け!貴重な話なんだからシッカリ聞けよ!」と周囲から言われ無理矢理最前列へ・・・(汗)
目の前には藤原さん、後ろにはズラリとそうそうたる教職員たち・・・
これでは緊張しないわけがない!(大涙)
おかげで講演の内容は全く記憶にない!(大笑)

藤原さんの開口一番の挨拶・・・
目つきの鋭い怖い顔なので(失礼!)、さぞかし凄みのある声かと思ったら、少し甲高い優しい声だったので拍子抜けしたことを覚えている。
が・・・その他のことは全く覚えていない・・・(大笑)

ガチガチに緊張しているうちに、講演会は終了してしまった・・・(大笑)

というわけで・・・この本は是非とも読んでみたかった本なのである。(大笑)
え~と・・・どういう話でしたっけ?(大笑)
30年前の記憶を辿ってみると、あ~確か、そういいうことを話しておられたな・・・と思い出す部分もチラホラ・・・(笑)
藤原さんは、この講演から2年ほど後にこの世を去られている。
何度もお会いしたかった、何度も話を聞きたかった・・・・そういう人だった。

藤原さんは、インド独立運動の工作を担当した特務機関の機関長だった。
フリーダム、フレンドシップ、フジワラの3つの頭文字は同じ「F」である。
そこから「藤原機関」は別名「F機関」とも呼ばれていたそうだ。
特務機関は“謀略工作をする組織”との捉え方をしやすいが、私はそうとばかりではないと思っている。
“謀略”というと陰湿なイメージだけとなる。
それだけで目的が達成できるわけはない。
“フレンドシップ”は、必須条件だろう。
私利私欲、日本の国益のみを追求して相手を騙し利用するだけでは、本来の目的を達するのは無理ではなかろうか?
結果的に、最終的に、日本の国益につながる・・・というものでなければなるまい。

藤原さんは外国語に堪能だったわけではないのに、この任務を与えられ、それをこなした・・・
その人選のポイントとなったのは、何だったのだろう?
こういう活動に関わった藤原さんがうらやましい・・・
私がこの立場だったら、こういう任務を無事に遂行できたかどうかは甚だ疑問であるが・・・(大笑)
魅力があるよなぁ~・・・・こういう任務・・・・

他の日本人、日本軍人に理解してもらえない活動である。
読んでいて歯がゆくなる部分も多い・・・
もし、もっと他国(占領国とその国民)への理解があれば・・・と思ったりする。

今の日本はどうだろうか?
“アジア諸国”は中国と韓国だけではないのだが・・・(大笑)
他のアジア諸国、民族への対応は適切か?
この本を大いに参考にすべきである。



今年の読書:37冊目

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読書 | 22:05:02 | Comments(0)
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