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野牛重兵衛

Author:野牛重兵衛
会社を実質的に自主廃業し『自由人』となる。
自ら『脱藩浪士』と名乗り自由な日々を生きることにした。
常陸国在住
59歳
今もって独身!(笑)
これからも独身!(大笑)

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ベトナムへ移動する
午前6時朝食・・・(笑)
朝食はバイキングだが、今日はコックさんにオムレツを作ってもらった。(嬉)

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午前8時、ホテルを出発・・・
今日は陸路、ベトナムに向かう・・・

164_convert_20130524120622.jpg(プノンペンの町の様子)

約1時間半ほどでネアックルーンのフェリー乗り場に到着する。
ここでフェーリーに乗って河を渡るが、いつ乗れるかはわからないとのこと。
直ぐに乗れるかもしれないし、1時間ぐらい待たされるかもしれないので、どうしてもトイレに行きたい人のみバスから下車してもいいが、それ以外の人はバスの中に乗っていてくれという。
拙者は大人しく指示に従ったが・・・
そうそう大人しく指示に従う人ばかりではない・・・(笑)
俺も俺もとバスから降りる人がいる。
自己中心、我儘な“団塊の世代”のオッサンには困ったものである。(大笑)
何かあっても自己責任だよな・・・(大笑)

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フェリー乗り場には「物売り」の人の他に「物乞い」をする子供の姿が見える。
腕や足の無い「不具者」の子供を抱いて・・
もしくは、「不具者」本人が物乞いをしている。

「不具者」という言葉は差別用語かもしれないが・・・
「身体障害者」というと何となく違うような気がするので、拙者は敢えて「不具者」と書かせていただく。
(身体障害者の拙者が言うぶんには多少は許していただけるだろう?)

今から30年ほど前にインドに行ったことがある。
この時も、彼らと同じように腕や足の無い幼い子供を抱いて物乞いをするインド人達を大勢見かけた。
話によると、わざと幼い子供の腕や足を切断して、その子供を「商売道具」として貸し出す商売があるのだと聞いた。
そこまでして物乞いをするのかと呆れたが・・・
このカンボジアでも同じことをしているのだろうか?
カンボジアには今でも多くの地雷が残っているのだという。
その地雷によって怪我をする子供が今でも結構いるらしい。
となると・・・一概にはインドの物乞いと同じだとは断言できないが・・・
原因が何であれ、「不具」(身体障害者)であることを“売り物”にして、同情を買って金銭を得ようという行為には変わりは無い。
見ていて不愉快なだけである。

そういえば、今回のカンボジア滞在中には、クメール・ルージュ、ポルポトの虐殺の話ばかりしか出なかった。
カンボジア内戦の時に埋設された大量の地雷の話や、ベトナム戦争の時に米軍が落とした大量の爆弾の不発弾が大量に埋没している話が全然聞こえてこなかったのは何故だろう?
失敗したなぁ~・・・ガイドさんに地雷や不発弾の現状について尋ねればよかった・・・

この現地ガイドの青年は、なかなか知識も豊富で日本語も上手な人で、かなり優秀な人物・・・
ところが我がツアーの“保守派のオッサン”の某氏は、彼に対して殆ど吊るし上げに近いものの言い方をする。
政治の話や民族間の話、人種間の問題等などは微妙な話なので慎重にならねばならぬのだが・・・
そういうものに関して、質問というよりは“詰問”するのである。
「カンボジア人はベトナム人のことが好きじゃねぇよな?そうだろ?好きじゃねぇよな?」とか・・・
「どう考えてるんだ?本当のところはどうなんだ?」といった具合・・・
ガイド君は精一杯、その質問に答えているのだが・・・
「そんな答えは納得できねぇなぁ!適当なことを言って誤魔化すんじゃねぇよ!」という暴言を平気で吐く。
「いくらなんでも、そういう言い方をしたら可哀想でしょ」という声も上ったが、本人は平然と言い続ける。
困ったオッサンである。
日本人のイメージダウンだな・・・
ガイド君は、かなり真剣に受け答えをしているのは聞いていてよくわかる。
決して誤魔化してなどはいない。
誤魔化すのなら、もっと適当なあしらい方があるが、それをしないんだから真面目に受け答えをしている。
どちらかと言えば、そこまで言っちゃっていいの?・・・と、こちらが焦るくらいである。
にもかかわらず・・・この発言・・・
結局、自分の考えていた答えと違う場合は「受け入れない」というお粗末な思考回路の持ち主らしい。
だったら、わざわざ尋ねることはなかろうと思うのだが・・・(笑)
拙者の経験から言うと、こういう輩は“団塊の世代”に多い・・・(苦笑)
困ったものである・・・

それほど待たされることもなく、スムーズに乗船出来るようである。
多分、20分程度しか待たされなかったのではあるまいか?


より大きな地図で ネアックルーンのフェリー乗り場 を表示


より大きな地図で ネアックルーンのフェリー乗り場 を表示

168_convert_20130524145106.jpg 170_convert_20130524145153.jpg

フェリーって言っても・・・かなり小さな「平船」である。
これに大型バスやなんかが何台も乗って沈まないのだろうか?・・・などと余計な心配をする。(笑)

さて・・・これから渡る川は・・・多分、メコン川・・・だと思う。(笑)
多分そうだったと思うのだが・・・(笑)
今回の旅行にもドコモのタブレットを持参したが、カンボジアでは全く使えなかった。
電波が飛んでいないというか・・・何というか・・・
ナビが使えなかったので、一体、自分がどこにいるのかがわからない・・・(涙)
カンボジアでは携帯電話は普及していないのか?(笑)
あ~・・・これもガイド君に尋ねるのを忘れた・・・
どうせ使うことはないので、成田から携帯電話の電源を切ったままだったから、自分の携帯が使えるかどうかも確認していなかった。

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写真では、ちょっと見づらいが、向こうのほうに橋桁が見える。
日本のODAで建設中の橋らしい。
あの橋が完成すると、このフェリーは廃止されることになるのかな?
“微妙に”前進しているという、このフェリーも風情があって楽しいのだが・・・
ものの10分ほどで対岸に到着する。

173_convert_20130524152300.jpg(対岸のフェリー乗り場)

ここからスバイリエンという場所へ向かう。

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途中のガソリンスタンドでトイレ休憩・・・
拙者はトイレに行かず、タバコを一服・・・
今回のツアー客15名中、タバコを吸うのは拙者ともうお一人の方と二人しかいない。(笑)
いやぁ~この方がいたから良かったが、拙者一人だけだったら、肩身が狭いなんていうもんじゃなかっただろう。(大笑)

175_convert_20130524212450.jpg 176_convert_20130524212533.jpg

移動途中の景色・・・・
周囲には何もない、平坦な地形・・・
多分、農地だと思うが・・・・

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このあたりが、スバイリエンという町だと思う・・・・(笑)
なにせ、地図がないから確証が持てない。
このスバイリエンという町があるあたりは『オウムの嘴(くちばし)』とも呼ばれている地域で、隣接するベトナム領に“オウムのくちばし”のようにカンボジア領が突き出ているため、そう名付けられているらしい。
まぁ、陸続きだから、どのように突き出ているのかはさっぱりわからんが・・・(大笑)
この『オウムの嘴』地域に、ベトナム戦争中、米軍と南ベトナム軍が陸と空から進攻してきたということで有名な場所らしい。
どうもこの辺のことが、ベトナム戦争について知識のない拙者には良くわからないのだが・・・(汗)
北ベトナム軍は、ラオスやカンボジアの国内を通って南ベトナムの「南ベトナム民族解放戦線(べトコン)」への補給路(ホーチミン・ルート)を作っていた。
べトコンは親北ベトナム、反南ベトナム、反米の勢力・・・
ということは、南ベトナムは親米と反米で内乱状態ということかな?
で・・・米軍と南ベトナム軍は、このべトコンへの補給路を断つためカンボジア領にまで侵攻したらしい。
加えて米軍による激しい空爆もあったようである。

で・・・今回の旅・・・
『ベトナム戦争の戦跡巡り』なのだが・・・
そういう地域だったにもかかわらず、これといった“戦跡”は無いのか、サァ~ッと町を通過した。(大笑)
あらら?・・・ベトナム戦争時の戦跡は無いのか?(唖然)
資料館とか博物館とかも無いのか?
資料館は内乱の時の“虐殺”のものばかりか?
う~ん・・・よくわからん・・・
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旅行 | 11:46:55 | Comments(0)
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